本性
ギショウに促され荷台を覗き込む。
そこには、私の荷物が荒らされた跡があった。
目張りしたはずのタンスや机の引き出し、さらには梱包した段ボールも開けられ、中身が全て散らばっている。
「な…これじゃまるで…」
「心当たりはあるか?」
「あるわけ…」
ない、と言う言葉を聞き終える前に、私は地面をギショウに抱えられて転がっていた。
その直後、トラックの脇に停まっていたパトカーのうちの1台が赤い光とともに爆発した。
ドゴォォォォォォ…
爆発音があまりに大きすぎて耳が一瞬遠くなる。
「どうやら、張本人がお出ましみたいだ」
「ーーーーえ…」
爆発の熱で揺らぐ視界の先に見える人物に、私は目を疑った。
そこに無表情で立っていたのは、幼馴染としてずっと仲良しだった華南だった。
言葉を一切発せず、ひたすら私を見ている。
教室で、帰り道で見ていた彼女とは似ても似つかない絶対零度のオーラを感じ、息をするのを忘れ、ブルルッと一度大きく肩が震えた。
ここにいるのは、誰?
「貴様、華南か?」
ギショウに“華南”と呼ばれたそれは、微動だにせず、にぃぃっと笑った。
「やっぱあんたにはすぐバレちゃうかーあはははは!!!!
傍のほうの女は、訳がわかりませんって顔してるけど。
この顔、忘れちゃった?貴様に仲良しこよししてあげてた華南だよー?
こっちの格好だったら分かる・か・なー?」
ヘラヘラ笑いながら、目の前の人物はみるみる小さくなって、私が小学校に入った頃…初めて知り合った頃の華南の姿になった。
「千霧ちゃんが絵巻書を変形させてくれたお陰で、お前が子孫だとわかった頃だ。
ガキとはいえ、バカで本当に助かったよ!!ぎぃはははははは!!!」
「どういうこと…?」
目の前で下品に笑う小さな女の子は、私の記憶の中の幼馴染の面影は全くない。
そして女の子だったものは、一瞬大きく膨れ上がり、再度、現在の彼女の形を象った。
混乱する私の代わりに、ギショウが口を開いた。
「貴様は俺が殺す」
そう言い終わらないうちに、華南に向かって飛んで行った。
正確には、まるで飛んで行ったかのような速さで走り始めていた。
ギショウの速さに、華南が応対している。
そして、華南の攻撃をギショウがかわす。
私はどうすればいいか分からず、ただ2人の動きを目で追うのが精一杯だった。
技の押収をしながらギショウが口を開く。
「貴様が探しているものならここにはない」
「そうだね、こんだけ探して見つかんないんだし、アレはもう諦めるよ。彼奴を…」
私と華南の目が合った。
「殺した方が手っ取り早い!!!」
そう言うと華南は、隠し持っていた金色の、手のひらほどの長さのナイフを私めがけて下からふり投げた。
次の瞬間、身動き一つ取れず同じ姿勢のまま呆然とする私の目の前で肉が裂け、鮮血が垂れた。
私の顔の真ん前に、ギショウが差し出した左手がある。その真ん中に、華南が放ったナイフが垂直に突き刺さっている。
目を見開いて、私はただそれを眺めた。
ギショウの生温い血が、地面についた私の手の甲に一定のリズムを刻みながら落ちている。
ギショウは、ふぅ、と短くため息をついて素早く自分の手に刺さった金属を抜き取り、右手で握り直したと思ったら華南に向かっていった。
そのまま、2人が接触する瞬間、ギショウは最小限の動きでしゃがみ、華南が怯んだ瞬間の出来事だった。
下から右手を突き上げ、華南の喉の中心を金属が貫いていた。
華南は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに余裕の笑みに変わった。そして喉の傷口のすぐ下から口が現れ、流暢に喋った。
「すごい反応速度だ。侮って悪かったよ、でもこの程度の傷では」
その瞬間、頭の方の口から黒い粘り気のある液体が噴き出した。
「ごぶっ!?」
首から現れたほうの口が喋る。
「な、なにヲした…これは、呪いの血縛…いつノ間ニ…」
「俺の手からそいつを抜き取った時にな。貴様の存在自体を消すほどじゃないが、“こっちの世界の華南”を片付けることくらいはできる」
ギショウが華南の体から3歩ほど下がると、華南は苦しそうに突き刺さったナイフの周りをかきむしりながら上半身をぐるんぐるんとねじり回し、その間、頭の方の口は黒い粘り気の液体を吐き出し続けていた。
ギショウは踵を返し、私に向かって歩いてくる。
私はギショウ越しに、かつて親友として共に過ごした人の原型がなくなっていくのを見ていた。
まるでスローモーションのようだった。
耳鳴りがして、気が遠くなっていった。
そして、私はそのまま地面に肩から倒れ込んだ。