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DH  暗闇の手 序章(第一部)  作者: 千波幸剣(せんばこうけん)
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(3) 沈黙の終焉②

「イザベルはまだ眠ったままか」


渡部の力のない問いかけにスミスが反応した。


「所長、申し訳ありません。私の責任です」


「スミス、それは違うぞ。武藤は私も信頼していた。それよりも武藤さえも翻弄させた組織についてWRの本部も調査を開始したらしい。本部の方でもここ2ヶ月、各国からいろいろと報告は入っていたらしい」


「抹消ではなく、WRの世界中の研究所スタッフの神隠し事件ですね」


「そうだ」


「しかし、新人類や試験管ベイビーが狙われているわけではなく、スタッフ数人の行方不明ということで逃走として処理されていましたね」


「うちの組織では逃走という事例が珍しい。そして、家族の許に戻っていないし、連絡をとった兆候もみられないというのも腑に落ちん」


「やはり、何らかの意図をもった誘拐ということになりそうですね」


「そして今回のイザベルの誘拐未遂だ。武藤の件を考えれば、どの国のスタッフや警護の中にもその組織のメンバー、手玉に取られている者がいても不思議ではないということになる」


「そうですね。しかも武藤クラスの人間が翻弄されるということは、幹部クラスの中にも裏切り者になるものが存在しても不思議はありませんね」


「結論から考えれば、そう結びつくことになる」


「藤原さんは大丈夫でしょうか?」


「あれは大丈夫だ。大丈夫ではないのはイザベルへの溺愛だな」


「そうでした。しかし、まだまだ謎の深い人間ですね」


「ただの引きこもり人間ではないが、裏切る人間でもないと思いたい」


「しかし、困りましたね。あの2人がいない今日の研究所は雰囲気がどんよりとしていますね」


「そうだな。イザベルが誕生する前の研究所の空気に戻ってしまっているな」


「イザベルさまの存在はこの研究所では空気以上に大切なものになりましたね」


しみじみと話すスミスの間合いの中に言葉が飛び込む。


「お兄様が」


まだよろける身体でゆっくりと歩いてくるイザベルが見える。


「イザベルさま、まだお休みになられていたほうが」


「お兄様が」


「藤原がどうした。そういえば今日はまだ姿を見ていないな」


「出て行かれました」


「藤原さん、またいつものカレー屋さんですか?」


「イザベル心配しすぎだぞ。お前は藤原の事になるといつもそうだ。寝ていなさい」


「私も寝てはいられません。お父様、これをお読みください」


イザベルが握り締めて歩いてきた為にしわくちゃになったメモの切れ端を渡部に渡した。




メモの切れ端




イザベルへ



お前の事と言い、武藤さんの事といい


今回の出来事は落ち込みもしたが怒りがまだ収まらない


この事件の真相はぼやけながらもお前の存在をキーワードに犯人が見えてきた


まず、リャンミオに会って中国でも同じようなことが起きていないか聞いてみるつもりだ


やはりあの国の仕業だとは思うが行って確かめてみないと答えが出ない


自分なりに考えられる準備はすべてしていく


すぐに帰ってくるつもりでいるから


渡部さんにもそう伝えてくれ


最後に渡部さんに


くれぐれもイザベルの警護強化と研究所の警護を手薄にしないように


最後の言葉をどうとるかは渡部さんに任せます






「スミス、至急警護のものを集めてくれ。藤原の確保に向かえ」


「どうされたのですか?」


「どうやら武藤の仇を取りに単身乗り込みに行こうとしているらしい」


「しかしまだ本部でも組織の概要すら掴めていないのにどうやって」


「あいつなら出来る。それが出来てもあいつが所長の座を変わらないのは、こういうときの為だからな」


「お父様、お兄様は何もかも置いていかれました」


「あの馬鹿。ムーブも置いていっているのか?」


「はい。それならあのシステムを使って探し出すしかないな。イザベル、藤原の位置の割り出しを頼む」


「分かりました」


「スミスは成田と羽田空港に警護のものを配置準備。何としても捕獲する」


「藤原さんが実名登録で飛ばれるとは思えませんからイザベルさまとの連携で見つけ出すしか手がありませんね」


「イザベルもそうだがあいつが現時点でのDHシステムの創造者に一番近い存在だ。万が一他の組織やWRの他国の手に渡るのは断じて許されない」


渡部にしては珍しく力の入った口調にスミスとイザベルが頷く。


「まさか」

「まさか」

「まさか」


3人の言葉が重なる


「イザベル誘拐は計画の内になったのかもしれないが、本当の狙いは藤原なのか」


「一瞬そう思いましたが、それはありえません」


「私もそれは無いと思います」


「そうだな。ただの研究員という立場だからな」


「それよりも、リャンミオさんに会って、その後武藤さんの仇を取ると書いてありますが、どういうことですか」


イザベルはリャンミオの事が気になるらしい。


「中国からは神隠し報告はデータに入っていなかったが引っかかるものを見つけたのかもしれないな」


「そういえば中国では神隠しが起きていませんでしたね」


「お二人とも話をずらしておられませんか?リャンミオさんのことなのですが」


「だから中国の内情が引っかかるんじゃないのか」


「イザベルさま、私もそう思いますが」


「それだけならいいんです」


「それよりもイザベル、あのシステムを稼動させたら、お前は休むんだ。これは命令だ」


「でも」


「藤原のメッセージをお前も読んだんだろう」


「あとは私とスミスに任せるんだ。私たちの失態は私たちで返す」


「分かりました」


不本意な表情をしながらもイザベルはシステム管理室に向かい、システムを稼動したことを確認すると自分の部屋へと戻っていった。


自分の部屋に戻ったイザベルだったが心身ともにソワソワする感情に襲われていた。


「リャンミオさんの目的は本当に私なのでしょうか」


自分の手元にある藤原のムーブを握りながらまだ収まらない。


「昨日の事件は組織内のものではありませんし、あの方のお兄様を見る視線は私がお兄様を見ているときのような目をしていた気がしてなりません」


独り言を言いながらムーブ本体にパスワードが掛かっていないことに気付く。


「ということは」


ムーブ本体の着信番号、発信番号を覗いているイザベル。


「多分、この番号ですね。お兄様がお会いになる前に掛けて差し上げましょう」


発信番号から発信したが、電源が切られているというメッセージが流れた。


「あの方は留守電モードにもしておられないのですね。もう少し時間をおいてまた掛けてみましょう」


その時、藤原のムーブに着信が掛かる。


「この番号はあの方ですね。先ほどお掛けした時には電源を入れておられなかったのに」


一度着信が切れ、また掛かってきた。


「しょうがないです、持参されなかったことを教えて差し上げなくては」


通信ボタンを押すイザベル。


「はい、わたくしです」


「こちらは藤原さんの番号ではありませんでしたか?」


「その通りですがどちらさまでしょうか?」


「あなたはひょっとしてイザベルさまですか」


「はい、あなたのおっしゃるとおりですがあなたはどなたでしょうか?」


「中国のハオさまの警護をしておりますリャンミオです」


「ハオさんの警護の方が何故日本に来ておられるのですか?」


「もう知っておられるんですね。少しばかりお時間を頂いて、日本に旅行にきております」


「それで何故このムーブにお掛けを」


「藤原さんとお約束をしているのですが、まだ来られないので心配になり、こちらに掛けてみた次第です」


「日本語もお上手なのはいいのですが、お兄様はすでにお出かけになられ、そろそろそちらに到着されるはずですがお約束のお時間をお間違えではないですか」


「そのようなはずはないのですが。それよりも何故藤原さんのムーブをイザベル様がお持ちなのですか」


「お兄様が忘れていかれたみたいですのでこれからお届けに上がろうと思っておりました」


「それなら私からお伝えしておきますので大丈夫ですよ。お帰りの際もハオさまの警護も任されている私が無事安全にお送りいたしますのでイザベル様はゆっくりされて下さい」


「どちらでお約束されているのでしょう。わたくしも是非リャンミオさんに久々にお会いしたいのですが」


追尾、探索関連のシステムを稼動させてはみたものの、その後、藤原の発見は不可能だろうと予測していたイザベルは会話の流れで藤原の居場所を突き止めようとした。


「今日はプライベートでのデートになりますので、イザベルさまでもお教えできません。申し訳ありません」


「デ、デート。お兄様からはそのような交際に関して何一つ聞いておりませんが」


「今日が初めてなので藤原さんもお恥ずかしかったのではないでしょうか」


「分かりました。それでしたら、なるべく早くお兄様を安全にお送りください」


「イザベルさまにそのように言っていただけるとは。なるべく早くお返しできるように努力いたします」


「それでは、お兄様によろしくお伝えください」


「渡部所長にもよろしくお伝えください」


二人の会話は終わったが、イザベルは鬼のような表情をしながらも微笑んでいる。


「あの方、私が何故会話を長引かせようとしたのかその意図を理解されていなかったようですね」


藤原のムーブをイザベルは自分のコンピュータに接続して、リャンミオの発信源の場所を特定した。


「何故こんな場所に。中国大使館でデートとはわたくしでも進入不可能ですが、お父様とスミスさんにお伝えしなければ」


自分の部屋から研究所の中に急いで向かうイザベル。


「イザベル、お前何故戻ってきた。休んでいろ」


渡部の言葉が少しきつい口調になっていた。


「どのシステムを稼動してもお兄様は見つかりませんでしたか」


「お前気付いていたのか」


「それよりもお兄様の居場所が分かりました」


「どうやって、そんなことが」


「このムーブにリャンミオさんからご連絡があり、待ち合わせの場所は教えて頂けませんでしたが私のシステムを使用して居場所を割り出しました」


「どこだ」


「中国大使館でした」


「ムーブに通信してきたということは藤原はまだ到着していなかった。約束の時間に到着していないということか」


「そのようでした」


「これで中国も動くか」


「いえ、初デートだということでした」


「お前本気で信じているのか。マオの側近、中国一の暗殺者一族の長の娘リャンミオだぞ」


「はい」


「なら、何故中国大使館なのだ。まさか藤原を中国も狙っているということか」


「いえ、それは無いと思います。なるべく早く無事にお送りしてくれるとお約束していただきましたから」


「中国と言い、リャンミオといい思惑が全く読めん。お前を誘拐するなら話は分かるが。しかもイザベルにそう言ったのなら、組織間の裏切りでもない、通信記録も残るムーブでの会話か」


「それよりもわたくしを中国大使館に行かせてください。リャンミオさんという方のあの視線は私がお兄様を見る視線と同じなのです」


「イザベル。たまには藤原にも息抜きをさせてやれ」


「あの方がわたくしのお姉さまになるのはわたくしが拒否します。これ以上兄妹を増やす気持ちはありません」


「お前また何か勘違いをしていないか」


「いえ確実にそう感じました」


「それなら藤原の妻になるとしたら許せるのか」


「そ、それも困ります。ハオさんにリャンミオさんがいるようにわたくしにはお兄様が必要なのです」


渡部は少し困ったような呆れ顔をした。


「今日はもうその話はやめる。それよりもスミスの警護チームを中国大使館周辺に廻さなければならない」


「分かりました。それでは私は部屋でリャンミオさんの位置を見ています。あの方のムーブも私のシステムの管轄内に入りましたので怪しい動きがありましたらお知らせします」


「分かった。その時は頼む。それはそうとして身体を休めておけ」


渡部はすぐにスミスに連絡を繋いでいる。


イザベルは再び、自分の部屋に戻った。


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