時の番人は商売上手
「はーい、いらっしゃいませー」
古びた雑居ビルの扉を開けると、明るい声に出迎えられた。
目の前の娘はサイドテールの猫耳で、しきりに手をすり合わせている。
ウェーブのかかった金髪が美しい。
尻尾をパタパタさせながら、すり寄ってきた。
「地球時間で8万と3千年ぶりぐらい?
お客さん、安くしておきますよ。何をお求めです?」
瞳の奥で各国通貨がクルクル回る。
希少なサファイアとトパーズのオッドアイが、台無しと言えば台無しであろう。
猫娘の向こうには、大小さまざまな置時計が暗赤色の煉瓦に掛けられていた。
その中に、ひと際目を引くアンティークがある。
私は視線を奪われた。
「お眼が高い!
それはもう飛び切りの際物。遥か彼方の未来をお約束します!
そうですねぇ~。3回目の宇宙は堅いかなぁ~って感じで、はい」
片眼鏡の彼女は、すでに算盤を弾き始めている。
商談の成立は規定事項らしい。
慌てて止めに入った。
「済まない。過去に行きたいんだ。やっぱり駄目なのかい?」
「ダメって……。重罪ですよ? お客さん……」
せわしなく動いていた彼女の手が止まる。
しん、とした静寂が店内を支配した。
よく見れば、天井と壁は煤け、ひび割れている。
「まぁ、歴史の改ざんは出来ないんですけどね。成功例がただの一つもないから」
「どういうことだい、お嬢さん?」
身体が強張る。
息が、一瞬止まった。
頭を鈍重な金槌で強打されたようだった。
「時の遡行は未来跳躍の何百倍ものエネルギーが要ります。
過去に行くって、ただその時代に立つって意味じゃないんですよ?
時間ってのは、ものすごく精密に編まれたタペストリーみたいなものでして――」
機関銃のように彼女は捲し立てる。
周囲の時計が一斉に鐘を鳴らした。
私はただ、聞き入るしかない。
「未来に跳ぶのは、まだ“余白”があるから許されるんです。
でも過去はもう“書かれた本”でしょ?
それを開いて、中身を書き換えようなんてしたら……ほら、ページが破れる。戻せなくなる」
時計の針がすべて左向きに回転を始めた。
唸りを挙げている。
理解が追いつかない。
「実際、昔ね、いたんですよ。
大切な人を失って、過去に戻って助けようとした子が。
時空の構造が悲鳴を上げて……その子ごと、時間軸がまるっと削除されちゃった」
いつの間にか、煉瓦は消えていた。
私は宇宙に放り出される。
稲光が空間を包み込んだ。
「お客さん、それでも過去に行きたいですか?
“今”も“未来”も、全部賭けて?」
額にピストルが突きつけられる。
あまりにも明瞭な、最後通牒。
「やめとくよ。お嬢さんを悲しませたくない」
振り絞るように出た答えだった。
時の番人が目を丸くする。
気づけば、古時計の群れに囲まれた優しい空間へ戻っていた。
「ま、私も機械的な前向き思考は大嫌いですから。
今日はなかった事にして差し上げます」
頬を上気させた猫の少女。
色こそ違えど、その眼差しには誰かの面影があった。
あの時、あの笑顔を守れなかった――
その後悔に、また似た光が差し込む。
「商談は不成立です……。ですが、これをお持ちください」
背を向けた私に、手作りの人形が差し出された。
それは遥か古代の東国で――
『福を招く猫』
として愛された人形だった。




