閑話休題
「……ってなことがあったんだよ」
やってられねぇよとサファイアはダイヤに愚痴を漏らしていた。
「まぁまぁ、サファイア。何とかなるって」
落ち込むサファイアをパールは慰めていた。三人は現在、ダイヤが午前中の授業のサボりに使用していた木陰だ。
ダイヤは木の上で、相変わらずイチゴミルクをズコーッと音を立てながら勢いよく飲んでいた。その根元で頭を抱えたサファイアとパールが屯している。
「全く、ブラックに命狙われちゃ、命がいくつあっても足りねぇよ」
「サファイアって、事件が起きたら誰よりも早く駆けつけるけど、誰よりも臆病だよね」
「ぐはっ、パール……人が気にしていることをサラリと言いやがって」
自然とサファイアを罵倒した当のパールは、その反応に爆笑していた。
「逃げると言うことはできねぇよな。俺にあれだけのことを言っておいてさ」
ダイヤは特に視線を向けずに言ったが、その口端はつり上がっていた。
「なぁ、ダイヤ頼む!俺をブラックから守ってくれ!」
「お前は何を言い出すんだよ?」
泣きつくサファイアを鬱陶しくあしらう。
「パール、今期の俺の成績を言ってみろ」
ダブルガーデンには様々なテストがある。その中でも『武術』のテストは『剣』・『銃』のそれぞれで、五段階評価されているのだ。たかがテストだが、学生の間ではこれがバトルランキングの評価にも扱われることがある。
パールはダイヤの成績を思い出すため、頭の中を覗き込むかのように視線を上に向ける。
「っと、確かダイヤは『剣』が3。『銃』は2だったね」
「良く覚えているじゃねぇか。流石だ委員長。じゃ、ちなみにサファイアは?」
「サファイアは『剣』が5。『銃』が1だったね。成績が極端だったから良く覚えているよ」
それぞれの国出身で成績が偏るのは当たり前だが、ここまで偏る人物は僅かだ。
「じゃ、お前自身は?」
「オール1ッ!」
「はい先生」とでも言うように、挙手をしながら元気良くパールは言った。この戦国時代と言ってもよいほどの戦乱の世でこの体で生きてきたところを考えると、こいつも温室で育ったのだと確信を持つ。平和が一番。平和が一番好きで……嫌いだ。
「いや、威張るんじゃねぇよ。確かに、その体で武術やれって言う方が酷ではあるが。じゃ、ついでにブラックは?」
「オール5ッ!」
「だな。あいつ剣の国とか関係なくただ戦いが好きな感じだし、唯一のオール5出していたのはあいつ位だよな」
その通り。剣の国出身であるブラックが『剣』の成績が良いのは言うまでもないが、初めて扱った『銃』までもすぐ己のモノにしてしまったのだ。このような成績優秀な面のせいで、教師もなかなか注意ができないのが現状だ。
「じゃ、パールここで問題だ」
「なに、ダイヤ?」
「この中で、ブラックと戦うとしたら誰が適任だ?」
「そりゃあ、『剣』の成績を五まで出しているサファイアでしょ。五なんて成績、なかなか出せないもんね」
確かにそうだが、パール。お前はまず、二を出す所からしないといけないけどな。
「そう言うことだサファイア。泣きつくなら武術の教師か巌龍寺に頼め」
ダイヤの素っ気ない態度に不満をこぼすサファイアだった。
以前、他の生徒がブラックに襲われたとき両教師に助けを求めようとしたが、その結果は助けを求める前に生徒は潰され、気付いた教師も返り討ちに遭っていたのだ。その結果を知っているからこそ、迂闊に救援を求めることはできないのだ。
「あれ、ダイヤ。どこ行くの?」
イチゴミルクを飲み干し、帰り支度を始めたダイヤにパールは疑問を浮かべた。
「次の授業、そろそろ準備しないとな」
そのダイヤに二人の反応はそれぞれ正反対だった。
「こいつ悪魔だっ!普段は頑として授業に出ない癖に、自分が授業に出れば俺が休むことができないと分かって……」
「凄いよサファイア!あのダイヤを、とうとう授業に出すようにしたなんてさっ!これはもうあれだね!功労賞並だねっ」
無邪気にはしゃぐパールと、落ち込みすぎて地面に顔をめり込ませるサファイア。
そんな二人の様子を見てほくそ笑んだ後、ダイヤは猫のように身軽に飛び降りて着地した。その様子は重力が無いと思わせるほど静かで、背中に翼でも生えているのではないか疑うほど綺麗な着地だ。
「行くぞ」
そう言って、校舎に向かうダイヤの後ろ姿を今まで待ち望み続けたパールには輝いて見えた。サファイアには、悪魔の羽が生えているように見えていたそうだが。
三人はこうして、波乱が予想される未来に足を向けた。