(3) 沈黙の終焉⑤
経済産業省近辺になると身分証明書を求められ、規制線を抜けながらやっと入り口までたどり着いたが、銃撃戦の真っ最中で地獄絵図のような光景が拡がっていた。
経済産業省の職員と見られる者、現場に駆けつけたと思われる警察官、警護チームの顔ぶれ、そしてSAT1と思われる防護服を着たまま倒れている者が多数見える。
銃撃戦の現場からは少し距離はあるが、よく見ると殺人を犯しているのは警護チームのメンバーだった。
それを経済産業省の玄関口で必死で食い止めようとしているのが警察の特殊部隊SAT1。
「藤原さん、これは一体」
「DHか」
「これは話に聞いていたDHとは違いますが」
「DHシステムの方ではないです」
「それではこれは」
「SBL5(セキュリティバイオレベル5)DH」
「まさか、これが渡部さんの人生を狂わせた悪魔の薬ですか」
「多分。そうとしか思えない」
「しかし一体誰が」
「DHまで握っているとなるとアメリカの仕業と言いたいところだが、日本の組織内部と同じく洗脳と同じ状態になった者が何らかの方法で来日したと考えた方が妥当か」
「研究所は大丈夫でしょうか?」
「あれ以降こちらに連絡が入って来ないということは2つに1つですね」
「そうなりますね。大丈夫だということを祈るばかりです」
「スミスさん、SAT1の装備を用意していただけますか?」
「SAT1の対策本部は停車しているあの車だとすると、すぐに用意は出来るとは思います」
「それなら良かった。私は研究所の中に戻らなければなりません」
「お1人で行かせるわけには行きません」
「スミスさん、ここは止めるタイミングじゃないですか?」
声には出さないが藤原の顔が少しだけ戸惑っている。
「私は渡部さんを守り抜くことが一番の任務になりますので藤原さんの話から推測すると冗談も行っていられない場面だと思いまして」
というとスミスは小型麻酔銃を両手で構える準備をすると、この光景の中をSAT1対策本部へと向かった。
「あの人も大切な人を守り抜くことで自分の生きる価値を見出しているんだな」
その時、こちらに向かってこようとしていたものが3人倒れこんだ。
「リャンミオさん、ありがとうございます」
その仕業はリャンミオにしか出来ないと思った。
それはチャンからの命令でもあった。
「リャンミオ、厳戒態勢の中、立ち入り禁止区域が設けられ、民放の中継はなんとか止めているようだが、今、経済産業省前で大変な自体が起きている。私の命令として最低あの男は助けてくれ。出来れば渡部もイザベルも頼む。しかし、日本側には不自然のないようにSATの射撃班に成り代わり、サポートするのだ。くれぐれも倒した射撃班は殺さず麻酔で眠らせておけ」
「分かりました」
「リャンミオ、一族の決まりどおりお前の嫁ぐ相手は決まったな。本人はまだ気付いていないみたいだが」
電話の向こうからチャンの高笑いが聞こえる。
「はい。しかしハオ様を守れと言われました」
「あの男らしいな」
「帰国前にこの事態を収めたいのですが」
「そこまでしなくてもあの男ならどうにかするだろう。それに渡部がこの事態に手を打っていないはずがない」
「分かりました」
「お前が認めた男だ。そして私が認めた2人目の男だ。お前はあの男のサポートに集中してくれ」
「はい」
この時、微かにリャンミオの瞳から零れるものがあった。
SAT1の防護服に身を包んだスミスがタイミングを見計らい車のドアをノックして、即座に防護服を車の中に入れた。
その防護服に身を包み、車から出ようとしたところで藤原は意識を失った。
「藤原さん、申し訳ありません。ここであなたが死ぬような事があっては渡部さんに怒られます」
スミスは電子ロック型の車のキーを取り出し、ドアの閉錠を確認すると、そのキー自体を銃で撃ち壊した。
「これで大丈夫。私の部隊がこのような失態をしてしまうとは」
その時、スミスのムーブに連絡が入った。
「スミスか、私だ、渡部だ」
「ご無事でしたか」
「そちらの様子はどうだ」
「玄関前は銃撃戦の真っ最中ですがややSAT1が押されてきています。ただ射撃班からのサポートも受けていますので何とか対峙できています」
「そうか、すまん」
「いえ、私の部隊がこのような事を起こすとは」
「お前のせいではない。これもDHのせいだ」
「これがDHなのですか」
「まだ半信半疑だが、それしか考えられん」
「しかしこれはアメリカで厳重に保管されているはずですが」
「その通りだ。何故だか分からんが」
「研究所の中の警護の方は大丈夫ということですか」
「今のところ大丈夫だが、研究所の中のものは警護や私も含め、気が抜けている状態だ」
「私のムーブでそちらに映像が行きましたか」
「うむ。まさかこのような事態になるとは」
「このままSAT1が私の部隊に押されるようなことになれば一般市民にも多数の被害が出ると思われます」
「スミス、残酷な指令を出さねばならない」
「これもトップの仕事です」
「スミス、お前には本当に申し訳ないが楽にしてやってくれ。こんな状況のため、まだ気付いていないかもしれないが警護の顔をよく見てみろ」
「涙が」
「そうだ、それがDHという薬の作用だ。自分が何をしているのか意識はあるが何らかの原因で人を殺すという脳が送り出す命令を止められないのだ」
「それでSAT1だけではなく、お互いでも撃ち合っているのですか」
「そうだ。私の家族のことをお前には話したが、あれはまだごくごくわずかな量だったために途中でその作用が切れるのが早かった。しかし今回の持続時間を考えると」
渡部が珍しく言葉を詰まらせている
「私に任せてください。すぐに楽にしてやります」
「それと藤原はどうしている」
「麻酔効果のある液体を防護服の中に染み込ませましたので車の中に眠っていただいています」
「そうか。よくやってくれた。こういう場面になると生き急ぐ行動に出るからな」
「1人でこの中を突入しようとされていました」
「あの馬鹿が。やっぱりか」
「渡部さんとイザベル様の事となると人が変わりますからね」
「スミス、お前にこんな任務を頼むことを許してくれ」
「どうも遠方からの正確な狙撃も頂いているようなので思ったよりも早く片が付きそうです」
「リャンミオか。あの男を殺してしまったら日本の研究所は破壊どころか、跡形も残らないだろうな」
「はい。それでは私も行ってきます」
「私にはお前が頼りだ」
「分かってます」
宇宙服の軽量化版のような防護服を纏い、突入していくスミス。
「清水、お前は誰にでも優しかったな」
「佐藤、お前ほど柔軟な判断の出きる部下はいなかった」
「向井、厳しい訓練にも最後まで音を上げなかったのはお前だけだ」
「ジョーンズ、お前の冗談がもう聞けなくなるのは寂しいが許してくれ」
「モーリス、そんなに涙を流して苦しんでいるのか。そういえば、お前の生真面目さは度が越えてたな」
「トーマス、長い付き合いだったな。そのうち俺もそっちに行くから焦らず待ってろ」
「カーラ、俺の部隊でお前が一番の美人だった。俺の部隊に女はお前しかいなかったがな」
既に倒れているもの、倒していく仲間に対して、スミスは一人一人声を掛けていった。
「最後に残ったのはお前だと思ったよクサカベ」
その言葉に返事は無い。
「まさかこういう事態になろうとは私も予想はしてなかった」
そういうと最後の1人ということでスミスは後方に居るSATをさらに後方に下がるように手で合図を送った。
クサカベはすでに何発か身体を打たれ、すでに満身創痍の状態だがそれでもまだ立ち上がろうとしている。
「スミスさん、申し訳ありません」
確かにそう聞こえた。
スミスは防護服を脱ぎ捨て、クサカベに駆け寄る。
「ミスタークサカベ、最後の最後であなたはDHに打ち勝ったのですね」
「私のミスです。申し訳ありません」
「そんなことはない。これまで良く頑張ってくれた」
SATに倒れた者の全員の回収と、重症のクサカベの緊急配送を頼むとスミスは渡部に連絡を取った。
「今終わりました」
「そうか」
渡部はスミスに掛ける言葉が見つからなかった。
「ミスタークサカベが・・・・・最後の最後にDHに打ち勝ちました」
言葉を振り絞るようにスミスは言った
「そうか・・・・・DHに打ち勝ってくれたか・・・・・さすが・・・・クサカベだ」
涙を堪えながら渡部は必死に言葉を返す。




