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DH  暗闇の手 序章(第一部)  作者: 千波幸剣(せんばこうけん)
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(2)  沈黙の滞在(完)

リャンミオの通信を切ったあと、どうしたものかと思案しているときだった。


ムーブにまた連絡が入る。


「藤原君、今どこにいる」


「今日は自分の仕事はイザベルの解析が終わるまでありませんのでたまには外の空気を吸いに食事に来てます」


「気分転換もいいが、それどころではない」


「渡部さんから連絡が入るのは珍しいですが何か緊急な要件でも出来ましたか?」


「そうだ。つい先ほど、イザベルの呼吸が停止した」


「い、今何と言われましたか」


その場で呆然と立ち尽くす藤原。


「イザベルの呼吸が停止したのだ。すぐに培養装置に移したために何とか生体としての状態は維持している。しかし、時間がないかもしれん。至急帰って来い」


「分かりました」


藤原は力なく歩き始めたが、一刻も早くイザベルの元へたどり着けるように気付けば無我夢中で走り出していた。


経済産業省のビルの前にたどり着いたときには、体中から汗が噴出し、シャツも体が透き通るほど濡れていた。


息も切れ切れに受付のセキュリティを通り抜けようとした時は、その異様な姿に声を掛けられたぐらいだ。


「藤原さん、大丈夫ですか?珍しいですね、一度着替えられた方がいいですよ」


「すいません。いやー、どうしても間に合わせなければいけない案件があったのですが忘れていまして。あと1時間でその締め切りなんですよ。申し訳ないですが先を急ぎます」


「毎日、朝と夜にしかお見かけしないので今日、外に食事に行かれると聞いた時はごゆっくりと思っていたのですが忘れる案件があるほど、やっぱりお忙しいんですね」


「そういう職を選んでしまいましたので自業自得です。では」


「お疲れを出されないように」


受付の男性に一礼をして藤原の先を急いだ。


カードキーと暗証番号を押し、部署の扉を開き、閉じたのをしっかりと確認すると、すぐに専用エレベータに移り、地下の研究施設へと向かった。


エレベーターの扉が開くと、そこには藤原の想像しない光景が待っていた。


「お兄様を拘束してください」


「ここにいる研究員で藤原の周りを囲め。抵抗するなら麻酔銃を打っても構わん」


(イザベルが生きている)

(そのイザベルが俺を拘束しろと確かに言っている)

(麻酔銃を打たれるほどのことを俺はしたのだろうか)

(これは夢なのか)

(そうか、夢だから俺は外出していたのか)

(いや、違う)

(久々にあの店のチキンカレーを食べたくなったから確かに外には出たし、自分の身体も汗くさい感覚はある)

(そう考えると拘束される前にまず着替えたくなってきた)

(いや待て待て、今この状況でそんなことを考えている場合ではない)


「渡部さん、何がどうなっているのかは理解できませんが一つだけよろしいですか」


「この状況でまだ理解できないのか。その一つとは何だ」


「イザベルが危ないということで急いで飛んできましたので、この通りなんですよ。せめてシャワーを着替えたいのですが」


「確かにそのようだな」


「安心してはなりません。お兄様はあの綺麗な人と通信をされていました」


「なるほど、今の状況を作り出したのはイザベルなんですね」


「そうだ。お前がリャンミオとかいうハオの側近と通信していたということをイザベルから聞いたので組織内の記録を調べると確かにあった」


「確かに連絡がありましたよ。休暇が取れたので日本を案内して欲しいと。それで渡部さんにもご相談したいことがあり、休憩が終わった後にお話させていただこうと思っていましたが」


「やはり、リャンミオと親密な関係にあることを認めるのだな」


「何か誤解されていませんか。親密な関係になるならムーブなんかで通信しないはずですが。いくら私でも自分専用のタブホ(タブレットホーン)は持っていますからね」


「言われてみれば、そうだな。わざわざ組織内の記録に残るようにしたとも思えなくもないが、それならこういう場合ではないな」


「タブホの記録も調べてもらってかまいませんよ。掛かってきている相手は限られていますから」


「念のために調べてみる」


「しかし、どうやって私がリャンミオさんと通信したのを分かったんだ、イザベル」


「それは教えられません」


その瞳の先がムーブを一瞬掠めた。


それに気付いた藤原。


「イザベルお前まさか。俺専用に最適化して渡してくれたこのムーブか」


「あれはお兄様の怪しい動きが無いか分かるように最適化したものです」


「イ、イザベル」


「しかし、やはりあの綺麗な人が引っかかってきましたね。あの時からおかしいと思っていたのです」


「その、よくは分からないが、とりあえずシャワーを浴びてきてもいいか」


「藤原君、行きたまえ。どうやら、私もイザベルの言動により誤解をしてしまったようだ」


「ありがとうございます」


「それから、先ほどの相談の件、事を急ぐ話なのか」


「はい、出来れば、着替えたあと二人だけでお話がしたいと思っています」


「やはり、あの方と何かあるのですね。わたくしを入れずに、男性二人だけで密談ですか」


「イザベル、それからこのムーブは自分で最適化しなおす。お前に頼むと俺の命が持たないような気がしてきた」


「わたくしに隠さないといけないような事をされるということですね」


「そういうわけじゃないが、これは行き過ぎだぞ。血の繋がりがないとしても俺はお前の兄代わりに代わりはない。兄弟の間でも共有しない時間というものがあるんだ」


藤原には珍しく強い口調でイザベルを諭すように話した。


「それが大人になるということなのですか。分かりました。わたくしも少し大人というものを勉強します」


ブラコンの次にイザベルが大人の勉強するとどうなってゆくのか藤原は怖くなった。


「イザベル。そういうことじゃないんだ。これからも俺のムーブはお前に最適化してもらうし、隠し事もしないから許してくれ」


自分で口に出した言葉の意味を理解したいとは思わなかったがイザベルの機嫌を取る最良の選択をしたのだと藤原は自分に言い聞かせた。


渡部と藤原が二人で話をしている間にイザベルはスミスの力を借りて、経済産業省のセキュリティを抜け、外へと出て行った。


出入り口の受付の前を通り抜ける。


「いつもご苦労様です」


「スミスさん、お疲れ様です。これはまた大きなお荷物を運ばれてますね」


「ここの上の人の扱いの荒さには困ったものです」


「お手伝いしましょうか?」


「僕以外の人間が触れてはいけないことになっていますので」


「なるほど、それでですね。セキュリティのトップのあなたが運ばれているものなので相当重要なもののようですね」


「そのようです。ここ最近、日本でもテロの恐れがあると聞いていますので、出入り口の警備の方、気を抜かないで下さい」


「この出入り口と裏の通用口のどちらも警備の方は強化していますのでご安心ください」


「その話は私も聞いています。私の指示をすぐに行動に移して頂いた様で、この受付の責任者としても、現場の責任者としても、頼りにしています」


「あなたの明確な指示があってのものですから、私も自分も仕事をやりぬく所存です」


「ここは軍ではありませんし、一般人ですよ、ミスタークサカベ」


「ついつい。ではお気をつけて」


人通りのない少し細い通りに差し掛かったところで、スミスは鞄の中身を開いた。


「本当によろしかったのですか、イザベルさま」


「いいんです。お兄様ばかり外の空気を吸っていらっしゃるのはズルイですので」


「外の空気というか徹夜されていない日は毎日出勤と帰宅でこの建物からは出られていると思いますが。まあこの先のホテルとの往復のみのようですが」


「それに比べ、わたくしはどうして自由に外へ出てはいけないのでしょうか。どこかの国に派遣されるときもいつもこのような形で人というよりも荷物のような扱いを受けております」


「それはご本人も理解していただけていると思うのですが」


「重要機密ですね。重要機密なのにあの受付を通り抜ける時だけは」


「受付でばれることはありませんし、クサカベも分かっていてあの対応をしているのです」


「それはわたくしも知っております。それよりもチキンカレーというものを食べに行きましょう」


「藤原さんの行かれたお店のことでしょうか?」


「今日はそこにします。あの二人が話し合いをしているタイミングで出かける許可を頂きましたので」


「分かりました。前方と後方の警備にも伝えますのでお待ちください」


「すいません。スミスさん、よろしくお願いします」


スミスが各方面に指示を出している間、イザベルはどこかから視線を感じていた。


「ということでよろしく」


指示を終えたスミスがイザベルに声を掛けた。


「お待たせしました。警護の指示は終わりましたのでカレーの店までのルートは確保できました」


「それはいいのですが今私が感じている視線の先には何があるのでしょうか」


何の疑問も持たずに、イザベルが問いかけた質問にスミスは理解できなかった。


「どの方角のことでしょうか」


「この辺りの方角になります」


イザベルが指差す方角は高層マンションのベランダだった。


「しまった。イザベルさま、急いでください」


「命を狙っていたのなら、私はもう打たれています。そういう視線ではありませんでした」


「不思議なことを言われますが、そのようですね」


「しかし、いつでも打てるというような威嚇的なものは感じました」


「なるほど。ひょっとすると、今お二人が話されていることとも関連があるのかもしれませんね」


「リャンミオさんが関係しているのかもしれませんね」


「相手は中国ですか」


「そのように思いますが、中国だけとは限りませんので」


「この1ヶ月は怪しいと思われるものの捕獲は出来ましたが多国籍でしたからね。どの国がイザベルさまを狙っているのか分かりませんがどの国も狙っていると考えたほうが正しいと言うべきですね」


「でも、チキンカレーは食べに行きたいのです」


「出前の取れない店でしたから、仕方ありませんが、今日の威嚇といい、これから先の外出は当分お控えください」


「分かりました。自分を守るために警護の人たちの命を失うという事があってはいけませんので」


「それではこちらの車にお乗りください」


「分かりました」









その頃、渡部と藤原の二人は話し合いをしていた。


「中国が動いてきたか」


渡部は神妙な面持ちをしている。


「しかし、中国はDH開発はしていません。それはリャンミオ自身の口からも聞きました」


「それなら、何故、来日した」


「本当に旅行に来た。ということはなさそうです。今回の旅行の日程は無期限だと聞きましたので」


「しかし、何が狙いなのか。やはり、イザベルか」


「そう思います。イザベルのことで少しばかり脅されました」


「それでリャンミオと帯同したいと」


「ここは相手の出方と目的を正確に把握するためにもそれ以外方法が無いと思いますので」


「しかし」


「しかしですよね」


「そこだ」


「そこですよね」


「イザベルの方はどう対応すればいいのか、私には分からん」


「そこは全く同じです」


「といって、ここ最近の動きを見ると中国に限らず、他国からも狙われているようだ。スミスからの報告が上がっている」


「警護とはいっても、イザベルを連れての旅行というのは現状では危険だな」


「不可能ですね。一国とは限りませんからね」


「そうだな」


「それよりも今日のイザベルの外出、本当に大丈夫なんでしょうか?」


「スミスが付いているから、大丈夫だ」


「何かなければいいんですが」


「何か気になることがあるのか」


「中国よりもやはりあの国が」


「ドイツか」


「はい。あの国は新人類の誕生が無くても、独自に優秀な遺伝子の試験管ベイビーを秘密裏に誕生させていた国ですからね。未だに誕生させた人数はどの国も把握できていません。もともとはこの組織にも属していなかった国ですしね。公表されていない謎の部分が多すぎます」


「イザベルの派遣も依頼されなかった唯一の国だからなあ。新人類が誕生していてもおかしくはないと私は思っている」


「いや、確実に誕生しているでしょうね」


「それならDHシステムなどすでに開発していてもよさそうだが」


「そのまさかさえ、ありそうですね」


「足りないピースはイザベルか」


「新人類の誕生があっても、イザベルやWQと同等クラスとは限りませんからね。意外と、日本と同じ理由で行き詰っているとも限りません」


「なるほどな」


「そう考えるとスミスさんに連絡してイザベルをなるべく早く帰ってこさせるようにします。今回の場合、直接は言いにくいので」


「そうだな。私からスミスに連絡を取ることにしよう」


「お前はリャンミオの件、良い案がないか、明日までにもう一晩考えてみてくれ。休暇の願いはいつでも許可するがまだ何か方法があるかもしれん。私も考えてみることにしよう」


「わかりました。それではそういうことでよろしくお願いします」


藤原の目の前で急ぎ渡部がスミスに連絡を入れている。


「スミスか。今話し合いは終わった。それより、イザベルの方は変わりないか」


「はい、変わりありません。今カレー店に到着しました」


「食べさせたらなるべく早めにここに連れ帰るようにしてくれ」


「分かりました。そのように対処します」


「よろしく頼む」


「ということだ、藤原君。君も身辺の警護はつけているが今後はさらに気を付けるようにしてくれ。私はここを住まいにしているから安心だがな」


「そうですね。では今日はまだ人波のあるうちに自分もホテルへ帰ります。どの道同じだとは思いますが」


「しかし、これから少し考えなければいけないな」


「日本の組織強化をですね」


「同じ組織内での争いは好きではないが巻き込まれる側としては見て見ぬ振りは出来ない」


「システム外干渉は何が起こるか分かりませんしね」


二人とも話しは尽きないようだったが渡部がその糸を切った。


「今日はこの辺りで終わろう。この先も変わらない問題だ」


「そうですね。それでは今度こそ、失礼します」


「気をつけてな」


「はい」


2人が今後の問題について話をしている間に思いもよらない形で事件は起こっていた。


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