9.新たな友人
ゲームを始めて三日が経った。
クエスト受領からクリアまでの流れにも慣れ、メビウスクエストというゲームの世界観も、大まかにだが把握できてきた。いまいちピンと来ていなかったNPCがいないと言うことも。
このゲーム、シナリオに関することが全てテキストベースで進行しているのだ。クエストを受けるとそれに関する情報が一覧から確認することができ、何故このクエストを発行したのか、という背景が、そしてクリアしたらそれによってどう解決がしたのかがテキストになって表示される。
興味のない人は、戦闘にクラフトにと満喫すればいい。興味がある人は、そのテキストを読んで世界観に浸ることができる。モカは試しに、ステーキを作ってほしいというクエストを受けて、そのシナリオを読んでみた。
『我が家の父は、ステーキを焼かせたら右に出るものはいない程の達者であった。それがモンスターの毒を受けて耳が悪くなってしまうと、その実力が思うように発揮できず、幼い弟たちは残念がって仕方がない。落ち込んだ父を見るのも忍びなく、せめて自分が代わりを務められたら、と思うが、なかなか思うようにいかない。どうか、見本となるものを作っていただけないか』
見本となる父の味は、もう確かめることは出来ない。彼は自分なりのステーキを焼こうと模索しているのだろう。父の真似をし続けてきた私にとって、このクエストは共感を覚えるものだった。
肉を集め、スパイスは集めるのに苦労をしたため、露店で買い求めた。調理器具のそろったレンタルスペースを借り、早速肉と向き合っていく。ソースにも拘ってみた。上手に肉を焼くだけがステーキではないと、伝わるだろうか。
「うわー、いい匂い」
完成したそれをインベントリにしまった直後であった。深夜、プライベートな時間に楽しんでもいたこともあって、人がいないタイミングを見計らったつもりだったため、背後から掛けられた声に肩が跳ねる。
「あ、すみません。驚かせちゃいました?」
「いや、大丈夫。ちょっと集中してただけだから」
見た目は少し歳上だろうか、でも、柔らかな印象が歳下のようにも感じられた。
「何かクエストですか? スパイスを多く買っていらしたから、ちょっと気になっていたんです」
「あ、露天の。つけてきたんですか?」
「すみません。食欲には正直なので」
「そのもの言い、逆に好感が持てるね。ステーキを焼いたんだけど、ちょっと作りすぎたみたい。食べていく?」
「ステーキ! こんな時間に、というのが背徳的で、ゲーム様々ですよね。頂きます」
仕舞ったばかりの皿に載ったステーキを一つ取り出し、作業用のテーブルに置いた。どことなく、小学校の家庭科室を思い起こすテーブルだ。レモンを添えたさっぱりとしたソースは、肉から溢れる脂を口の中から洗い流し、次の一切れを迎え入れる準備をしてくれるだろう。
「ライスは?」
「ワインがあります」
「一人で飲むの?」
「グラスは二つ」
自分用に、サイコロステーキを取り出した。
切り分けられた肉を口に運び、味わった後にワインが口に運ばれる。言葉には出さなかったが、その表情から自分の頑張りが報われたことが分かった。これなら、クエストも上手くいくだろう。この手のクエストの場合、出来によって依頼主の反応が変わるのだと受付のカレンに聞いてきたため、若干緊張していたのだ。
「プロか何かです?」
「まぁ、そんなとこ。それより、なんて呼べばいいかな?」
「あ、申し遅れました。ミクといいます。露店を営んでいるのですが、本業は冒険といいますか。このゲームの配信なんかをしていまして」
「攻略動画、みたいなやつ?」
「んー、ちょっと違いますね。ここにはこういう景色があるよ、とか。こんな所にダンジョンがあるよ。と言った情報です。まぁ、見ようによっては攻略でもあるかもしれませんけど」
「へぇ。じゃあ、宝箱がいっぱいあるダンジョンとか、ご存じ?」
「あ、宝箱開けのクエストも受けてます? でしたらオススメがありますよ。『谷間の館』というダンジョンなんですけど――」
曰く、草原エリアと山岳エリアの境にある、大きな谷の底にある館であり、その中には幾つかの部屋があるが、その部屋に入ると存在するのはモンスターか宝箱の二択。
「それがランダムなのか、はたまた何らかのルールがあるのか。未だ謎なんですって。館自体も一人入ると専用の空間に跳ばされるようで、パーティープレイも出来ない。旨味もあるし、好奇心も満たされる。人気の場所です。馬車で二時間かかるのがネックですけどね」
「ミクも行ったの?」
「行きました。モンスターもそこまで強くなくて。間取りの方も投稿してますので、是非配信サイトの動画をご確認ください。『ミクのメビクエ冒険チャンネル』です」
「商売上手ね。じゃあ、私の方も宣伝してしまおうかな。静岡にある熊屋って総菜店、この度お取り寄せを始めました」
「……熊屋って、芸能人御用達の!?」
運よく大御所芸能人の目に止まった事もあっての、今の繁盛である。私自身も交流があって、今では静岡に移住した大御所の家に、出張して調理をするくらいの仲だ。
誇れることではあるのだけど、番組などに商品を提供するくらいで、取材という取材は受けていない。だから当然、その名前は知っていても私の顔までは知らないはずだった。
「まぁ、運よく付き合いを持てたってだけだろうけどね」
「うわー、テレビでもご褒美のお馴染みとなっている熊屋。貴女、その関係者なんですね」
「モカです」
「サインを貰っても?」
「私のサインに価値はないよ。その分、ステーキを味わってね」
「道理で美味しい訳だ」
「本来プライベートな事を言うのはご法度なのだろうけど、私は貴女を信用したわけ。それには応えてね」
「応えます応えます。私は胃袋には正直なので。館の場所は分かります? よかったら、地図と行き方をお教えします」
「分かりづらい場所なの?」
「谷までなら、街道の近くなので馬車でいけます。けれど、谷の降り方は少し迷路のようになっているので、そのルートは知っておくとお得です」
そう言いながら既に彼女はペンを取り出し、紙にそのルートを描いていく。図らずも餌を撒いたような格好になったことには多少、申し訳なく思った。
「どうぞ。それで、もしこのゲームで店を構えるようなことをお考えなら、いい場所をご紹介できますよ」
「まぁ、それは追々、かな。今はちょっと、立て込んでいるし」
「そうですか……」
あからさまに落胆した様子に、思わず笑みが漏れた。自分で言うだけあって、本当に胃袋に正直な人なのだろう。
「ところで、なんだけど。ミクはこのゲームに銃が実装されたらどう思う?」
「銃?」
ポカンと口を開けるミク。クエストをクリアすれば実装される運びとなるため、このゲームを遊んでいる人はどう思っているのか、興味本位で尋ねてみたかったのだ。
それが本当にいいことなのかと。社長の弟と同じように、否定する人もいるのではないか、と。どうせクリアするのなら、求めている声、というものを聞いてみたかった。
「たしかに銃を求める声って多いですよね。遠距離の物理攻撃が弓しかないっていう不満もあって、あまりモンスターに接近したくない、という人には選択肢が少ないようでして」
「あぁ、モンスターが目の前で武器を振るってきたら、怖いもんね」
「ですです。それで距離を取って戦いたいけれど、弓だと集中力が必要だし、魔法はチャージがネック。その中間を求める人が多いんです」
ファンタジーに合わない、という弟の意見とは、別の側面を感じた。社長が必要性を解くのは、その面を見ているからだろう。
「私も、出来れば銃が欲しいですね。景色を見たり、っていうのに重きを置いているので、遠距離からモンスターを排除してのんびり散策。というのが理想です」
「おにぎり食べながらでも、戦闘ができるもんね」
「ですねー。……いやいや、そこまで食欲に貪欲ではありません! ちゃんと、TPOは弁えます、よ?」
「訊かないでよ」
笑いながら、お互いステーキを頬張った。三人目のフレンドは、趣味が合いそうだ。
『父には敵わない、そう思っていたものに光明が見えた気がしました。弟たちはソースが美味いと、ご飯をお代わりしてばかりで。父も美味しそうに食べていました。この味を追求して、多くの人に同じ感動を味わってほしい。そう思わせてくれたあなたに、最大級の感謝を』




