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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第三十話 魏志倭人伝最大のミステリー


 238年、卑弥呼(百襲姫)は、魏に朝献し親魏倭王と金印紫綬を受けます。実はこれこそが魏志倭人伝における最大のミステリーなのですが、日本では邪馬台国探しが主眼となってしまい、さらっと流されることが多いんですよね。


 なぜミステリーなのか一緒に見て行きましょう。


 1. 親王・三公クラスの金印紫綬


 魏の国内において「金印」に「紫色の紐(紫綬)」を付けることが許されていたのは、皇帝の親族である親王や、政治のトップである三公(太尉・司徒・司空)といった、国家の最高幹部層に限られていました。卑弥呼にこれが与えられたことは、彼女を「魏の皇族や最高位の臣下に匹敵する存在」として扱ったことを意味します。


 ちなみに、なぜ親魏倭王の金印が見つからないのかというミステリーもありますが、こちらに関しては実はミステリーでもなんでもなく、印綬は更新される際返却するのが儀礼となっているからです。返却された金印が溶かされて新たな印綬へと生まれ変わるわけですね。志賀島の金印は紛失したから奇跡的に残ったわけで、実際、南北朝時代の懐良親王、室町時代の足利義満がともに日本国王として金印を受けていますが、現存しているものは一つもありません。


 2. 絳地交龍錦こうちこうりゅうきんという皇帝専用アイテム


 親魏倭王の金印に関しては、異例中の異例ですが、クシャーナ朝(親魏大月氏王)というもう一つの例外が存在するので、百歩譲って理解できますが、こちらに関しては他に例が存在しない激震レベルの品です。


 絳地交龍錦が卑弥呼へ贈られたことは、当時の魏の外交史において「異常事態」と言えるほどの超破格の待遇でした。その理由を整理しますね。


  ● 「龍」という文様の絶対的禁忌


 古代中国において、「龍」は皇帝の権威そのものを象徴する文様です。魏の国内であっても、龍をあしらった錦を使用できるのは皇帝自身やその一族、あるいは国家に多大な功績のあった最高幹部に限られていました。卑弥呼に「龍」の錦を贈ったことは、魏が彼女を「外部の長」ではなく「身内(皇帝に近い身分)」として遇したことを意味します。


  ●「絳地(赤色)」のステータス

 「こう」とは深く濃い赤色(茜染めなど)を指します。中国において赤は高貴な色であり、特に「絳」は最高位の身分を示す色でした。当時の技術で、これほど鮮やかな赤地に精緻な龍を織り出すには膨大なコストと最高の技術が必要であり、これは魏の国立織物工場(織室)でしか生産できない非売品でした。


  ●「五匹」という圧倒的なボリューム


 当時の「1匹(1反)」は、およそ幅50cm前後×長さ10m〜12m程度と考えられています。5匹あれば、女王一人の正装を何着も仕立てられるだけでなく、宮殿のとばりや装飾として空間全体を埋め尽くすことが可能です。


  ● 贈答品リストの「5」の並び


 実は、下賜品リストにはこれ以外にも「5」という数字が目立ちます。


 絳地交龍錦:五匹

 倩絳せんこう五十匹

紺青こんじょう五十匹

 絳地縐粟罽(赤地の縮れ毛織物):10枚(5の倍数)


 魏の外交儀礼において「5」という単位は、非常にキリが良く、かつ「五行」などにも通じる格調高い数として設定されていた可能性があります。通常、当時の外国の王には、より格下の「絹」や「布」が数反贈られる程度が一般的でした。「龍の錦」を「5匹」というのは、当時において「超VIP待遇」という言葉でも足りないくらいの異常事態であったことを物語る決定的な証拠なのです。


 ちなみに「倩」はあかねで染めた鮮やかな赤色を、「絳」は深く濃い赤色の絹織物を指します。前述したように「赤」は漢や魏の王朝が重んじた正統な色であり、これを与えることは卑弥呼を「魏の秩序における高貴な存在」として公認することを意味しました。「紺」は深く濃い青色、「青」は明るい青色や顔料を指します。深い青色の絹織物は何度も藍染を繰り返した最高級の品です。赤と青の組み合わせは、五行による調和ですね、五十匹という量は正直ドン引きレベルの大盤振る舞いです。絳地縐粟罽の「けい」は絹ではなく、羊などの毛を使った織物です。「縐」はシワや縮み、「粟」はアワの粒のような凹凸を意味します。つまり、「表面に細かな粒状の立体感がある、真っ赤な縮れ毛織物」です。今でいう高級な「ちりめん」や「ブークレ生地」に近いかもしれません。「罽(毛織物)」はもともと西域(中央アジア)の特産品です。いうまでもなく貴重な高級品でありました。


  ●卑弥呼個人に贈られた品々


 また「特に汝に」という特別扱いの文脈で記載された下賜品リストも凄まじいです。


 紺地句文錦:三匹

 細班華罽:五張 

 白絹:五十匹

 金:八兩 

 五尺刀:二口

 銅鏡:百枚 

 真珠鈆丹:各五十斤


 紺地句文錦の「紺地(深い青)」は、当時非常に高度な発酵技術を要した「植物染料(藍)」によるものです。「句文くもん」とは、複雑な渦巻き模様や幾何学模様を指します。当時の最高峰の色彩美と精緻さによって作られた最高級の錦です。「細班華罽」は魏の宮廷で使われた「シルクロードの最高級カーペット」です。金八両は、法律上贈ることが可能な上限であり、その価値はこれだけで精鋭の近衛兵団を数年間養えるほどの軍事資金に匹敵したと考えられます。


 真珠鈆丹は、水銀から精製された軽粉(白)、そして辰砂(鮮紅)のセットであったと考えられます。


 鉛丹: 酸化鉛で作るオレンジがかった赤。木造建築や神具の防腐・防虫に使われ、後の「鳥居の朱」の源流となります。


 辰砂: 水銀朱。古墳の内部を真っ赤に染める、最高級の「死と再生の顔料」です。


 軽粉: 真珠のような光沢を持つ水銀化合物(塩化第一水銀)。当時の最高級の「白粉おしろい」であり、女王の肌を白く輝かせるための「神格化の道具」です。


 これらは、当時の魏における最先端の化学物質でした。これらを卑弥呼のために大量に贈ったわけですね。



  ●銅鏡百枚という規格外


 権威の象徴として使われる銅鏡は、通常一枚です。多くても数枚程度、しかし卑弥呼へ贈られたのはなんと百枚です。これがどれだけ異常なことかわかりますでしょうか?


 「三角縁神獣鏡」は大陸には存在しないため、国産であると考えられていますが、その元になったオリジナル(マスターピース)は魏が卑弥呼のために特別に作らせたものだと考えられます。


 実はこの鏡、単なる「贈り物」の域を完全に超えています。魏の皇帝が、海を越えた先の「特別な誰か」に送ったと思われるメッセージを読み解きますね。


 まず、なぜ「三角縁」なのか。あの鋭く盛り上がった縁は、実は鏡を並べて置いたときに、「文様を傷つけず、かつ特定の角度からしか光を反射させない」ための設計です。大切なメッセージが刻まれた鏡面を、物理的・視覚的に守るための「装飾を装ったベール」であったと考えられます。


 そして鏡の裏に描かれた神々と獣たち。これらは当時の魏の宮廷で流行した「神仙思想」のアイコンですが、卑弥呼に贈られたものには特定のパターンがあります。


 ●東王父と西王母そして銘文


 多くの鏡に彫られているこの一対の神は、「東と西の王が、永遠の絆で結ばれる」ことを象徴しています。「たとえ大陸と列島で離れていても、我ら(魏)と汝(卑弥呼)は、天の神々が認める同一の血族である」というメッセージです。鏡の周囲に刻まれた文字(銘文)には、しばしば「子孫長宜(子孫が長く栄えるように)」といった言葉があります。これらの銘文は、鏡の所有者とその子孫の繁栄を願う定型句ですが、それが海を隔てた相手(卑弥呼)に向けたものであるとすれば、深い意味が見えてくるような気がしませんか?


 

 ここまでざっと見てきましたが、卑弥呼(倭国)に対する魏の対応がいかに異常なレベルであったのかわかってもらえたと思います。例えるならば、隣国へ嫁いだ娘(皇女)のために全力でサポートする親バカな皇帝という表現すら不自然ではないレベルです。さらに言えば、下賜品だけでも凄まじいのに、大規模な使節団を記録に残っているだけでも二度送り込んでいます。この時代の使節団は、帰国を前提としていないので、ある意味で人的な贈り物と同義です。ここまで来るともはや身内扱いというべきでしょうね。


 実際、私も卑弥呼が霊帝の皇女であった可能性、あるいは魏の皇家の皇女であった可能性を検証してみたことがありますが、どちらも十分あり得るというのが私の正直な感想です。霊帝の時代と完璧に整合する百襲姫が孝霊天皇の娘という「霊」の繋がり、中平銘大刀という霊帝時代の宝剣の存在、阿加流比売神と天之日矛あめのひぼこの伝承などは、完全に大陸から来た高貴な姫とその護衛の物語と解釈可能です。


 何よりも、そう考えればこの不可解極まりない魏の対応がスッキリ理解出来るという点が強力な根拠となり得るのです。


 どちらも興味深く楽しい仮説ですが、そもそも魏の曹家が後漢皇帝から禅譲を受けたのは、腐敗した後漢に絶望し、輝かしい漢を取り戻すためです。そして、漢の始祖劉邦は楚人として、失われた故国楚の文化を全力で復興、中国の文化として広めた人物です。卑弥呼が楚の王族の末裔であると知っていたとしたら――――それは尊重すべき高貴な存在であると考えるのは不思議ではありません。まあ……卑弥呼が霊帝やの魏の皇家の皇女であれ、楚王統の皇女であれ、一つだけ間違いないのは、それに値する存在であったということですね。


 前置きのつもりが長くなってしまったので、今回はここまでとしますね。次回は、高貴な血統であったという視点ではなく、百襲姫がその天才的な手腕による実績でこれらの贈り物を勝ち取った、という視点でお話したいと思います。どちらが正解ということではなく、その両方であったというのが私の考えなんですけれど。

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