第3章
スーパーの明かりを背負い外に向かって、歩をすすめた。
お決まりの11文字が背後に追いつき、すみやかに追い越していく。
それに目をやるように顔をあげれば、外灯の光がちらほら目に入る。
外気は、先ほどよりも冷たくなりはてていた。
ふと彼女のぬくもりを思い出して、顔の筋肉がゆるむ。
ああ。自分今、変態にみえるんだろうなあ。そう思いながらも、いつまでたっても引き締めようとは思わなかった。
彼女とは、あれからすぐに別れた。
どちらも、その緩い空気にひたっているのが気まずくて、出直すことにしたのだった。
別れ際に「早く家、帰りなよ」との言葉を頂いたが。
それさえも、彼女の気持ちの塊のようで、照れくさかった。
そんな気持ちのままにスーパーを訪れたからだろうか。それともこの時期特有の空気のなせる技なのか、はたまた気温にかこつけたスーパーの陰謀なのか。焼きたてのサツマイモを買ってしまった。
熱いそれをバトンタッチさながらに、手で何度も持ちかえながら、なんともなしに公園に辿りついていた。
なぜだ。自分の足が不思議でならなかったが、よく考えたら、熱々のサツマイモは寒い外で食べるからこそおいしいのではないか、とそこまで思考が追いついたと同時に自分の足を褒めたたえた。でかした。
軽くボケ倒しておきながら、座る場所を探す。さすがに寒い夜だからか、公園はがらんどうとしている。
ベンチが二つあったが、なんともなしに暖色系のベンチに腰を落ちつけた。
サツマイモはおいしかった。あったかくて。
ちいさく鼻がなる。吐き出した息は、真っ白だ。追いかけると、時計が見えた。
もうこんな時間か、早く帰って、カレー、作らなくちゃ。
そう思って立とうとすると、ズボンのポケットの辺りで皮膚を強く押す感覚を感じた。
不思議に思って取りだしたのは、携帯だった。
あれ、いついれたんだろ。
取りだしたままの勢いで、開こうと親指に力をこめる。
ぴとり。
「っ!」
さあっと自分の血の気が瞬く間に引いていく。
自分に危害をなすものから早く逃げたい一心で、勢いよくたち上がった。
喉がはりついて、声がうまく出なかった。心拍数を跳ね上げながら、なにかを視界におさめた。
あっ。ああ。…はあー。
「おーまーえーかーよー」
思わず、ふしだらな声になっても、口調が乱暴になっても許してもらいたい。
それくらい私の心臓は衝撃をうけたということなのだ。死ぬかと思った。というかおまえが死ね。
「…そんないい反応してくれるとは…、俺もまだまだ捨てたもんじゃないってね」
誰か、早めに捨ててくれ。
そんな茶目っけたっぷりの彼は、まあなんというか、私の彼氏だ。
茶目っけの部分が皮肉だとわからないならまだまだだぞ。なんちゃって。
「なあなー、なんで無言なんだよー。無反応って一番たちわりいんだかんな」
続いて、ブロウクンハートだぜとの声が聞こえたが、華麗にスルーしてやった。わたしを驚かした罪は重い。
そこまで思案してから、ちゃっかりと話を聞いてやってる自分に呆れた。
「しかたない。許してやろう」
顔を引き締めつつ、そうOKの合図を出してやった。
ははーといい、やわらかく腰を折っているが、だらしない口元が見えている。
「こんな時間に外にいるなんてどうしたの?」
当然の疑問だろう。まあ、私にも言えることだが。
「なんか。おいしそうな匂いに誘われてさ」
おまえは犬か。どう考えても、誰も信じないだろうことを真顔で言いきった。
「…飢えてるね。これから夕飯にするんだけどさ、食べてく?」
スーパーの袋をがさりと揺らす。意味なくブラブラと音を響かせていると、ゆっくりと返答が返ってきた。
どこにでもあるような袋は真っ白で、雪を思い起こさせる。
この芯まで凍みるような季節だからこその、考えだろう。だって、夏にはそんなことひとかけらも発起させなかった。自分の思考の安直さに、いや素直さに笑えた。
「ん。いいや」
うん。大丈夫。確認するようにもう一度つぶやいて、私の誘いを一刀両断した。いっそすがすがしいまでの断りぶりだ。
その明快さに、見えない彼の顔に、言い知れぬ思いが胸をつきあげた。
よっこいせと腰を浮かせかけた彼に、とっさに言葉が口から漏れだしていた。私の意志よりも早く、息をするように、心臓を動かすように、それは私の意志下にない私だった。
こんな自分は知らない。制御できない私など、自分ではないのに。
「好きよ」
彼を思う自分は、私だけであってほしいのよ。いくら私だってこれだけは譲れない。
そんな、そんなバカなことをどこかで考えていた。