小さな憤り
ファミレスで朝まで明かしたほうが安全だと言われたけど、あと少し引越しに残っている用事を済ませたくて、その後なるべく短距離で帰れるルートを選ぶことを条件に私たちは店を後にした。
幸い、犬の変形したのみたいなやつには遭わずに帰路につけた。
私の家は、母屋の隣に神社があり、その間に小さな蔵がある。
上空から見ると正三角形の位置に建っている構造だ。
母屋は2階建てのこじんまりしたもので、私の部屋は2階。
もう22時を回っているのでみんな寝ているらしい。
どこの部屋も明かりがついていない。
ギショウはかなり人並みはずれた身体能力があるようだったので、私を抱えて2階の窓まで飛んで欲しいとお願いした。
夜更け、人間ではないけど明らかに男性と思しき人物と一緒に、実家の正面を切って入る勇気はなかったのですよ。
自室に入り、ギショウはがらんとした私の部屋を一通り見渡し、部屋の隅のフローリングにおもむろに座った。
私は、明日業者さんに持って行ってもらう家具の引き出しやら扉が開かないように目張りして、簡単な掃除をすることにした。
「こうなることを見越して引っ越すかのような状況だな」
「私空気読め過ぎでしょ」
「出来れば部屋の電気はつけておいたほうがいい。地獄世界の住人は、明るいほうが見えにくくなるからな」
なるほど、と自室の電気をつける。
「ん?でもあなたはどうなの?見えにくくなったりしないの?」
「契約が交わされた悪魔は、居るべくして人間界にいるからその現象は適用されない。光を嫌がるのは、契約を交わさずに無理に存在している者だけだ」
なるほど。
「じゃあ昼間のアレは、向こうには結構不利だったんだ」
「あぁ、番召が来た時か。そうだな。あの時は焦っていたからすぐ出てきたんだろう。本当なら、この屋敷の電気は全てつけておいたほうがいいのだが…」
「あ、ありえないから!ぜったいムリ!親が寝てるんだからね!あ、あとこの部屋からもぜったい出ちゃダメだから!!」
「寝てる者がいるなら、声はもう少し抑えたほうがいいのでは」
「わ、わかって!…るわよっ…」
なんで私が返り討ちにあってんのー…。
恥ずかしい。
悔しい。
引越しの片付けも終わり、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
「私、お風呂はいってくるから…あの…変なとこ開けたりしないでじっとしててよ」
「開ける理由がないだろう。餓鬼じゃあるまいし」
「ガ、キ?なんでもいいから、ぜったいだからね!」
そう言いながら、今日着る予定にしていたパジャマに手をかけようとして、はたとした。
今日初めて会った異性に、ガチのパジャマ姿は…見せたくない。
てことで慌てて衣類を詰め込んだ段ボールを開け、テニス部用のジャージを引っ張り出した。
薄いピンクのベースに白のラインが入ったザ・女子なカラーリング。
私のお気に入りのやつ!
これなら、パジャマ感ないし、自分的にも安心できる!いろんな意味で!!
ふと視線を感じると、ギショウが「?」な目でこっちを見ていた。
メンズにはわかんない感覚だろうな。
ゆっくりとドアを開けて、廊下に家族がうろついてないか確認。
そのままくるっと体を翻し、音を立てないようにドアを閉め、廊下の電気はつけないままで脱衣所に入った。
私の家には各階にお風呂とトイレがあるので、こういう時にはとっても助かる。
髪を洗い、トリートメントをつけてタオルを巻き、大好きな香りのボディソープでいつものように体を洗った。
湯船に浸かると、今日のことが走馬灯みたいに急に思い出された。
今日は高校生活最後の日で、平凡に友達と過ごして、何事もなくご飯を食べて寝て、明日も平凡に引越しができると思ってたのに。
今日ほど高賀宮家の血を恨んだことはないわ。
なってしまったものは仕方ない。
ギショウは簡単にそう言った。
どんな人生を歩んだら、そんなにさらっとそう思えるの?
それとも他人の人生だから?
でも、ファミレスで話したギショウは、無責任とかそういうタイプではない印象を受けた。
そういう生き方をしないと耐えられないような世界だったのかな。
もう、よくわからない。