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DH  暗闇の手 序章(第一部)  作者: 千波幸剣(せんばこうけん)
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(1)  完成と、未完成の対立③

「イザベル、聞こえるか?」


「お兄様、やっぱりこの方法しかないのですね」


「俺の方は大した監視はないだろうが、お前の方はこの組織の最重要物件みたいなものだしな。敵に回すと最悪の存在になりかねないからなあ」


「そうなんでしょうか?」


「そうだよ、イザベル。このムーシンパシィでシンクロできるのは今の世界では数えるほどしかいないだろうがこの方法がお前にも使えて本当に良かったよ。あとはシンクロ出来るとしたら、ムーの血筋ぐらいなのかもな」



ムーシンパシィとは超科学文明を持ちながら、その滅亡の原因も場所の特定も出来ていないムー大陸と言われる文明を作り上げた人々が使用していた会話方法である。


言葉を持たずともムーの人々がお互いの意思の疎通が確認できていたのは、実はこのムーシンパシィによるものである。


会話方法は、脳波と心波の両方を利用し、話したい相手との同調により、初めて会話が成立する難易での高い会話術である。


アースシステムの音と言われる重要な部分も実はこの心波の応用を利用しているため、渡部には理屈が分からなかった。


この方法を使える者は限られている。


まず脳の覚醒率の問題である。


この2人に限って言えば、特殊遺伝子によりグリア細胞の割合が一般人の10倍、渡部の5倍を占めているという組織の研究データが出ているが、それも実は偽装によるもので本来の割合は計り知れない。


何故ならこのグリア細胞の割合をコントロールすることさえ、この2人には出来てしまうからだ。


そしてWRといわれるイザベルはまだ実年齢は1歳にも満たないのだが、驚異的な成長のスピードは身体だけに留まらず、このグリア細胞の働きと脳の中に占める割合がすでに死後のアインシュタインの脳のグリア細胞のデータと比較され、2倍以上と算出された。


組織としては願ったり叶ったりで疑うこともなく、この少女の存在を受け入れているのだが、この時点ですでに気付いておくべきだった。


イザベルの培養成功と誕生には藤原が関わっていたこと。


彼女の誕生には藤原がイザベルの試験管培養細胞に呼びかけたムーシンパシィによる脳波と心波に反応し、シンクロしたアインシュタイン自身がまず覚醒してしまったことに始まった。


イザベルだけにすべてを捧げてきた渡部自身、細胞の反応が出ると、慎重にその動向を息を飲みながらも大きな感動とその後の成功を祈っていた。


そして、さらにアインシュタインの細胞の中に刻み込まれている心の傷さえも癒し、真のアインシュタインの能力を覚醒させたのはムーシンパシィを利用した仮想DHシステムによるものだった。


「しかし、お前がいるときに成功するとはなあ」


「まさかですよね。こちらの知識に関しては全くありませんが、どういうものなのか覗いて見たくなり見学を申し込んだわけですが、こんな大きな出来事に出会うとは思いませんでした」


「つくづく不思議な男だな。アインシュタインの娘の誕生でこの日本の研究所の株がまた一段と高まったわけだがDHの方の完成もよろしく頼む。」


この時の渡部の顔は父親の顔をしていたことを藤原は覚えている。


会話の内容も誇らしさとともにいつもとは違う優しさも含まれていることに少し驚きを隠せずにいた。


WRとは呼びながら、イザベルのことを本当の娘のように愛していたことを2人は後になって知ることになる。


イザベルのことに話しを戻そう。


今保管されている世界各国のアインシュタインの脳の細胞はグリア細胞の割合が大きいといわれているがアインシュタインは自分の作り出した発明で直に手を下したわけではないが、多くの人々を死に追いやったことによる心の傷により、晩年グリア細胞の割合は急激に減少の一途を辿っていた。


死後に残った脳ですら、グリア細胞の占める割合は一般人の5倍とも10倍とも言われている。


その心の傷あとの痕跡すら消し去った藤原の存在はその娘イザベルにも遺伝子情報に刻まれ、受け継がれた。


穢れなき純真なるアインシュタインの娘イザベルが誕生した。


アインシュタインが落ちこぼれで変人扱いをされていたように、一般人とは異なる感覚や発想、視野の広さを持っていた藤原も社会とのそりが合わなくなり、接点すら持つ事を止めてしまった。


自分を理解できるのは自分しかいなくなってしまった過去があり、このイザベルの誕生は藤原自身に大きな希望と大切な存在をもたらしてくれた。


「気付いてはいたがアースシステムをあの状態で稼動していたとは組織なのか渡部さん自身なのかは分からないが焦っているようだね」


「先ほどイギリスから帰って来ましたが、あの子が目覚めたらしいです」


「あの子が目覚めたのか。」


藤原の表情が神妙な顔つきになった。


「私、この方法で話しかけては見たのですが、シンクロすることはありませんでした」


「多分僕が話しかけても駄目だろうね。あの子にはムーシンパシィは使えないのかもしれない」


「そうですか。私の見解では、あの子は使えるはずなのですが」


「お前が言うなら使えるんだろうな。しかし使わない原因があるのかもしれないね」


「いずれ会う機会があると思いますので、そのときに改めて話しかけてみます」


「そうだね。その子も神の啓示の1人だとありがたいが、そうじゃなくても、なんとかしなくてはいけない」


「やはり結論はそうなるのですね。」


部屋にある隠しカメラで一瞬イザベルの微笑が映し出されたが、その後変わった様子もなかったために、監視していたものは特に気にも留めなかったために、渡部に報告することもなかった。


監視映像には藤原がプログラム作業を黙々とこなしている姿と、イザベルは少し離れたところで紅茶を入れながらくつろいでいる姿が映っていたからだった。


場面は変わり、渡部の職務室である。


「アースシステムの試用運用はうまくいっている部分と問題点を抱えている部分の原因はまだ追究できないのか」


「すいません。理論自体は正しいとは思うのですが未だに稼動しきれない部分があります。サブリミナル変換を加えればその部分を補えるとは思うのですが」


「試用の段階からサブリミナルを使用する馬鹿がどこにいる」


「申し訳ありません」


「それよりも2人の行動におかしいところはないのか」


「今のところ全くありません。藤原さんの方はプログラム作業を黙々としていますし、イザベルさんの方は紅茶を淹れた後くつろいでおられます。


「まああの二人は普段も兄弟のような会話をしているからなあ。」


(オレの勘違いか)


渡部が勘違いと思っていることは本当は勘違いではない。


しかし、WRを娘のようにも思っている渡部自身の甘さがここに見える。


監視カメラに映った紅茶を淹れる表情の中に一瞬見せたタイミングの合わないイザベルの微笑みのような瞬間を渡部は見たことがあったが、微笑みの報告もされていない為に、疑うこともしなかった。


その違和感よりも、いつの間にか2人の仲の良さを温かく見守る父親のようになっていた。


少し渡部の過去について今日は話したいと思う。


渡部はある大学の研究所で特別研究員という肩書きである研究に没頭していた。


渡部には妻の美絵と高校生の娘の千絵という3人の家庭があった。


その当時の研究所の場面に映る


「ようやく出来上がった。しかしこの脳細胞の分裂と活性化はすごいものであるがどのような効果があるのかまだまだ謎な点が多いな。」


自前のエスプレッソマシーンを持ち込み、眠気を覚ましながら、研究に情熱を燃やしていた渡部の姿がそこにはあった。


「いかんいかん、こんな時間だ。睡眠時間を3時間とるにしても、そろそろ一度ホテルに戻らねばな」


「しかし、これはまだ誰の目にも触れさせないように今日は持ち帰るとしよう」


粉状のその物質を密閉式の小袋に入れ、渡部はかばんの中に入れ込んだ。


「今日も遅いお帰りですね、渡部さん。」


「気付けばこんな時間になっているから睡眠時間には気をつけてるよ」


「お気をつけて」


宿泊中のホテルに着くと思いもよらない来客がロビーの椅子に座り待っていた。


「あなた今日はお話しがあります」


何かを決意した美絵の声がロビーに響いた。


「お父さん」


千絵は寂しそうな顔でその言葉だけを発した。


この2人の行動で渡部もこれから何の話をするのか状況が読めた。


「ロビーで出来る話ではないな。部屋で話そう。」


ホテルのフロントからルームキーを受け取ると3人はエレベータで渡部の部屋へと急いだ。


カードキーの読み込みとともにドアの開錠の音が静まり返ったホテルの通路に響き渡った。


「美絵、今日じゃないといけなかったのか。もう2時だぞ」


「あなた留守電を聞いていないの。2週間何度も留守電にメッセージを残しておきましたが折り返しの連絡がありませんが」


「すまん。着信があったのは確認はしていたが、毎日こんな時間まで作業をしているため、ホテルに帰るとシャワーを浴びて、すぐ眠りについてしまっていた」


「前の職場から今の職場は家から近くなるから帰ってこれる日も増えると言われてましたよね。あなたのお仕事上理解してきた部分もありますがこれ以上はもう無理です。」


テーブルの上に一枚の紙が置かれた。


「もう私は耐え切れません。今日今すぐとはいいません。時間がかかっても構いませんのでサインをお願いします」


「それはそうと千絵は明日学校だろう。何故千絵まで連れてくる必要があった」


「私が行くといったらどうしても付いてくると利かなかったので」


「千絵、明日の学校はどうするんだ?」


「私の学校よりも大事なことだから。それにお母さんの実家の近くの高校に編入届けを出したから、そこに通うことになると思う」


渡部が話そうとする前に付け加えるように美絵が強い口調で話し始めた。


「私の勝手で離婚を希望しておりますので、今の家を含めた財産分与などはあなたの言うとおりにします。しかしあなたのような人には千絵は預けれませんので私が引き取ります。それでいいですね?」


「だから、少し時間をくれ。それに研究の方も今日ようやく一段落ついたんだ。」


渡部はかばんの中から今日出来上がったあの粉の入った袋を取り出した。


「これがオレの作ったものだ。人の脳細胞の分裂と活性化させる物質のようだが、まだどのように付与するのか分かっていない。これから動物を使った臨床に移ることになるがこの段階まで行くとデータ取りになるから定時とは言えないがほぼ毎日家に帰れるようになる。」


「今更。あなたの勝手でどれだけ私たちが振り回されてきたのか。」


「お父さん、少しシャワー浴びに行っていい?今日まだお風呂に入っていないから」


「浴びてくればいい」


「風呂に入っていないのか。何時間ロビーで待っていたんだ。」


「食事は取りましたが、あなたと時間がすれ違うといけないので、6時間ほど待っていました。携帯電話も電源が切れたままの人と会うには他に方法がありませんでしたから。」


「すまん。」


「これが私たちの家庭を壊した研究成果ですか。普通の真っ白な粉にしか見えませんが私が試して見ましょうか?」


「美絵それはやめておけ。どういうことになるのか分からない。脳に作用するものは本当に怖いものが多いのだ」


しかし、遅かった。


渡部の話を聞かずにして口に含もうとした事に渡部が気付き、何とかのど元まで行ってなかったようだ。


とっさの行動だったのが幸いし、水がなかったことも運が良かった。


と思っていたが、美絵の顔色が一変した。


舌のどこかの部分についていた粉が唾液とともに飲み込まれてしまったのだ。


この粉の名前はDH。


人を殺したいという脳内の潜在意識を瞬時にして高めてしまう悪魔の粉だった。


しかし、その作用にこの時の渡部が気付いていたわけではない。


フラッとシャワーを浴びる千絵のほうに行く美絵に対して、お前もシャワーに行ってくるのかと視線をやってはいたが、その数分も経たずして、千絵の悲鳴が聞こえてくるまで渡部は何が起こったのか全く分からなかった。


正確には悲鳴を聞いても、何が起こっているのか分からなかった。


急いでバスルームに駆けつけると全裸姿の千絵の首を美絵が締め上げているのである。


何事かと思い、その締め上げている腕を力一杯引き離そうとしたがどういうわけか、離せない。


渡部の脳裏にまさかの文字が過ぎったが、今はそれどころではない。


「お母さん、やめて」


搾り出すような千絵の声に美絵が反応した。


ごく少量だったためにその効果がタイミングよく切れたのかもしれない。


と同時に崩れ落ちる千絵を何とか抱きとめ、すぐに救急車を呼び、千絵は一命を取りとめた。


美絵は自分のしている行動の意識はしっかりとあったのにも関わらず、自分の娘の首を絞めていた自分自身を責めると、その後、この悪魔の薬を作った渡部に対して何度も何度も悪魔悪魔と繰り返していた。


千絵はその後精神科の施設で何ヶ月か過ごし、家に帰ってきたが病院と家の毎日だった。


そして、ある朝、突然、久しぶりに高校に行ってみるといい玄関を出たのが3人での最後の会話だった。


その足で千絵は近くの橋の上から身を投げてしまったのだ。


美絵の方は千絵が施設からの帰宅後、献身的に介抱していたが、千絵の母親への恐怖感は消えることなく、料理を運ぶのは渡部の役目となった。


千絵の自殺後、美絵も同じ橋の上から身を投げてしまった。


遺書には、千絵ちゃんだけだと寂しいだろうから私も行きますと記されていた。


渡部に対しての言葉は一文字も書かれていなかった。


神のイタズラか、悪魔の手招きか、WRことイザベルの誕生は、千絵が身を投げた命日に当たる。


家族を失った渡部はこのDHの臨床に身を投じた。


渡部がどういう経緯で今の組織に入ることになったのかは、この自らの作ったDHという名の悪魔の粉が関係していることは言うまでもないはずだ。


ただしDHの臨床実験以外は無気力に近い人間に変わってしまった渡部が何故、生気が戻ったのか?


その理由は組織の人間でさえ知るものはなく、未だに謎に包まれている。


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