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深闇の清い悪魔  作者: 王子(おうこ)
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引き合わせ

今日は、晴れて高校卒業の日。


明日からは、生まれ育ったこの街から離れ、ついについに…一人暮らしが幕を開けるんだ!




快晴とまでは言えないけど、気持ちがすくような晴れの日。

いわし雲のような斑の白が、薄めの青空を彩ってゆったりと流れてゆく。

私、高賀宮たかみや 千霧ちぎりは、待ちに待った高校生活最後の日、寄り道をしに学校からほど近い商店街へ遊びに行くことにした。

いつも連れ立っている友だちの華南かなん里菜りな

二人とも、これからはこうやってなんのアテもなくブラブラしたり、先生の悪口を言い合ったりもできなくなるんだな。

そう思ったらちょっと寂しい。




卒業式は10:35には予定通り終了し、私達三人はそれぞれの所属していた部活に顔を出しに行って、11時すぎには正門前に集まった。

みんな性格どおりのイメージの部活に入っていて、華南は書道部、里菜はバスケ部、私はテニス部だった。

里菜りなと私は体を動かすのが大好きで、華南かなんはおっとり屋さん。

でも、なんか気が合った。

バランスが絶妙だったのかな。





ランチタイムの混み合うちょっと前には、商店街のアーケードに差し掛かった。

ショーウィンドウに映る自分たちの制服姿を横目で見ながら、ほどなくして一軒のパスタ屋さんに着いた。

レトロな店構えで、くすんだ赤色の店舗用テントには「すぱげってぃ ロミオ」と書いてある。

ファーストフード以外で、三人で安くご飯を食べたいときは大体ここだ。

ナポリタンが490円、自家製ミートソーススパが500円、クリームスパは520円と、大体のメニューがワンコイン前後でしかもちゃんと美味しい。

私は先頭に立って、重めの手押しのガラス扉を押した。

カラカランと、真鍮の小さい鐘が店内に来客を知らせる。




「明日からはもうJKじゃなくなるのかー」


「そう思ったら、ちょっと、もったいない気もしちゃうね」


4人席に腰掛け、私の前側に並んだふたりがそんなことを言いながら、店主のおばちゃんが出してくれた水をくぴりと飲んだ。


「えー、JKはもう飽きたわー。私は断固、JKに価値を感じない」


「まじか。制服ってさ、着る機会なくなったら途端に着たくなる衝動が生まれる人もいるって言うし」


「私は生まれん」


「そういえば、千霧ちゃんは明日引っ越しなんだったよね?大学生だったら私服だし、そういう意味でも楽しみだね」


そうだ。いよいよ学校に行くのに制服を着なくていい!好きな服を着られる!!


「急にニヤニヤしてどうした」


里菜りなが引き気味に私を見る。

そんなに変な笑い方をしてたんだろうか。

私達が雑談をしているうちに、注文したメニューが運ばれてきた。

目の前にクリームスパが置かれ、ふわっとミルクのような優しい香りと、上にかけられたパセリの香りが混じって広がる。

<ロミオ>のメニューをしばらくは食べられなくなるんだな。そう思うとちょびっと切なく感じた。




★ ☆ ★




引っ越しの最後の掃除をしたくて早めに二人と別れた後、私はなんとなく、古本屋に来ていた。


そう、それはなんとなくだった。


ふとライトノベルや漫画を読みたくなることがあり、そんな時は古本屋で買っていた。

高校生のバイト程度の収入じゃ、定価で何冊も本は買えない。

遊びたい年頃だし、ちょっとみんなで遠出したらもうすっからかんだし。

というわけで、家からも学校帰りでも、ここには来ている。

<なつめ古書堂>は、私のお気に入りの店なのだ。


自動ドアが私の来訪を感知し、ちょっと滑りが悪そうな、ずごーっという音を立ててスライドした。

店内はまぁまぁ明るく、本には迷惑な光量だと思う。

今日は別に目当ての本があるわけじゃなかったんだけどな、早く帰らなきゃって思ってたのになんで来たんだっけ。

そんなことを考えながら、ぎっしり立てられた本の大群を右から左に横歩きで見て回った。

一通りいつも見るコーナーをチェックし終え、さてもう帰らないと。そう思った時、視界の端に何かざわつくものを感じる背表紙が目に入った。


「あ、これ」


知ってる。

家の庭の隅にある蔵の中に、私が小さい頃からあった本だ。

そういえば去年の大掃除で、母が古本を売りに行くって言ってたな。

そうか、ここに来てたんだ。


小さい頃、絵本が読みたくて家のあちこちを歩き回り、蔵に入った時に見つけた本。

その時は絵が怖すぎて、途中で逃げ出したっけ。


ゆっくりと本棚から引き抜く。表紙には「戯士燿紅蓮絵巻ぎしようぐれんえまき」と書かれていた。

記憶を辿りながら、ランダムにページを捲った。

そこには、幼いころに見たあの絵が、当時の記憶と違わず載っていた。




一人の男性が四肢を赤い紐のようなもので縛られ、体の正面が下になるように宙吊りにされ、そのすぐ下には灰色の人間のようなものがひしめいて、男性に向かって手を伸ばしている。

筆のようなタッチで書かれた絵は、細かい描写までは分からないが男性は苦しそうだ。

ギシヨウってどういう意味なのかな。

もう一度表紙を見て、裏返して背表紙を見てみる。

昔の本だからなのか、バーコードやJANコードは書かれていない。

それはまだ良いとして、この本には作者の名前も書かれていない。

そして小さい頃には気が付かなかった数々の不審点が、今の私ならわかった。


他人視点の文体や本人視点の文体が入り混じっていて、なんだか全体の流れが気持ち悪い。

それにこの絵本にはオチがないのだ。

主人公と思われる男性が、色んな場所で苦しめられているようなシーンが延々と書かれ、唐突に最終ページを迎える。


「やっぱ、変な本」


最後にパラパラとめくって、本を閉じようとしたその時だった。




カマイタチのような、小指の先が裂けるような感覚が走り、驚きのあまり思わず本を落としてしまった。

慌てて本を拾おうとした時、本当に指先が裂け、血が滲んでいることに気がついた。

かなり深く切れているようで、血は見る間に溜まり、雫となって開いているページのノドの部分に垂れた。

やばい。売り物を汚してしまった。

買う気はサラサラないのに、やっぱ黙って戻しちゃ悪いかな…っていうか、自分の血がついた本とか他の人の手に渡るのも気になるし。

少し考えた後、


「お金もないことだし、仕方ない」


という結論に達し、人道に反するがそっ閉じしておくことにした。


元あった場所に本を戻し、店番のおじいちゃんに心の中でごめんなさいをしてから、滑りの悪い自動ドアへと向かった。

ずごごーという音を立てて自動ドアが開くと、そこには私をまっすぐに見下ろす、真紅色の眼をした一人の男性が立っていた。

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