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逆鱗は存在しない

袋小路に迷い込んだ先、龍の子がいた。


雨どいから落ちる水を、ちょびちょびと舐めている。

私には気づかない。


鱗は夕暮れの陽を受け、橙色に光っていた。


何とも愛らしい。

悪戯心をくすぐられた。


そっと近づき、指先で龍の背をなぞる。


ごつごつとして、小さな鎧のようだ。


そのとき、ふいに目が合った。


瞳の奥に、紅蓮の火種が宿る。


私は頼みの小刀を取り落とし、ハッと我に返った。


「人間風情が、我に触れるとは……いい度胸だなぁ」


「ほ、ほんの出来心で!  後生ですから!」


私は即座に膝をつき、黒土に額を摺り付ける。


平伏するより他にない。


空気が朱に染まり、あたりに熱が満ちた。


気づけば、私の周囲は炎の肉膜に包まれている。


呼吸ひとつ、焼けつく。


胸中に、龍神の姿が浮かんだ。


巨大で、荘厳で、怒りに満ちている。


「神の甘露呑みを邪魔するとはな。

貴様の国を干上がらせることなど、我の機嫌一つよ」


「申し訳ありません! ……『逆鱗』に触れて、あの者たちを巻き込めるかと、そんな虫のいい妄念が……」


私は追われていた。


些細な行き違いから人を殺め、街から街へ。


名も捨て、顔も偽って。


初手で国境を封じられた時点で、勝負は決していたのだ。


私は嘘をついた。


龍を触ったのは、気の迷いでしかない。


「ゲキリン? そんな法螺話を信じていたのか?」


龍は、あっけにとられたような顔をした。


少なくとも、私にはそう見えた。


「――喝」


厳かなる声が降りる。


その瞬間、激痛が眼窩を突き抜けた。


視界が灼け、裂け、反転する。


そして目を開けた時――


そこは、桜が舞い散る雪国だった。


理解を超えた現実が、目の前にある。


「お前は仮死とした。人間の手伝いなどしたくない」


十二歳ほどだろうか。


艶やかな浴衣を着た仙女が、旨そうに桃をしゃくしゃくと頬張っている。


長い銀の髪は絹のように艶やかで光沢があり、

紅い唇は細く瑞々しい。


「どうせ極刑なのだろう? お前」


私は口を開きかけたが、返す言葉がなかった。


正解がどこにも見つからない。


「なら、我の手伝いをしろ」


仙女はくるりと踵を返し、雪の中に立つ。


「東の湖に妖が住み着いた。

一番上等な甘露が我に届かない。


そやつを追い払ってこい。


果たせば、助けてやらんでもない」


鳶色の瞳に吸い込まれる。


知らず、私は首を縦に振っていた。

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