表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/45

第四十一話 箸墓とはなんだったのか?

 

 さて、本題に入る前に前方後円墳の持つあの特徴的な形状は何を意味しているのか考察してみたいと思います。


 当事者が残した文書が無い以上本当の意味で答えが出ることはないかもしれませんが、成立した過程を考えればある程度仮説を立てることくらいは出来ます。


 前方後円墳の完成形は箸墓です。


 そして――――箸墓は倭迹迹日百襲姫命、つまり卑弥呼の伝承が残っています。その伝承は明らかに天照大神を意識しています。


 天照大神のご神体は鏡です。そして――――卑弥呼といえば鏡。


 私は、前方後円墳とは、鏡(円)+鏡台(方)


 つまり――――巨大な鏡(神器)であると考えます。


 弥生末期〜古墳初頭にかけて、大量の三角縁神獣鏡が各地の首長に配られました。これは単なる贈り物ではなく、大和政権との同盟の証、権威の源泉の共有、祭祀の統一、あなたはこの国家の一員ですという認証です。


 つまり鏡は、国家という物語を共有するための象徴アイテムだったわけです。


 そして――――前方後円墳の広がりは鏡が配られた地域と重なります。


 敷き詰められた白い葺石は太陽光を受けて白く輝き、その周囲を巡る広い周濠は、常に満々と水を湛えていました。纒向の導水施設によって常に清浄な水が供給されていたため、水面は濁ることなく、穏やかな「巨大な手鏡」のように機能しました。晴れた日には、青空と太陽、そして聖なる「三輪山」の姿が周濠の水面に鮮明に映り込みます。これは、地上にある「実体」を水中の「霊界(常世)」へと反転させる鏡の魔術そのものです。


 天(上空)から見た箸墓はまさに巨大な水鏡であったでしょう。


 太陽光を反射する箸墓は、まさに天を照らす――――アマテラスそのものであったのです。


 鏡は単なる光学器具ではありません。


 太陽を映し 太陽光を反射し 太陽の姿を地上に再現します。


 天の力を地上に降ろし、天と地をつなぐ祭祀具でした。


 そして――――鏡は死すら反転させる最強の神器であったのです。


 だからこそ、鏡は天照大神の象徴であり、王権の象徴であり、祭祀の中心であり、国家の象徴だったのです。


 副葬品に鏡を入れるということは、霊力を永続化し死すら反転させ、未来永劫その霊力が生き続けるという強い意志と願いが込められています。


 鏡を墓に入れるのは、単に霊力を永続化するだけではありません。霊力を増幅する、霊力を方向づける、霊力を封じる、霊力を反転させる、つまり、死者の霊をコントロールするための装置でもあります。


 特に、強い怨念、異常な死、呪術的な力を持つ人物、祟りを恐れられた存在、こうした人物の墓には、鏡の“封印”としての役割が強く働いた可能性が高いです。


 このエッセイでは触れませんが、富雄丸山古墳は封印型の巨大墳墓であると考えています。それについてはまた別の機会に。



 さて、鏡と天照大神といえば、天岩戸伝承です。百襲姫=天照大神の原型と考えた時、なぜ大和に天岩戸伝説セットといえるものが用意されているのか明確になります。


 大和には不自然なほど“天岩戸関連地名”が揃っています。


 天岩戸神社、天の香具山、天の安河、天の石屋戸、天の岩椅子、天の八十平瓮など――――


 さらに大和に集中する「鏡」関連の神社・地名もみてください。


 1. 鏡作神社かがみつくりじんじゃ


 奈良県天理市・桜井市に複数存在。祀られているのは 石凝姥命いしこりどめのみこと。この神は、八咫鏡を作った神、天岩戸神話の中心人物です。


 2. 鏡作坐天照御魂神社かがみつくりにますあまてるみたまじんじゃ


 名前からして強烈です。


 鏡作神(石凝姥命)、天照御魂(アマテラスの霊)この二柱がセットで祀られている。


 『古事記』では、天照大神が天岩戸に隠れたとき、神々が「天照大神を誘い出すための神器」を作ります。その中心が 八咫鏡やたのかがみ。そして、その鏡を作ったのが――――


 石凝姥命いしこりどめのみことつまり、太陽神を呼び戻すための神器を作った国家祭祀の技術者神です。


 さらに石凝姥命は天孫降臨の際、ニニギノミコトに随伴した神々の一柱でもあります。これは、鏡の祭祀、太陽神の象徴、王権の正統性が、日向から大和へ移植されたことを意味します。


 つまり、鏡の祭祀体系そのものが、天孫降臨=東遷の象徴だったということです。


 3. 鏡女王かがみのひめ伝承


 後の時代ですが、大和には「鏡王女かがみのおおきみ」という人物が登場します。天武天皇の妃で鏡作氏の娘とされます。鏡作氏は 鏡を作る職能集団 であり、その本拠地は大和にありました。これは鏡の祭祀が大和王権の中枢に組み込まれていたことを示します。



 これらは本来、日向の神話空間に属するものですが、それが大和にそっくり移植されています。もちろんこれは偶然ではなく、日向の祭祀体系を大和に移植し、国家物語を再構築したからです。


 つまり、三世紀、大和は政治や経済の中心となりつつあったが、祭祀の中心は依然として日向にあったということになります。そうでなければわざわざ移植する必要性がありませんよね?


 そして――――卑弥呼の死後行われた第二の東遷とは、国家の根幹をなす神話という物語を日向から大和へ統合するための神域の東遷であったと考えるとしっくりくるのです。


 紀元前一世紀の神武東遷によって、大和は政治と経済の拠点として成長していきました。倭国連合の範囲が東へ広がる中で、それは必要なことでした。


 でも、祭祀の中心である聖地はそう簡単に移動させるわけにはいきませんよね? 現代日本ですら、政治経済の中心地「東京」と祭祀の中心地「伊勢神宮」に分かれているのがその実例です。


 しかし、関東から日向は遠すぎますし、中央集権的な統一国家を作るためには、政治・経済・祭祀が出来るだけ集まっていた方が良いわけです。


 そこで聖地を空間ごと移動させることになった。


 鏡は霊力を封印し、映す(移す)ことが出来ると考えられていました。だからこそ天照大神のご神体は鏡なのです。


 東京に皇居があるように、大和には前代未聞、桁外れ規模の箸墓を建設しました。それほど聖地を動かすというのは、国家の総力を投入しなければならないほどの一大事業であったのです。


 大和王権はこの神域の東遷をもって正統な権威を得て国家として誕生したのだと言えます。


 大和=政治の中心 日向=祭祀の中心


 神話を移植することで「国家物語の中心」を大和に据えたという構造ですね。


 ここまで考えれば、箸墓とはなんだったのかという答えが導き出せます。


 私は、箸墓こそ――――人工的に再現された天岩戸であったと考えます。


 ■箸墓=天岩戸の再現

 ■ 百襲姫=天照大神の現身

 ■ 石凝姥命=八咫鏡を作った神=大和に移植

 ■ 大和=新しい高天原として再構築

 ■ 鏡作神社群=天岩戸神話の技術者神の祭祀拠点


 結論から言えば、


 大和王権の権威は、大和そのものから生まれたのではなく、日向の祭祀体系(太陽神信仰・鏡の祭祀・天孫降臨の物語)を移植することで“付与”されたものです。


 これは、日向の霊性・神聖性・物語が国家の根幹だったという決定的な証拠です。これらはすべて、日向の祭祀体系を大和に物理的に再現した痕跡です。


 つまり箸墓は、日向の霊性を大和に固定し、大和王権に正統性を付与するための巨大祭祀装置だった可能性が高い。


 天岩戸、八咫鏡、天照大神、天孫降臨――――


 これらは本来すべて日向の物語。それを大和に移植することで、


 大和は新しい高天原となり、箸墓は新しい天岩戸となり、大和王権は天照大神の正統な後継者であるという国家物語が成立したのです。


 これは単なる神話ではなく、政治的正統性の構築プロセスです。


 

 ところで、箸墓というのは後世の当て字です。ここでは本来の意味を探ってみましょう。


 古代において「ハシ」は、二つの異なる世界を繋ぐ、あるいは隔てる「境界」を意味する根源的な音です。


 ハシ(橋): 生と死のハシ、現世と常世(死者の国)を繋ぐ場所であり。天と地、天の神(太陽)が地上の依り代(王)へと降りてくるための「天の浮橋あめのうきはし」です。


 ハシ(端): 陸地の「端」、海と山の境界を繋ぐ渚や波打ち際を指します。周濠(水面)を「海」に見立て、墳丘(盛り土)を「山」に見立てる。これは単なるデザインではなく、淡路島や日向といった「海と山が接する聖地」でしか得られなかった霊力を、内陸の大和盆地で再現するための「箱庭的(ジオラマ的)な宇宙の創造」であったと考えられます。


 楚を含む長江流域や南方の文化には、海の中に神々が住む不老不死の山(蓬莱山)があるという強い信仰がありました。満々と水を湛えた周濠は、東方の海を象徴し、水面に浮かぶ巨大な前方後円形の島は、まさに海から突き出した「神の住む山」の再現です。


 「日向神域の移植」という観点で見れば、箸墓は広大な日向の地理を一点に凝縮したものです。イザナギが禊をした「海(阿波岐原)」と、天孫が降臨した「山(高千穂)」を、周濠と墳丘として隣接させたのです。


 そして――――王統のゆりかごである「淡路島」そのものが、海に浮かぶ巨大な山のような島です。箸墓の周濠に水を満たす行為は、ヤマトの中に「小さな淡路島」を造り出す儀式でもあったかもしれません。


 鏡面のような周濠が、巨大な墳丘を映し出すことで、上下が反転した「天上の島」と「地上の島」が重なり合います。これこそが、百襲姫(卑弥呼)が接続しようとした、常世(日向)と現世(大和)の姿ではないでしょうか。


 そして――――当時「ハカ」が現在の「墓(死体を埋める場所)」という意味で一般化していたかは疑わしく、むしろ「はかる」「はかる」という動詞に関連する聖語であったと考えられます。天文・測量技術を駆使し、太陽の運行や三輪山との位置関係を「精密に計測して定められた聖地」を指します。また、古語において「ハカ・ハカし」は「はっきりしている」「明るい」を意味します。つまり「光り輝く場所」としての意味もあったのではないでしょうか。


 水鏡は、夜になれば夜空の星々を完全に反射します。


 墳丘は、上下を星空に挟まれ、まるで「銀河の中を漂う島」のように見えたはずです。楚の屈原が詠んだ『楚辞』の世界観では、魂は天を駆け、星の間を巡ります。夜風が吹き、水面にさざ波が立てば、映り込んだ月や星は揺らめき、溶け合うことで生死の境界が曖昧になるのです。


 太陽アマテラスが表の光なら、ツクヨミは裏の光でした。


 「ツクヨミ」の語源は「月を読む(数える)」、すなわち「こよみ」です。箸墓の周濠(水鏡)は、太陽を反射するだけでなく、夜の月を映し出すための巨大な凹面鏡、つまり「月鏡つきかがみ」でもありました。


 鏡の表面が太陽(陽)を反射するのに対し、文様のある裏面は「陰(月)」を象徴します。夜、微かな月明かりの下で鏡を傾けると、文様の凹凸が地面や壁に不思議な影を落とします(魔鏡現象)。


 百襲姫(卑弥呼)は「日(霊力)」と「月(知性)」を一身に体現していました。昼の慈愛と夜の知略を併せ持つ彼女は、人々にとってまさに「宇宙そのもの」でした。現代においても、天皇が昼の新嘗祭で「食」を感謝し、夜の秘儀(大嘗祭の寝座の儀式など)で「霊」を更新するのは、百襲姫が確立したこの昼夜の統治を忠実に守り続けているからです。


 楚は「天は円く、地は四角い」とする天円地方の思想を高度に発展させました。後円部(円)は、天・太陽・月・霊といった無限と循環を象徴し百襲姫の霊力を天の運行と同期させます。前方部(方)は、地・四方・統治・実務、方形(四角)は安定した大地と、東西南北に広がる倭国の版図を象徴します。前方後円墳という形そのものが、「天の知恵(円)を、地上の統治(方)に降ろす」という、国家デザインの具現化だったのかもしれません。


 そして箸墓の巨大なスケールと精密な方位設定は、観測装置として極めて合理的です。遮るもののない墳丘の頂は、360度のパノラマビューを持つ最高の観測点です。ここで星の南中や月の満ち欠けを計測していたのかもしれません。前方部が指し示す方向が、冬至の日の出や、楚の守護星である火星が沈む方向と一致するように設計されているということも、「天文台」としての機能を示唆します。周濠に星を映し込み、墳丘のハシを照準器として使うことで、天体の動きをミリ単位で「計る(ハカ)」ことも可能なのです。



 伊勢(神宮)、箸墓(古墳)、淡路(伊弉諾神宮)を結ぶラインは、主に北緯34度27分付近を走る「太陽の道」として知られています。このラインをさらに西へ、九州まで延長すると、姫島、宇佐神宮、宗像大社、対馬の「海神わたつみ神社」へと到達します。春分・秋分の日に伊勢神宮から昇った太陽は、同緯度線上にある伊弉諾神宮を通り、九州のさらに西、対馬の「海神わたつみ神社」に沈みます。


 ちなみに、日向の高千穂峰(宮崎県)に関しては、夏至の日の出の光が鹿島神宮(茨城県)から富士山や伊勢神宮を経て高千穂峰へ至る「鹿島〜高千穂レイライン」というのがありますよ。



 さて、箸墓について色々考察してきましたが、次回は同じ天照大神を祀る伊勢神宮との関係についてお話したいと思いますので、どうぞお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ