25.砂漠の謎
サラサラとした砂漠の砂は、足が沈み込んで歩きにくい。
モンスターとの戦闘は、高火力の魔法で先手を打つのが効率的で、右手に携えた刀は、専ら砂に埋まった石柱を掘り出すことにしか使っていなかった。
午前中から始めた砂漠の探索は、私を含めてロンドとガイアの三人で始まった。
街道からそれぞれ別の方向に歩き出し、それぞれの姿が丘の陰に消えていって一時間ほど経っただろうか。ようやく目的の石柱が視界に入ったのだ。
「石柱発見。そっちは?」
「えーっと、……あ、ロンドちゃんも発見。石柱ではないけれど、建物の壁の一部かな?」
「こっちはまだ見えないっすねぇ。この方向は外れか?」
私は南西、ロンドは西、ガイアは北西の方へ向かったのだけど、北西方面は森の方へと繋がっているため、直ぐに方向を変えることになるだろう。
「でも、矢印みたいのは見つからなーい。石柱にしか矢印はないのか、果たして……。というか、モカさんお手柄ですよねー。よく街道が街まで続いているって気が付きましたね」
「それ、俺も感心すっよ。ただそういうマップだと思っていたから」
「なんでも疑ってかかりたいお年頃なの」
「嫌な大人ですねー」
カラカラと笑うロンドは、諦めきれずに壁を掘り出すことにしたようだ。通信先から、砂を払うような音が聞こえる。
声だけの通信よりも、こうした環境音のようなものも聴こえてくると、相手の状況を察しやすくてありがたい。
「でもさ、これでヒントになったんじゃない? 魔法を活用すれば、隠された街を発見できるかもしれない」
「あり得そうっすよねぇ。砂漠で土の魔法ってことは、海で海魔法とか」
「ガイアってば安易ぃ。海や海岸で回復魔法を使う状況なんて、幾らでもあるじゃない」
戦闘を避けているような状況の除いて、戦闘中に回復魔法を使わないことなんて……。
「プレイヤーが強くなりすぎて、滅多に回復魔法を使わないなんてことは?」
「まぁ、海の方は難易度が高いといっても、雑魚を相手にすれば使いません。でも、ボス戦は厄介なのもいるから、使う状況は絶対にあります」
それでも何も起こらないのなら、トリガーにはなっていないのか。それとも。
「なら、虐められている亀とかいない?」
「亀っすか? あはは、浦島太郎だ。そんなのが居たら安全地帯で、街は必要ないんじゃないかなぁ。それに、砂浜で亀を虐めるようなテキストはまったく……」
「……ガイア、一つあった。あのクエストだよ」
どうやら、ロンドはピンとくるものがあったらしい。
「……ああっ!? あった、そう言えば変なクエストがあった。海岸で動物が虐められているけれど、どうすればいいのかという質問。助けてあげるべきと回答すると回復アイテムが貰えるクエストだったから、売って泡銭を稼ぐ奴らも多いやつ!」
「そのクエストの回答次第で、プレイヤーが参加できるとしたら」
「俺が行くから待ってろ、みたいな回答をすれば、何かがあるかもしれない!」
その場で完結できる、テキストベースの罠。
「くそぅ。ロンドちゃん。このゲームを少し勘違いしていたのかも」
「結構嫌らしい仕掛けをしているよねぇ。まるで叙述トリック。ゲームのシステムや世界観をミスリードに使ってる」
「じょじゅつ?」
ガイアはこの手の知識はないらしい。
「あーあ、そういうミステリーのドラマに、ロンドちゃんも出てみたいなー。先ずは被害者役をやって、そこからステップアップ!」
「そこから幽霊になって、事件を解決するミステリーの主役に?」
「あ、そういうのもあるなら一気に主役かぁ。まさにシンデレラストーリー」
「幽霊だけに?」
そんな、死後の世界がどうとかという裏設定があるとかないとか。あやふやな情報だけれど、それを知っていて発言しているのなら、ロンドもなかなか侮れないな。
「じゃあ、名探偵を目指すロンドちゃんに、この石柱や壁の謎を解き明かしてもらおうかな」
「謎? 謎なんてあるの?」
刀の切っ先で石柱の砂を払いながら、私はぐるぐると回ってそれを確認する。
描かれている装飾、文様の類は、どこか見覚えのあるものだ。ヒエログリフ、が近いだろうか。その他に、エジプト特有のアートをモチーフにしているのが窺える。
「この文様やら装飾やらって、エジプトの雰囲気が感じられない?」
「あー、それは確かに感じてました。砂漠に来る度にエジプトっぽいなーって」
「ロンドが見ている壁、人は描かれている?」
「うん。エジプトの人物画って、奇妙だよねー」
横向きの脚は開いていて、胴体は正面。だけど腕は横から見たものが描かれていて、顔も横を向いている。
今の時代からすれば奇妙に見えてしまうだろうが、当時の人たちにとっては、それが一番分かりやすいものだったのだろう。
「この特徴的な絵はね。人間だと分かりやすいようにしているの。閉じた脚は脚だと分かりにくい。胴体だって、横向きにしたら腕の位置が分かりにくい。だから、胴体は正面にして、腕というパーツが分かりやすいように横向きにする」
顔にしても、立体感を出すなら横向きのほうが分かりやすい。
「両手を描く時なんかでも、左肩から伸びる手が右手になっていたりするだよ。それは、親指がしっかり見えていたほうが、手として分かりやすいから」
「へぇ。そういう意味があったんですね」
「うわぁ、俺も実物を見ながら解説を受けたかったっす」
そこは、まぁ、諦めてもらおう。
「でも、この絵の中には脚を閉じている人もいますよ?」
「良いところに気が付いたね。立像なんかでよく表れる、脚を閉じている人と脚を開いている人。この二者には明確な違いがある。それは一体何でしょう?」
少しばかりのシンキングタイム。
最初に答えたのはガイアだった。
「強者の証とか? ほら、漫画なんかでは強いボスって、脚を閉じて両手を広げるポーズをとるじゃないっすか」
「そうなの?」
「……あ、つまり外れってことっすね」
いや、当たらずとも遠からずなのだけど、私にその手の知識がないだけなのだ。
「いや、遠くもないよ。それをエジプトの世界観に合わせればいいだけ」
「つまり、ファラオってこと?」
ロンドの解答にはバツをあげよう。
「ではヒント。ファラオはまだ、そちら側ではない。でも、私たちがよく見るファラオは、どうなっているかな?」
「どうなっている? どうって、……ん?」
ガイアはうんうんと唸っているけれど、ロンドはこのヒントでピンときたようだ。
「あ、分かった! ミイラだ。ミイラは脚を閉じている!」
「その通り。つまりは、生者と死者を分けているんだね。その他にも、神様も脚を閉じて描かれている」
その予備知識があると、石柱に描かれた絵から意味を読み取ることが出来るようになる。
「エジプトの生死観は、太陽のように生と死を繰り返すことにある。それを望むために、再び生を受けるためにミイラとして身体を残すのよ。つまり、この二つは矢印となる」
「うわー、うわー! 確かによく見れば、その絵の中で閉じている者と開いている者が隣り合っている絵は殆どない!」
それは石柱や壁の傾きによっても変わるだろう。
要は、脚を開いているものから閉じているものに向けて、矢印は向いている。その二つが隣り合っている絵が、その中にあったのなら……。
「矢印は、そうやって隠されているんだね」
「くーやーしーいー! これ、知識があったら簡単に分かる暗号じゃん! 私も解きたかったー!」
矢印というヒントが、かなり分かりやすいものだった。ここの運営は、優しいのか意地悪なのか。
まぁ、長い道のりを考えれば、謎解きはこれくらいが丁度いいだろうね。




