第1章
最後まで読んでくださると、
話がつながると思います。
お付き合いください。
ピー、ピ、ピ、ピッ、ピ、ピ、ピ
くるり。
とろり。
ハッとした。
その一瞬のうちに、飛散していたあらゆるデータが頭へ飛びこんでくる。
ああ。自分は、また眠ってしまっていたのか。
小さく口をあけ、顔をゆがませながら、大きく息を吸いこむ。
冷たい空気が肺に入りこむと同時に、唇がかさついた。
リップを買わないといけないなあと考えながら、たちあがる。
あれ、でも買い置きしていたような。確か、いくつかの化粧品用のポーチの中にあったはず。などと、寝ぼけ頭で思考するが、頭の中が霞みがかったようで、結論はでなかった。
まあいいか、とリップ議論を頭から締め出した。
寝起きの頭で考えることほど、意味をなさないものはない。
ふと、フローリングから続く窓に視線をうつすと、紅く染まっていた。
いかにも温かそうだと思うと同じくして、腹がなった。
…どうやら、自分は花より団子派らしい。そんな情緒がない女だとは、まあもとから知っていたが。
どこかで犬がないている。大型犬なのだろう、この声は重く深みのある声に聞こえた。
しばらくすると、今度は打って変わって軽いテンポのよい鳴き声が耳にはいった。
親犬が子犬を呼んでいるのだろう。きっと犬たちもご飯の時間なのだ、と軽く想像する。
なぜだかほほえましくなって、口笛を響かせながら、さっと髪を整える。清閑さを含んだ空気ののなかに、ぽっかりと風の渦からうまれた音が、昇沈する。
その間にも、冷えを包み込んだ空気が足にまとわりついてくるが、この部屋には暖房器具がないので暖をとる手段がないのだ。
しかたない。そのかわりと言っては何だが、自分もご飯にありつくとしよう。
氷のようなドアノブを、そっと掴んだ。
家を出ると、隣りの奥さんが、目に飛び込んでくる。
小脇には、スーパーの袋をぶら下げていた。ネギが袋から顔を出していて、愉快でコミカルだ。
「奥さん、こんにち…あ、もうこんばんはですか」
とっさにさっき見た夕焼けを思い出して、言葉を回収したが、もうあまり意味をなしていない。
「まあ。そうね。もう、こんばんは、だわ」
ふふっと笑う気配がした。少しだけ、頬の熱が上昇したように感じた。
「あいかわらずね」
そんな言葉に何と返していいか思い浮かばず、そっと笑みをうかべる。
あいかわらず、か。
「この頃は、ずっと寒いですねえ。奥さん身体大丈夫ですか?」
「ええ。そりゃあ、もちろんよ。今だって、夕飯の買い込みに行ってきたくらいなんだから」
その言葉に妙に納得した。そう言うのなら、きっと大丈夫なんだろう。
私なんかよりもきっと。それに年上の方をあまり心配しすぎるのも失礼というものだ。
「わたしはこれから買いにいくところなんです」
入れ違いでしたね。ざんねんです。と続けると、スーパーの袋ががさりと音をたてた。
「そうね。ほんとうに」
本当に物悲しく聞こえたので、すこしあわてた。
つきり。どこかが鈍く痛む。
「でも、またこんど一緒に行きましょう!…あそういえば、今日のご飯はなんなんですか?」
一通りネギを使う料理を検索したが、どれも薬味として使うものばかりでこれといったものがあがらなかった。
わくわくしながら、返答を待つ。奥さんが口をひらいた。
「今日はカレーよ」
頭の中の料理たちが音をたてて崩れていった。
ありがとう
ございました。