(3) 沈黙の終焉④
中国大使館から出てくる藤原。
門前から視線をやるリャンミオ。
その視線に気付き藤原を見つける日本の警護チーム。
「スミスさん、藤原さんの存在を確認しました」
「よくやった。それが分かればいい。こちらにすぐに戻ってこい」
「了解しました」
その動きに気付くリャンミオ。
「すいません、あなたにも黙っていて」
「チャン様から連絡が入りました」
「それから約束の時間よりも」
その後を口にしようとしたときにはリャンミオの左手が藤原の頬を打っていた。
「すいません」
そして、リャンミオは藤原の傍に行くと強く抱きしめた。
「何も無くて良かった。イザベルさんからもうすでに出かけていると言われまして」
「イザベルと話されたのですか?」
「はい。向こうも心配のご様子でした」
「ということは今の状況も多分見られています」
「警護の方なら藤原さんの存在を確認すると帰られました」
「そっちはスミスさんの指示でしょうね。ムーブで話されたのですよね?」
「もちろん、藤原さんとの通信手段は今のところ他にありませんので」
「ですよね」
「ということは今見られています」
「イザベルさんですか」
「はい。そのムーブも早めに新しいものに替えられることをお勧めします」
「私は構いません」
「はぁ」
「もう少しだけこうさせてください」
無理にこの状態を解く理由もなく、ここは流れに任せてしまうしかないと思う藤原。
「それは構いませんが今日どこに食事に行きましょうか?」
「藤原さんのお勧めで。中華料理以外でお願いします。それからカレーも除外していただけたら」
「今日の昼、ひょっとして行かれたのですか?」
「まあ、その、そんな感じです」
「分かりました。しかし、日本の警護チームにもリャンミオさんは信用されていますね」
「信用なのでしょうか?人質扱いの間違いなのでは」
「それは無いと思います。チャン様も言っておられました。世界中探しても、あの女性に敵うものはいないと」
「藤原さん、少し表現を変えられておられませんか?」
「すいません。同じようなものだと思いまして。チャン様自身が標的にされたら困ると言われていたので」
「珍しい。チャン様がそのようなご冗談を。やっぱりあなたは面白い人」
リャンミオの微笑んだ顔に吸い込まれるような顔をしている藤原。
「同じようなことをチャン様にも言われました」
「でも」
ここでリャンミオの表情が急に変わる。
「でも」
藤原の表情も険しくなる。
「私との約束の時間に遅れたという事実に変わりはありませんのでお詫びの記しを頂きます」
というと、藤原が抵抗をする間もなく、リャンミオは口づけをした。
「リャ、リャンミオさん、これは」
「私との約束に遅れて殺されなかっただけでも運が良かったということです」
「分、分かりました」
「それから、私の美味しいと思う食事をしていただけないときはさらにお詫びをしていただきますのでよろしくお願いします」
「はぁ」
藤原は困ったなあという表情を見せながら、中国側の用意してくれた車にリャンミオとともに乗り込んだ。
発言とは裏腹にリャンミオの心臓の鼓動は早く、顔もほのかに赤くなっている。
藤原の指示で割烹料理の店に向かうことになったが、その間もリャンミオは藤原の左手を自分の右手で握っている。
「リャンミオさん、そういえば、本当は両利きですよね」
「どうしてそれを」
「直感です」
「お調べになったのですか」
「実は。あの夜のダンスで失礼なことをしたと思い、気になって調べてしまいました」
「あなたは優秀なのですね。調べるといっても、私のことは調べられないのに」
「そうなんですよね。全く出てこないんです。それでダンスの時の映像を分析してみまして」
「そこまで私のことを」
リャンミオの顔はさらに火照っていくがイザベルと同じような勘違いをしているようだ。
「リャンミオさん、手に汗が」
「すいません。気持ち悪ければ外しますが」
「いえ、このままでいいです」
「は、はい」
「そういえば、武藤さんの件ありがとうございました」
「チャン様から聞きましたが驚きました。あの場におられていないのに」
「詳しくは言えませんが居たようなものだったので」
「わたしの姿を見ておられたのでしょうか?」
「もちろん見ていました」
「も、もちろんですか」
「はい、あの時の標的がイザベルだったりスミスさんだったりするとリャンミオさんにはお眠りいただくことになっていましたので」
「そちらの方でしたか」
「あの時までは、まだリャンミオさんと中国の真意を測りかねていましたので」
「そうでしたか」
リャンミオの右手に力が入る。
「あのリャンミオさん、少し痛いです」
「す、すいません、わたしとしたことが」
「いえ、安心しました」
曇りの無い眼差しがリャンミオを見ている。
「あ、あの」
「はい」
「わたしにはハオさまの警護という仕事があります。無期限の休暇とは言いましたが中国に帰らなければいけません」
「そうですね。チャン様も言っておられました」
「あなたにはイザベルさまという心に決められた方が居られる」
「はぁ。それは勘違いですが」
「それでもわたしはこれからもあなたのことをずっと想ったままでいたいと思います」
「少し誤解もあるようですがありがとうございます」
「それにわたしはイザベルさまの想いには敵わないことも感じています」
「はぁ」
「この食事が終わると翌日中国に帰国する予定にしております」
「ハオさまの事を考えるとそれがよろしいですね」
「はい」
今度は藤原の左手がリャンミオの右手を強く握った。
2人は割烹料理店でもたわいの無い会話からイザベルやハオの事まで会話の中に織り交ぜながら楽しい時間を過ごした。
「それでは、また近いうちに」
「そうですね。今度はこちら側の渡部も連れて中国に赴くことになると思いますが食事だけでも2人で取れる時間をもらえるようにします」
「はい」
リャンミオが藤原にもたれかかる様に寄りそったが今度は藤原の方もリャンミオを優しく包むように抱きとめた。
ほんの少しの間だったが、2人が互いの気持ちを確認するには十分な時間だった。
「リャンミオさん」
「それでは」
藤原に軽く口づけをするとリャンミオは車に乗り込み消えていった。
それと合わせる様に今度は日本側の車が藤原に近づいてきた。
「藤原さん、お疲れ様でした」
「スミスさんに迎えに来て頂けるとは」
「有意義な時間をお過ごしになったようで」
「はい」
少し照れるように返事をする藤原。
「中国側も安心されたようですね」
「チャン様には全てを見透かされているようでしたが何とか次回への繋ぎを取れました」
「それは良かった」
「政治家の枠を超えて、人として素晴らしいお方でした」
「そうでしょうね。渡部さんの認められた人ですから」
「お知り合いのようですね」
「表向きは犬猿の仲ですが」
「なるほど、何となく分かるような気がします」
「どちらも素直な方ではありませんので」
スミスの言葉に藤原は納得するような表情をした。
「スミスさんが迎えに来られたという事は、日本の方は落ち着いたということですか」
「イザベル様が全て解決なさいました」
「そうですか。さすがイザベルだ」
「やはりイザベルの部屋にも侵入した形跡があったのですね」
「はい、申し訳ありません」
「帰ったらすぐにセキュリティの再構築をし直さないといけませんね」
「よろしくお願いします」
「ということはあのセキュリティを作成した方が犯人でしたか」
「はい。田中自身が自白しました。証拠が揃っていますので言い訳も出来ませんが」
「セキュリティシステム部門のトップが」
「しかし、どうやって」
「そこがまだ掴めない所ですね」
「日本は他の国とは違い、研究所の職員の中でもトップ3は外出許可が出るとはいえ、警護付きでの外出になります。しかも長時間の外出は許されていません」
「となると恐れていたことが起こっているのかもしれません」
「どういうことでしょうか」
「自分の直感が当たってほしくないような恐ろしいものが今も日本の研究所の中で稼動している恐れがあります。スミスさん、少しでも急いでください」
「分かりました」
藤原はスミスのムーブを借りると渡部に今の状況を伝えた。
「スミスか」
「いえ、私です」
「無事に終わったようだな。しかし帰ったらイザベルの機嫌取りを頼む」
「所長、それどころではありません」
「田中の方は自白も済み、何もかも吐いたぞ」
「それは何もかもではありません。直ちに日本のコンピューターを再起動させてください」
「どうしたというのだ。特に何も異常はみられないのに再起動させるとシステムの立ち上げにも時間が掛かるというのに」
「渡部さん、私の推測が正しければ、各国のシステムにDHまでとは言えませんが、それに近いものが侵入している疑いがあります」
「何だと」
「この一連の事件を考えるとそれしか考えられません」
「ドイツか」
「はい」
「イザベルの2度の誘拐未遂もそれに絡むものだと思われます」
「恐れていたことが現実になっているということか。分かった。すぐに再起動してお前の作った新しいフィルターモードを使用してみる」
「まだ試作のものですがそういうことを言ってる時間もないですね」
「お前もなるべく早く戻ってきてくれ。イザベルが役に立たない」
「分かりました」
渡部の困った声から重苦しい雰囲気を感じ取った藤原だった。
「そういうことでしたか」
「推測が外れてくれればいいんですが」
「しかし、イザベル様の方はどうなさいますか?」
「今回については、どうしてもイザベルが役に立たないということなら後回しにするしかなさそうです」
「それほどの事が起きているということですか」
「そうでないといいと願ってますが」
スミスと藤原を乗せた車は経済産業省へと到着したが状況は予想を超える最悪の展開を迎えていた。




