第三十九話 科学的年代測定の現実と課題
たぶん、今の技術なら、年代なんてすぐわかるのでは? という疑問を持つ方は多いと思います。
今回は少し寄り道をして、そのあたりの現実を皆さまにも共有してもらおうかなって思います。まあ……私も科学的測定法はそこまで詳しくないので参考程度で聞いてくださいね。
まず、一番有名なのは炭素年代測定(放射性炭素年代測定)ですね。これは考古学に革命をもたらした技術といっても過言ではありません。
この手法が一躍有名になったのは、2003年の国立歴史民俗博物館(歴博)の発表「弥生時代の開始は紀元前10世紀ごろ(従来より約500年早い)」です。
炭素年代測定(とくにAMS法)が教科書を書き換えた典型的な成功例であり、世界的に見ても「放射性炭素年代測定が歴史観を根底から変えた」ケースとしてよく挙げられるほどです。
この研究では、弥生早期の土器に付着した炭化物(炊飯の焦げなど)、竪穴住居跡の炭化材、稲作関連の遺物に付着した炭化物などを対象に行われました。
これらは「その時代に実際に燃えたもの」なので、年代測定の信頼性が非常に高いのです。
ですが、この画期的な手法も日本の古代史(特に弥生時代や古墳時代)に当てはめる際には、いくつかの深刻な議論の種や課題が存在します。
1. 「炭素年代」と「実年代」のズレ
炭素年代測定で得られた数値は、そのまま「西暦〇〇年」とは言えません。大気中の炭素14 濃度は一定ではないため、計算上の年代と実際の西暦にはズレが生じます。このズレを補正するために、樹木の年輪などを使って作られた「較正曲線」を使いますが、この曲線が「平坦な部分」に差し掛かると、特定の数十年〜百年の範囲を特定するのが非常に難しくなります。その平坦な部分に該当する魔の時代の一つがまさに弥生時代であり、卑弥呼の時代でもあるのです。
2. 恣意的なサンプル選定
これは炭素年代測定の最大の問題のひとつ。どの炭化物を測るか、どの層から採るか、どの遺物に付着した炭化物を使うか。これらは研究者の判断に依存するため、意図せず(あるいは意図的に)年代が偏る可能性があります。
そうでなくとも混入や後世の炭化物を拾ってしまうリスクも高いのです。
3. 海洋リザーバー効果
海産物を食べていた人の骨は、海水中の古い炭素を取り込むため実年代より古く測定されるという問題があります。弥生時代は沿岸部の食文化が強いため、人骨の年代測定は特に注意が必要となります。
4. 汚染
炭素年代測定は「炭素」を測るため、土壌中の炭素、根の侵入、保存処理液、発掘時の接触、など、あらゆる汚染の影響を受けます。特に、土器に付着した炭化物、竪穴住居の炭化材は、後世の炭素が混入しやすいので注意が必要となります。
5. 「いつ」の炭素を測っているか
盲点になりやすいポイントとして、例えば、大きな建物の柱に使われた木材の「芯」に近い部分を測定すると、その木が「伐採された時」ではなく「成長した時(数百年古い)」の年代が出てしまいます。考古学的には「その遺物がその層に埋まった時」を知りたいのですが、炭素年代が示すのはあくまで「その生物が生命活動を停止した時」です。
6. コストの問題(高価で大量測定が難しい)
現実的にはこれが最大のネックです。特にAMS法は非常に高価で、1サンプル数万円〜十数万円必要です。
そもそも導入コストが数億~十数億、さらに装置を動かすだけで莫大なコストが発生し、維持する(持っているだけ)だけでもとんでもないコストがかかるのです。国内でも数か所しかないのはそれが理由。
しかも、サンプルを入れれば自動で年代を出してくれる、わけでは当然なく、専門技術者による汚染除去、グラファイト化など、前処理だけでも時間と手間がものすごくかかるのです。
これらの問題があっても「弥生500年前倒し」は揺らいでいない理由は、国家予算がついたことによって圧倒的な大量のサンプル結果を取ることが出来たこと、九州・瀬戸内・畿内の複数遺跡で同様の年代が出たことによって一貫性のあるデータとなったからです。
つまり、最低でも数千万以上の研究予算が確保されていて、かつ良質なサンプルが大量に入手できる条件でなければあまり意味がないということになるんですよね。
そして――――卑弥呼の墓と期待される箸墓古墳については、さらに面倒な問題が構造的に存在します。
1. 規制が厳しく、サンプル数が確保できない
これは最大の問題です。宮内庁管理の陵墓参考地のため、発掘不可、地中の遺物採取も不可、墳丘への立ち入りも制限、つまり、年代測定に必要な直接的な試料がほぼ取れない。
だから、周辺の土器・木材・炭化物など間接的な試料に頼らざるを得ない。
これは年代の精度を大きく下げる要因です。
2. プラトー問題(校正曲線の平坦化)
箸墓が推定される年代(3世紀中頃)は、炭素年代測定の校正曲線が平坦になる魔の時代に重なっています。この時期は、100年違っても同じ年代に見える、誤差が極端に大きくなる、どれだけ精密に測っても曖昧な年代しか出ない、つまり、技術的に、箸墓の年代は細かく特定できない時代に位置しています。これは避けようがない技術的な限界です。
3. 目的が政治的で、恣意性・バイアスが入りやすい
これも非常に大きいです。箸墓は、
「卑弥呼の墓か?」
といった政治的・歴史的意味を背負っているため「望ましい年代」が存在します。そのため、科学的なはずの研究が「卑弥呼に近い年代」結果を出すことが目的になってしまう可能性が捨てきれません。
これらの複合的な要素によって、箸墓の年代は科学的に決着しない構造を持っていると言えるのです。
現状のままでは、技術的にも政治的にも、箸墓の年代は永遠に曖昧なまま残る可能性が高いです。
なぜなら、箸墓は「曖昧であることが都合の良い存在」であるからです。
箸墓は宮内庁によって「倭迹迹日百襲姫命大市墓」とされていますが、科学的に年代が確定してしまい、卑弥呼の墓と一致したり、記紀の年代と矛盾したり、別の人物の墓と判明した場合、陵墓管理の根拠が揺らぎます。
学界にとっても、箸墓の年代が完全に確定してしまうと、
邪馬台国論争、記紀の信頼性、大和政権の成立時期、前方後円墳の起源
これらの議論が一気に収束してしまいます。しかし、学界は議論が続くことで研究が進む世界です。だから、箸墓の年代が曖昧であることは、学界にとってもある意味で「貴重な資源」になっているという面があります。
さらに箸墓は、日本国家の起源、天皇家の正統性、記紀の歴史観と密接に関わっています。
もし年代が確定してしまい、記紀と合わない、卑弥呼の墓と一致する、吉備や九州の影響が強すぎるなどの結果が出ると、政治的に扱いが難しくなります。
だから、曖昧であることは、関係者全員にとってある意味で便利な状態、つまり維持された方が都合がいいわけですね。
まあ……私にとってもこの状況は悪くはないかな、と思っています。
箸墓の調査が難しいとなれば、若い研究者は比較的規制が緩く、許可が下りやすい九州などの遺跡調査に乗り出すはず、というかすでになりつつあります。炭素年代測定以外の方法も出てきていますので、それらの研究成果が積み重なれば定説もひっくり返るのではないかと期待しているのです。
炭素年代測定以外で期待できそうなものを紹介しますね。
1. 酸素同位体比年輪年代法
従来の「年輪年代法」や「炭素年代測定」の弱点を克服した、極めて精度の高い画期的な手法です。日本の考古学、特に弥生〜古墳時代の年代決定において、現在「最強の切り札」の一つとされています。
従来の年輪年代法は、同じ地域・同じ樹種でないと比較が難しい、生育環境(日当たり、傾斜など)によって個体差が大きく、パターンが合わないことが多い、木が腐って表面が削れていると、正確な伐採年がわからないという弱点がありましたが、酸素同位体比年輪年代法の強みは、年輪に含まれるセルロース中の「酸素同位体比」を測るため、その年の「降水量や湿度」をダイレクトに反映します。気象変動は広い地域(西日本全域など)で共通するため、樹種を問わず、個体差も少ない非常に安定したデータが得られるのです。
炭素年代測定は、どうしても「〇〇年〜〇〇年の間(確率68%)」といった「幅」が出てしまいますが、酸素同位体比年輪年代法は、標準となるマスタークロノロジー(過去数千年分の標準パターン)と照合することで、「この木は何年に伐採されたか」を1年単位のピンポイントで特定できます。
これほど優秀な手法ですが、もちろん万能ではありません。
当然ながら、年輪が残っている良好な状態の木材(建築部材、木製品、棺など)が見つからないと測定できません。木の一番外側(樹皮のすぐ下)が残っていれば「伐採年」がわかりますが、腐って内側しかない場合は「その年輪が形成された年(=それ以降に伐採された)」という推定にとどまります。1年ごとの年輪を薄く削り出し、化学処理をして測定するため、炭素年代測定よりもさらに非常に手間と費用がかかります。
酸素同位体比年輪年代法は、「誤差数十年の世界」から「1年単位の世界」へ考古学を引き上げた、現在最も信頼性の高い測定法の一つですが、研究者の主観や既存の学説を守ろうとするバイアスの問題は存在します。
酸素同位体比年輪年代法において、最も恣意性が入りやすいのがサンプルの選定です。
遺跡から出土した複数の木材のうち、自分の学説(例:箸墓=卑弥呼の墓説)に合致する年代を示したサンプルのみを強調し、外れた数値を「後世の混入」や「古材の再利用」として排除してしまうリスクがあります。
その木材が築造時のものか、後世の修復時のものか、あるいはもっと古い時代の再利用品か。その判断に「こうあってほしい」という願望が混ざると、科学的な数値が誤った結論を補強する道具になってしまいます。
炭素年代測定や酸素同位体比を実年代に当てはめる際、標準曲線との照合を行いますが、その「当てはめ方」にも幅が生じます。測定データが標準曲線のどの部分に最もフィットするかを計算する際、確率的に複数の可能性が出ることがあります。その中から「従来の考古学編年と矛盾しないもの」を選んでしまうと、それは独立した科学的検証ではなく、結論ありきの補強」になってしまいます。
実際、箸墓古墳に関しては、まさに「邪馬台国畿内説」を補完するために測定結果が使われているという批判が根強くあります。
箸墓のような陵墓参考地は、立ち入りや調査が厳しく制限されています。限られた場所から出た限られたサンプルで「全体」を語ること自体、統計学的な危うさを孕んでいるのです。
「最新の科学手法で判明した」というフレーズは、非常に強い説得力を持ってしまいます。科学的な数値が出されると、それに異論を唱えることが「非科学的」であるかのような風潮が生まれることがあります。しかし、サンプルの出自や測定過程の透明性が確保されていなければ、それは真の意味での科学的検証とは言えません。
科学的データは「一つの物証」に過ぎず、それだけで歴史の全てが決まるわけではありません。「土器の形式」「遺構の構造」「中国の文献史料」そして「科学的年代」の4つが、互いに矛盾なく説明できるかを多角的に検証する姿勢が常に不可欠です。
そして――――実は、日本の考古学が抱える最大のジレンマは、最先端の測定技術でも予算不足でもなく、その「現場の隠蔽構造」にあると言っても過言ではありません。
1. 「埋蔵文化財」という名の時限爆弾
開発業者や工務店にとって、遺跡が見つかることは「歴史的発見」ではなく、「工期遅延」と「追加費用」を意味する悪夢です。
遺物が出れば行政に届け出なければならず、発掘調査が終わるまで工事は全面ストップします。数ヶ月から、大規模なものなら数年遅れることもあります。日本の法律(文化財保護法)では、原因者負担の原則により、民間開発の場合は「発掘費用を事業主が負担する」ケースが非常に多いのです。
億単位のプロジェクトが止まり、数千万円の調査費が上乗せされるとなれば、現場で「これ、見なかったことにしよう」という判断(通称:ネコババならぬ「埋め殺し」)が働くのは、残念ながら構造的な必然とも言えます。
年代測定にコストがかかる以前に、測定に回すべきサンプルそのものが、現場で抹消されているという厳しい状況があるのです。
測定用の炭化材や木材が見つかっても、それを届ければ自分の会社が傾くかもしれない。そのプレッシャーの中で、歴史の真実よりも「目の前の生活や契約」が優先されてしまう。これは、個人のモラルというより、日本の文化財保護制度の欠陥とも言えます。
こうした悲劇を避けるために、現在期待されているのは、工事を止めずに済むような「非破壊」の技術ですが、課題は多いです。
1. 宇宙線ミュオン探査のコストと課題
ピラミッドの内部調査などで一躍有名になった技術ですが、これを日本の古墳、遺跡に導入するには高いハードルがあります。
ミュオンを捉える「検出器」は、高精度のセンサーと電子回路の塊です。特注品となることが多く、設置・運用だけで数千万〜数億円単位のプロジェクトになります。また、ミュオンは空から降り注ぐ微弱な粒子を「蓄積」して視覚化します。厚い墳丘を透視するには、数ヶ月から1年以上、装置を現場に置き続ける必要があります。その間の維持管理費や警備費も莫大です。
現在、この調査ができるのは名古屋大学や高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの限られたチームのみです。彼らのリソースもまた、「話題性の高い箸墓」や「エジプトのピラミッド」に優先的に振り分けられてしまいます。
2. 古地磁気強度測定のコストと課題
土器や焼土が焼成された瞬間の「地球の磁場」を記録として読み取る手法です。超伝導量子干渉計(SQUID)などの非常に高価で精密な磁力計が必要です。これも維持費を含め、大学の専門研究室レベルの設備を要します。最大のコスト(手間)は、「動いていない土」をそのまま切り取ってこなければならない点です。工事現場で転がっている土器の破片ではダメで、炉跡や住居跡など、その場所に固定された状態で焼かれた土を、方位を正確に記録しながら特殊な方法で抜き出す高度な技術が必要です。
また「この強度は〇〇年前」と判定するための標準データ(基準線)が、まだ日本では完全に整備されていません。この「物差しを作るための基礎研究」に予算が付きにくいのが現状です。
最後に「日本の土」と「世界の土」の決定的な違いに触れておこうかと思います。
日本の年代測定や遺物保存が難しいのは、「気候風土」が最悪と言ってもいい条件だからです。
●強酸性の土壌
日本の土は火山灰由来で酸性が強く、骨や有機物がすぐに溶けてしまいます。海外(中近東の乾燥地帯や欧州の石灰岩地帯)では数千年前の骨がそのまま残りますが、日本では「骨がない=直接測定できるサンプルがない」という事態が頻発します。高温多湿で微生物の活動が活発なため、木材のセルロースが分解されやすく、炭素年代測定に耐えうる「質の良いサンプル」が残りにくいのです。
とまあ……駆け足で見てきましたが、有用な技術があっても様々な理由で、現状は限られた「点」にしか運用出来ていないのが現実です。
とはいえ、課題は明確なので、個人的には時間の問題なのかな、と思っています。それまで生きていられるかは別問題ですが。
それでも――――こうしている間にも貴重な遺物・遺構が破壊されているというのは本当に悲しく辛いですよね。
願わくば、持ち運び可能な「ポータブル・ミュオン検出器」や、スマホ程度の機器でその場の磁気から年代を即座に推定できる技術が、安価に(数万円程度で)全工事現場に配備されるような未来が一日も早く到来しますように。




