(3) 沈黙の終焉③
その頃藤原は実は中国大使館の中にいた。
「これはこれは本当に来て頂けるとはこちらも感激しております」
「こちらこそ、スーツの着替えも用意していただきありがとうございました」
「こちらに単身でこられるということは日本で何か起きたということでしょうか?」
「それはそちらもご存知のことでしょう。あなた方が見張りをしながら先に何人かの始末をしていただいたからまだ正体の掴みきれていない組織の連中は撤退してくれました」
「藤原さんは現場にいなかったはずですがどうしてそう言い切れるのですか?」
「現場には居ませんでしたが、なんとなく直感でそう感じました」
藤原はライブヒューマノイドセンサーのことを隠し、わざとらしく笑顔を見せた。
「直感ですか。私にはそうは見えませんがまあいいでしょう。今日はその話が本題ではないので」
藤原の目の前にいるのはチャン。
WR中国所長ハオの兄である。
「わざわざ中国の表の代表者が私に何の用でしょうか?」
「率直に聞きます。藤原さん、イザベルさんにはお付き合いされている方はいるか」
「お付き合いも何も今の状況化、あの子の誕生から考えて、お分かりになると思いますが」
「それはこちらも理解しているが改めて聞いてみたのだ」
「ハオさまですか」
「気付いていたのか」
「私もお似合いだとは思いましたので」
「私も同じ意見だ」
「しかし、イザベルは日本にとっての宝物ですので、中国に嫁ぐわけにはいきません」
「それも理解している。最初はリャンミオに誘拐してくるように命じた」
「それは気付いていました。というよりも日本到着後にリャンミオさんに脅迫されましたので」
「そのことについては謝罪する。ハオからも謝罪の旨を伝えてくださいと言われた」
「それでは、イザベルの件はどうお考えですか」
「中国はDHの開発対象外ではあるがそれなりに優秀な人材が揃っている」
「本当に優秀な人材は各国の研究所にいますね」
「そのことに対しては、私も耐え切れない屈辱だが、今の中国は私の代になり、変化しつつある」
「大きな中国を手放された。中国という国がまさかあのような政策ができる国とは思いませんでした」
「それでも半分の領土は残った。そして中国から離れた国も結果的に中国との交流が著しくなった」
「あれから中国という国は本当の先進国になりましたね」
「すべてとは言わないがいずれは元の中国の領土に近い国が中国として戻ってくれると信じている」
「武ではなく、徳による政権樹立がその国を豊にすることをどの国も学ぶべきです。日本も例に漏れずです」
「私自体はアメリカ生まれだが、偽りの正義という言葉をあの国では学んだ。権力や圧力で正しい義を押さえ込むことをまず行動に移すあの国の正義には飽き飽きした。その正義すら叫べなかった当時の中国はそれ以下だった」
「政治の世界だけで考えると、日本は昔の中国と同じです」
「外見と振る舞いは上品だが中身は欲望の限りを尽くしているからなあ、日本の政治家というものは」
「そうですね、国民に伝える発言と世界に伝える発言が異なります。言葉という魔法を使って操るペテン師集団と私は思っています。憲法の曖昧さを利用するのも得意ですしね」
「不思議な男だな、君は。リャンミオが惚れるのも分かる」
「はぁ。今何とおっしゃいましたか」
「リャンミオが君に惚れているのだよ」
「はぁ」
思いもよらない言葉に藤原の気が抜けた。
「君の気持ちも確認したいところだがハオの警護にはリャンミオの代わりを出来る人間はいないと私は思っている」
「そうですね。あの位置から武藤さんを打ち抜いたのもあの方ですよね」
「君は恐ろしい男だね。そこまで知っていてここに乗り込んできていたのか」
「いえ、ありがとうございます。武藤さんをあそこで撃たなければ武藤さんの身体は蜂の巣にされてしまうところでした。あとの弾は武藤さんが倒れたことにより、あの組織からの狙撃はすべて車に打ち込まれましたが特殊な金属で出来た装甲なので心配はしていませんでした」
「まるですべてを見ていたかのような話をしているね。渡部さんが信頼しているだけのことはある」
「所長のことをお知りなのですか」
「ああ、少しだがね」
「イザベルの誘拐事件と同様に中国でも何か起きていますよね」
藤原がキリッとした鋭い瞳でチャンを見る。
「そんな眼をしなくても今日はその話もしたいと思ってここに呼んだのだ。リャンミオには少し悪いことをした」
「まだ門前で待っていますかね」
「この話が終わったら、リャンミオにも中に入ってもらおう。せっかくの食事の時間の邪魔をしてしまっているから私から謝らねばならない」
「中国でも何か動きがあったのですね」
少しの間を置き、チャンが言葉を発した。
「中国ではハオの暗殺未遂があった。幸いリャンミオのおかげで怪我もなく終わったが、まさか自分の腹心が中国の支配を目論んでいるとは想像もしていなかった」
「こちらは警護のナンバー2です」
「リャンミオが撃った男か」
「ええ」
「世界各国の研究所では神隠しが起きているというが手を貸している何者かが組織内部に存在するということか」
「日本の研究所の中にもまだ潜伏していると思っています。今日は少し仕掛けもして出てきました」
「そこまで私に話す必要があるのか」
「はい、中国も日本の研究所として入っていただきたい」
「面白い冗談を言うね、君は。また近いうちに話す機会を設けよう。次回は渡部さんも同席してほしい。日本の研究所の真意を聞いてみたい」
「分かりました。渡部に伝えておきます」
「しかし君は政治家としての資質も兼ね備えているようだね」
「そんなことはないです。それよりもこれからリャンミオさんに殺されないか気が気ではないです。その後イザベルにも口を利いてもらえなくなるかもしれないのでどうすればいいのか悩んでいます」
チャンは高笑いしながら言った。
「君ならこの世界を変えてくれるのかもしれないなあ」
「いえ、ただの研究員ですからそんな力はありません」
「君の資質なら多くの人たちが賛同するだろうと私は感じる」
「チャンさん、買いかぶりすぎです。そんなに褒めていただいても今日は何も持参していませんよ」
「そうだった。私がそう頼んだのだから。それよりもそろそろリャンミオの元に行ってやってくれないか」
「わかりました。殺されないように連絡の方を頼みますよ」
「ここにリャンミオも呼ぼうと思ったが2人きりにさせてやらないと自分も標的にされると困る」
笑いながら藤原の方に視線をやるチャン。
「今日はお会いできて光栄でした」
「有意義な時間になったよ藤原くん。それでは失礼する」
「はい、また近いうちにお会いできればと思います」
短時間ではあったがチャンと藤原のこの出会いは後に中国と日本の関係を大きく動かすことになる。




