第2章
あなたはカレーが
食べたくなーる。
その場で奥さんとは別れた。
あまり寝てばっかりじゃダメよ、との忠告を最後に奥さんは家の中へと消えていった。
後ろ姿を見送りながら、今日の献立が完成する。
今日はカレーだ。よし、決めた。
それにしても、カレーってうつるよなあと考えながら、近所のスーパーへと足を向けた。
空は、遠くに紅のなごりを少々残すくらいまで、すすんでいる。
その紅を追うように、早めに足を運んだ。
冷たい風が頬をなでる。一歩歩くごとに身体が軽くなるようで、人々の雑踏を軽快にすり抜けていく。
スーパーの明かりがすぐ目の前にせまっていた。
もうちょっとだ。
そう思って、さらに足早に地面をけった。
「あ」
とすん。
目の前が黒一色にそまる。
強かに擦った鼻が、痛みと若干の熱を感じとる。
寒さで麻痺していた分、痛みが遅れてじんわりとひろがっていく。痛い。
だがそれよりも、自分がこうなのだから、相手にも相当な衝撃を与えてしまったはずだ。
反射的に言葉が口からもれた。
「すいません。前見てなくて…」
…じゃあ、どこをみてたんだよ、と切り返したくなる。これじゃあ、さびしい一人突っ込みだ。
しかも心の中でだけの開催…寂しすぎる。
でも、自分はたしかに前をむいていたはずなのに、おかしいなあ等々、考えつつ相手の返答をまった。
「いった、あ。…あ。なつかしー。久々じゃん」
私の中で、まだ寝ぼけているんだと解答がでたところで、相手側も状況を理解したようだ。
って、ん?
久しぶり?
ゆっくりと顔をあげる。
スーパーの明かりを後ろに、影を濃くさせた中学の頃の親友が立っていた。
一瞬記憶の片隅でセーラー服の裾がひるがえった。
「わ、わ、わ。わあ!」
「会ってそうそう突っ込みはいれたくないわ」
彼女はそう言ったが、しっかりと私の頭に衝撃がはしった。
しばらく会えていなかったが、彼女との空気はそのままそこにあった。詰まっていた息が、そっと抜けていく。
その雰囲気を楽しみながら、中学校時代に思いをはせようとするが、そういえば、の5文字に現実に引き戻された。
「どこに行くのよ。フラフラしちゃって」
それに続いて、ゆっくりと息が吐きだされた。
「私そんなにふらついてた?自分では、まっすぐスーパーに向かってるつもりだったんだけどなあ」
と若干の笑いをふくませてから、寝起きなのよと教えてあげた。
「…そりゃあもう。そのまま電柱にでもぶつかってくれないかしらってくらい」
どんだけ酷いんだ。自分。そして、あんたもな。
知らぬうちに、黒くなった彼女に拍手をおくりたい。これが、人類の進化というものか。
今日私はひとつ賢くなった。
そんなことより。
「はあ。なつかしい。また、みんなで会いたいね!」
彼女にあったからだろうか。自分の中でふつふつと、その気持ちがふくらんでいく。
炭酸水のように浮かんでは、はじけ、浮かんでは、はじけ。
じわりと体温があがったのを感じた。
そんな思いが表情に出ていたのだろうか、彼女のまっとた空気もやわらかくなる。
ふわり。
そっと視界に前髪がかぶる。
それと同時に頭に温かみが伝わった。
わしわしと髪と髪の間をくぐりぬけ、強くなでられている。
それを実感したとたん、目の前が赤くそまる思いがした。
じんわり。じんわり。
「…って!私はあんたのかーちゃんか!」
…するどい突っ込みは健在でなによりです。それにしても、痛い。
あえて私は、なにも言わなかった。
見なくたって、彼女の頬が赤いことがわかるくらいには、私もあなたのこと心配してたのよ。
それもわかってるんだろうけど。
ネギ入りカレーなんて
どうですか?