序章
その世界は二つの大きな国によって隔てられて、構成されていた。
一つは、その圧倒的な身体能力を生かし、数々の驚異をしり除いて周辺国を吸収していった『剣の国』。
一つは、その圧倒的な精密性と正確性を持ってして、自身の被害を最小限に周辺国を吸収していった『銃の国』。
両国間の覇権争いは三百年続いた結果、両国とも貧困し、国も国民も衰弱した。そこで、一つの平和協定が生まれた。
それは、一つの学園を作るというものだ。
その学園は『ダブルガーデン』と呼ばれた。
剣や銃の国を問わず両国の学生が通い、その両国を知る者達に新たな世界を託そうというものだ。
平和が欲しい。
しかし、今の自分たちでは相手国と仲良くできそうではない。そう考えた大人達が、未来を子供達に託した形である。
始めは反論が大きかったが、その反論も両国の力ある政治家達によって寄せ付けず設立された。
その学校の中身を知ることは一般の国民にはできない。それは、国民の反論を最低限に留めると共に、両国としてもその試験的に開始した学園の効力を見極めるためである。
もしこの学園が運用するのに、将来的に無意味だと判断されればその瞬間、世界大戦が始まる。
そこにお送り込まれた子供達は、まさに国の未来を背負って学園に通っているのだった。
ダブルガーデン。
ここには最新の設備が整えられた校舎と寮、それを取り囲む庭や噴水が設置されている。
トレーニングジムや娯楽施設なども兼ね備えていることから、学園と言うより複合施設近い校舎や高級ホテルのような寮。そこには巷ではまだ普及していないであろう、自動掃除ロボやタッチパネルで操作する自動モーターカーが走る。
それは、ここが新しくできたばかりの校舎であり、通っている子供達の親が金持ちの政治家や企業経営者というのが一見して感じ取れる。しかし、その平和そうな校舎の周囲は空までも覆いそうな高い隔壁がある。
ダブルガーデンと外界を隔離させるその壁は、外部からの攻撃を防ぎ、内からの余計な情報が外部に流れ出ないようになっており、まだ戦争は終わったわけではなく休戦中であることを意味する。
ダブルガーデンに終業のチャイムが鳴り響き、校舎から生徒が吐き出されるように出てくる。
そんな様子を校舎より離れた、丘にそびえ立つ木の上から眺める者がいた。ダブルガーデンの高等部の制服を纏う少年だ。
アシンメトリーにした綺麗なシルバーの髪を持ち、一見精悍な顔立ちであるがその目つきは極めて厳しい。
制服に時々隠れ、胸に光るダイヤモンドの首飾りがトレードマークだ。
しかし、その手に持つイチゴ牛乳のパックがどこかしら可愛さを醸し出している。
「全く、人はどうしてあんなに群れるんだろうな」
ストローを口にくわえながら言う少年は、集団に敵意を向けていた。
「あっ、こんなところにいた」
木の根元から聞こえてきた突然の声の方向へ、少年は視線を向けた。そこには、ちんまりとした緑色の猫の着ぐるみがいた。
「もー、授業さぼっちゃダメでしょ。ダイヤ」
そう言うぬいぐるみは、口の部分が大きく開き顔が出るようになっている。大部分の顔は隠れているが、その隙間から見ると短く整えられたブラウンの髪に、少年を思わせる童顔がある。
「ったく、委員長も暇だな。パール」
ダイヤはパールと呼んだちんちくりんな生物を見下ろしながら、イチゴミルクを飲む。
「暇じゃないよ!ダイヤのおかげでこっちもサボりになっちゃったじゃないか」
「へー、それは良かったな」
「良くないよ!全く、始めはもっと見つけやすいところに隠れていたのに!」
授業をさぼっていたダイヤの為、授業を抜け出してまで探していたようだが、どうやらミイラ取りがミイラになってしまったらしい。
「サボりは悪いと誰が決めた?時には休養も重要だ。どこか別の国では国民総数が少ないくせに国内総生産が世界二位や三位を叩き出している国があるようだが、狂っているとしか言いようがないな。そんなに仕事や勉強が好きか?にしても、始め隠れるのはトイレとか床下とかだったのに、こうして校舎の外まで逃げてしまった。割と遠いんだぞ、ここ。全く、委員長がしつこく探すからだろ。どうしてくれる」
「ご、ごめ……って、何でボクが謝らなくちゃいけないの!ダイヤがしつこくサボるからでしょ!」
必死に抗議するパールを尻目にダイヤはイチゴミルクを飲み干すと、宙で身を翻して地面に降りた。ダイヤとパールが二人並ぶとその身長差は歴然だ。
「委員長、お前学部間違えていないか?俺たちの高等部ではなくて」
「なっ……ボクは中等部じゃないよ!」
「こら、中等部の奴らに謝れ。俺が言いたいのは小学生の方…って、待て待て噛むな、噛むな。うん、そうだな。幼稚園だったな」
「うがーっ」
百七十センチ台と思わせるダイヤの身長に対して、パールは小学校低学年を印象付けさせる百三十センチ台だ。
パールの印象をちんまりと印象付くのは仕方ないだろう。しかし、本人は気にしているらしく、こうしてダイヤのように茶化して血まみれの危機に陥るのもそう珍しいことではい。
ダブルガーデンの校舎は三階建てになっている。
下から小・中・高等部とあり、クラスは各学年一クラスだ。
従って、ダイヤ達の教室は高等部のある三階だ。校舎内に階段はなく、全てエスカレータとエレベーターになっている。
たいした高さがあるわけでもないというのに、さすが国やお金持ちの政治家達が建てた校舎と言うだけはある。エスカレータを上がり、一番手前にある一年生の教室がダイヤ達の教室だ。
設備は一丁前のくせに、扉は普通の学校と変わらない手動の横開きだ。
扉を開けると、教室の中の学生は大きく二つに分裂していた。
剣の国と、銃の国だ。
開校して三ヶ月程度しか立っていないダブルガーデンでは、未だに剣の国と銃の国同士の蟠りは解けていない。この短期間でも、大きな争いが起きていないとはいえ、ケンカや口論などは日常茶飯事だ。
だが、ここまで両国の大きな乱闘がなかっただけ吉というものだ。それも、両校を代表する戦士が指導教官として監視しているおかげだ。
剣の国と銃の国の区別は見た目である程度できる。剣の国出身は体が大きく、ガタイが良い。
性格的な面で言うと大柄で、細かいことは気にしない人が多い。
逆に銃の国出身は、まさにインテリという風貌で、眼鏡がよく似合いそうなものが多い。
性格は正確な射撃を求め続けたおかげか、几帳面な性格だ。最も、これは全体的なイメージであり例外なんていくらでもいる。
例えば、ダイヤの横にいるちんちくりんな生物は……。
「委員長は、確か銃の国出身だったよな?」
「ん?そうだよー。もうダイヤ、出会って三ヶ月だよ。いい加減クラスメイトの出身地くらい覚えてよ」
「……」
「あ、なにその『他の奴らは何となく分かるけど、お前だけは存在がちんちくりんすぎて覚えられないんだよ』的な目線は!」
ダイヤに向けて涙を浮かべ、頬を膨らましながら顔を真っ赤にしてめいっぱいパールは抗議する。
いや、んなこと言ってねぇしと目線だけパールに送り返す。
「あ、待ってよ、ダイヤ!」
ダイヤはさっさと、窓際の一番後ろにある自分の席に向かう。その様子を見て、パールはため息をついた。
「ダイヤ、君はホントいつもそうだよね。無愛想というか……」
「……」
席に座るなり、黙々と自分の弁当を取り出すダイヤにパールはもう一つため息をつく。そんな二人の間に一人の学生が割って入った。
「おいおい、また一人で青春かよ。かー、悲しいね」
「……何だ、サファイアか」
「何だとはご無沙汰じゃねぇか。ダイヤ」
俺に近寄るなと言うオーラ全開のダイヤに気軽に近づいたサファイアは一言で言うと優男だ。
黒の短髪で眼鏡をかけたその彼の姿は、まさに優等生という風貌だ。
よく銃の国の出身と誤解されるが、剣の国出身だ。
そして、パールが銃の国の委員長に対し、サファイアは剣の国の委員長でもある。
できる限り両国に差をつけないようにと、各国一人ずつの代表者がこうして出ている。
サファイアとパールはそれぞれの弁当を持ってきて、ダイヤの机に置いた。
「にしても、いつになったらこの溝は埋まるんかねぇ」
サンドウィッチを片手に、サファイアは分裂した教室を見渡す。
「ホントだねぇ、どうやったら埋まるんだろうねぇ」
パールもおにぎりを小さな口でハムハムしながら、教室を見た。
学校全体として、未だ両国の協調性が見えないのは確かだが、こうやって一部の人間はそれを改善しようと努力しているのだ。
「お前ら、大変だな」
「あー、もうダイヤは人事のように言って」
「そうだぞ。俺らとしてはお前をどうやってクラスに馴染ませるかが、今一番の重要課題なんだからな」
「んな事より、もっと大切なことあるだろ」
こんな一学生を相手にして何がある。
「もうダイヤ。大きいことを成すには、小さいことからコツコツとだよ」
「その小さいことが俺かよ」
「おうよ。んだよ、あんまり自分を過大評価しすぎるんじゃねぇぞ」
しししっと、悪戯にサファイアは笑顔を浮かべる。
そう、三ヶ月経つのに寮でルームメイトもいないダイヤは一匹狼を貫き通していた。
友達といえる者はいない。
仮に、友達といえるのもパールとサファイアくらいだ。始めは鬱陶しくて逃げ回っていたが、今となってはそのしつこさに半分諦めてこうして共に食事を摂ったりしている。
「にしても、お前ら違う国なのに仲が良いよな」
話題を変える。まぁねぇと、パールは指を舐めながら答えた。
「ボクはみんなと仲良くしたい主義だし」
「俺は、見た目通り剣の国の中でもはぐれ者だしな。ほら、剣の国でも、最後に吸収された槍の国出身だしね元々。だから、そこまで剣の国としてのプライドもない。それに、戦争で自分の国が無くなる経験なんてもうゴメンだ」
剣の国や銃の国と一言で言ってもその中身はまた大きく分類される。それも両国とも、侵略を進めて『吸収』していったわけだから当然だ。その中には様々な国だった地域が存在する。サファイアの槍の国もその一つだ。
「ま、俺が委員長になったのも、だからかもしれないけどな」
少し苦笑いを浮かべながら、サファイアは教室にいる剣の国出身生徒を見渡す。
確かに、どちらかというと戦闘よりは勉学に向いたサファイアに比べ、他の生徒は筆記用具より武器、制服よりも鎧、勉強よりも訓練、試験よりも戦闘という感じの奴らばかりだ。
今考えると、サファイアがこのクラスの委員長になったのは必然だったんだろうと考えられる。
「にしてもよ、どうしてそんなにダイヤは一人でいたがるんだ?一人が格好いいなんて思ってるの、ちょっと中二病臭いぞ」
「……」
「おいおい、そう睨むなって。なぁ、パール」
「んー、今のはサファイアが悪いかな?」
「あーてめっ、ちょっ、裏切りかよパール」
予想外の味方の裏切りに戸惑うサファイアを見て、パールは笑う。
「でも、確かにダイヤは一人が好きと言うより、人に心を開かなすぎな所があるよね」
「……余計なお世話だ」
ダイヤは、一層視線を険しくする。
「またもうそうやって、ダイヤはまた」
ダイヤに一言文句を言おうとする、サファイアをパールは止める。
「そうだね、今のはボクが言い過ぎたね」
仏頂面にパールは笑顔で答えた。
その屈託のない笑顔に、ダイヤは内心戸惑う。
パールはいつもそうだ。
普段は何も考えていないように笑っていて、バカかと思う面があると思いきや、不意に本心の核心に触れるような発言をする。
その発言が、相手の勘に触れると判断するとふっと引く。
何を考えているか分からない。しかし、こちらが何を考えているかは見透かされているようだ。
……苦手だ。
直感的に、ダイヤは感じる。
「大変だ!」
突然、勢い良く教室の扉が開かれ、一人の男子生徒が叫んだ。
「んー、どうした?」
モグモグとサンドウィッチを頬張りながら、サファイアが男子生徒に聞いた。
「あっ、サファイア!良かった。大変なんだ」
「はいはい、大変なのは分かったから、早く要件言わんかい」
小さい事件でも、毎日でもトラブルが相次ぐと流石の委員長二人は慣れていた。パールは、水筒を取り出してお茶をコップに注いでいるくらいの余裕だ。
「それがよ、ブラックが暴れているんだ!」
「……またあいつか」
面倒事が舞込んできたと、サファイアは頭を掻く。
ブラックと言えば、今、ダブルガーデン一の問題児として有名だ。剣の国出身で好戦的。
それぐらいの生徒なら、幾人も抱えるダブルガーデンだが、ブラックにはそこに『総司令官の御曹司』と言う肩書きがつく。
つまり、簡単に言えば剣の国のトップの息子なのだ。その肩書きのせいで、教師達も扱いに困っている。
「ったく、飯もゆっくり食う暇もないのかよ」
残ったサンドウィッチをかきこみ、身支度を調える。
「ボクも行くよ」
パールもおにぎりを食べ終えて、弁当を片づける。
「ああ、剣の国の問題だから……って断るのは簡単だが、あいつに関しては助かるってのが本音だ。助かる」
「いつものことでしょ。気にしない気にしない。同じクラスなんだしさ」
変わらない笑顔を浮かべる。ニャハハと笑いながら、支度を全く無視している隣に座る者に視線を送る。
「……って、ことで悪いんだけど行ってくるね。ダイヤ」
窓の外を黙々と眺めるダイヤに少し哀愁ある表情を浮かべるパールだが、足先を扉に向けた。
それに合わせて、サファイアもパールの後に続く。廊下に出る間際にサファイアは、あっそうだと足を止めた。
「そうだ、ダイヤ。次の時間は『武術』だ。勉強嫌いなら、運動の授業くらい出ろよ。じゃっ」
サファイアの言葉に我関せずを突き通すダイヤの反応に、ふっと笑みを浮かべてサファイアは教室を後にした。