ブラック
男子生徒に案内されたのは、一階にある職員室前の廊下だ。近づくほど口論の声が大きく聞こえてくる。
「おやおや……」
「うわぁ、これはまた……」
パールとサファイアが見たのは、想像以上に凄惨な光景だった。
廊下に接するガラスというガラスが割れ、近くにはボロボロの男子制服を着た者が二名横たわっていた。廊下には野次馬が男女問わず群がっている。
騒ぎの中心には、教師の振り下ろした木刀を素手で掴んでいる大男がいた。
白髪をオールバックにし、規定の制服に黒色のコートを纏っている。そして、その背中には、中心にルビーの宝石がはめ込まれた己の背ほどもある大剣を背負っている。
ダブルガーデン一の問題児、ブラックだ。
「何しているんだよ、ブラック!」
「早く、その木刀を放しなさい」
「う゛あぁん?」
人混みをかき分けながら、叫びながら前に出る委員長二人。そんな二人を見つけると、ブラックは教師から木刀をぶんどり、サファイア達に振りかざした。
「……ッ!」
パールは反応が遅れ、身を縮めた。が、サファイアは、腰に隠してあった三つ折りの槍を素早く組み立て、その攻撃を防いだ。木刀独特の鈍い音が構内に響いた。
「ブラック。校内で武器の使用は禁止だろ」
「ふんっ、これを先に持ち出したのはそこにいる腰抜け教師だ。それに、てめぇのその手に持っている棒っきれは違反にならねぇのか?」
「教師は生徒の暴行を止めるための武装は許可されているだろ。まぁ、学生は別だから、お前のせいで俺も始末書が出そうで悩いでる最中だよ、っと」
力を込め、サファイアはブラックを押し返す。ブラックがバックスッテップをしたおかげで、二人の間合いは広がった。
視界の端で職員室を見たが、どうも今は都合が悪く廊下にいる職員以外出払っているようだ。
「大丈夫?」
パールは近くに倒れていた学生二人に駆け寄った。
二人とも、割れたガラスで切ったのか体中に切り傷がある。一人の学生は気を失っていたが、もう一人は自分の右腕を庇いながら答えた。
「ブラックのやつが急に俺らを攻撃して……」
「急にだぁ?」
男子生徒の発言に、ブラックは額に欠陥が浮かばせる。男子生徒を見るその目は、ゴミでも見るような目だ。
ゲスがと視線が語っていた。
「お前らが戦争なんてしなければいいなんて、腑抜けたことを言っていたからだろがっ!」
「ブラック落ち着きなさい!戦いなんて誰も求めちゃいない。だいたい、この学校は未来の平和を目的に創られたところでしょ!」
いつ木刀を振り下ろしかねないブラックに対し、男子生徒を庇いながらパールが抗議する。その二人の間には大きな体格差があり、一見パールの行動は勇敢と言うよりは無謀という方がしっくり来るように見える。
「戦いが……求められていないだと?綺麗事ぬかしてるんじゃねぇよ。これまでの歴史上、戦いが求められていない時代なんて無かったじゃねぇか。戦いは世の常ってもんだぜ。その戦いから逃げ出すやつはただの腰抜け野郎だ」
「君が自己の理論を語るのは構わないけど、それに他人を巻き込むのをボクは黙認できないよ」
「口は一丁前のようだが、その殺気は赤ん坊のようだな。いるんだよな、戦場の知らないノコノコ生きてきたやつは特に。いや、たとえ知っていたとしてもお前みたいなやつを見ていると……反吐が出る」
「おっとブラック。それ以上暴れるってんなら、もう手加減できないぞ」
一緒に始末書の山でも書くか?とサファイアは苦笑いを浮かべた。全く、こんな暴れる生徒がいるのに、武器を使用したら罰って校則おかしいだろ。警察でも相手が武装していたら武装するのによ。
こりゃ、あのハゲ校長に一つ文句言わなくちゃなんねぇな。もし却下されたら、校長のカツラコレクションを言いふらしてやる。
その時、周りを囲んでいた外野の生徒達がざわつき始めた。
「先生こっちです!」
「たくっ、緊急で入った職員会議の間に限ってこう事件を起こすとは!」
背後で聞こえてきたのは、野太い声を持つ巌龍寺先生だ。
職員の中でも傭兵上がりと有名な実力派教師だ。
指導教員として雇われているが、その顔や体の傷の多さと厳しい性格が合わさり、寄りつく生徒は少ないことで有名だ。巌龍寺先生の後からも足音が聞こえてくることから、まだ複数人の職員も駆けつけているのだろう。
これには、流石のブラックも顔をしかめた。
「ちっ、邪魔が入ったな。だが、てめぇらは無性にむかつくぜ。この俺に力もないくせにたてつくんだからな」
「まだ暴れ足りないってか?」
「いくらブラックがあの剣の国の御曹司だからって、これ以上は見逃せないよ」
槍に込める力を増すサファイアと、どんなことがあっても逃げる姿勢を見せないパールを交互に見て、ブラックはほくそ笑む。
「そうだな。だから、お前ら二人は特別に合法的に痛めつけてやるよ」
どういうことだと、サファイアとパールは顔を合わせていた。合法的に痛めつける?
そんなことが、この学校の規則にあっただろうか?いや、事故を装うかもしくは……。
「その顔を見ると、二人とも気付いたみてぇだな。確か、次の授業は『武術』だったよな。あれならある程度の『武術』が使用可能って訳だ」
逃げるんじゃねぇぞとだけ言い残し、ブラックは教師が駆けつけてくる方向とは逆に去っていった。
教師が駆けつけた頃に現場に残っていたのは割れた窓ガラスと傷つき倒れた人、そして、そこに纏わりつく張りつめた空気だ。
現場の状況に、驚嘆の声を上げ、巌龍寺先生を含め一瞬戸惑っていたがすぐに切り替えて後処理へとかかった。
倒れていた生徒を急いで保健室へ運び、散らばったガラスを次々と処理していく。
「ボクも手伝います」
周りが作業をしている姿に我慢できなくなったのか、パールも後処理に参加した。
それに続き、始めは教師だけだったのだが、そんなパールの行動を見て周囲にいた生徒も参加する声が上がった。そんな生徒達をパールは統率し、作業はみるみる進んだ。
パールには一見、何も力がない。
しかし、その率先とした行動力と、その風貌には似付かない統率力が委員長としての力だ。
ブラックにやられた教師は、その不始末に巌龍寺先生から怒声を浴びていた。その声量に幾人は耳をふさいでいた。
そんな慌ただしい現場を、サファイアは自己から切り離した絵図のように眺めていた。サファイアは思考を巡らせる。
ブラック。本名エクスデス・ソード・ブラック。
『剣の国』の総司令官の御曹司にしてダブルガーデンの問題児。極めて好戦的な性格。終戦派の父を嫌う、続戦派の息子だ。戦争を嫌う輩が大嫌いだが、この学校に入学したのも父の強制である。
そのせいか素行が悪い。確かに、ダブルガーデンでは両国を上げた大乱闘は起きていない。死人も出ていない。しかし、『ブラック』だけはこの条件から逸脱し、離脱する。
その極めて好戦的な性格は、国籍を問わず気にくわない者がいれば襲いかかっていた。それは、授業中休み時間中就寝中いずれも問わずだ。死人は出ていないが、血まみれにされたり意識不明の重体になった生徒もいる。
そして、最も難題なのは……。
「ブラックの野郎、この巌龍寺に勝ったからと言って調子にノリやがって」
そう、学校内の教師の中でも屈指の実力を持つ巌龍寺先生でさえ、倒してしまうほどの実力の持ち主なのだ。これまで目をつけられて、被害を受けなかったやつなんていない。
「まさか、ダイヤに行けって言っておきながら俺が行かないわけには行けねぇよな。あいつが来るかはしらねぇけど」
はははっと空笑いを漏らしたサファイアの手は、緊張の汗で湿っていた。