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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第二十八話 淡路島という聖域


 国生み神話において、最初に生み出されるのは淡路島です。


 なぜ淡路島なのでしょうか?


 亡命してきた楚の王族たちにとって、最優先は王統を絶やさないことです。


 彼らは上陸した日向の地に地盤を作りながら、王族たちは安全な淡路島で血族を増やすことに専念したと考えます。当然ですが、一人や二人ではまったく足りません。病気で亡くなる確率は現代とは比較になりませんし、少なくとも数十人から数百人は必要だったでしょう。


 淡路島には海路で行くしかありません。接近する船があればすぐに発見できますし、万一の時はどこからでも逃げられる理想的な場所です。


 淡路島北部には、弥生時代後期(1〜2世紀頃)に突如として現れた巨大な鉄器生産集落があります。


 ●舟木遺跡ふなきいせき: 約40ヘクタールという広大な面積を持ち、170点以上の鉄器(小刀、釣り針、やりがんな等)が出土しました。山間部にありながら、九州産の道具や中国製の青銅鏡、山陰地方の土器も見つかっており、強力な流通ネットワークを裏付ける拠点です。


 ●五斗長垣内遺跡ごっさかいといせき: 鉄器を作るための鍛冶工房跡が12棟以上発見されています。


 そして、2015年に南あわじ市で発見された最古級の松帆銅鐸まつほどうたくは、銅鐸の起源や伝播を考える上で極めて重要です。松帆銅鐸は紀元前3世紀〜紀元前2世紀(弥生時代前期末〜中期初頭)に製作されたもので、全国でも数例しかない最古段階の形式が含まれています。


 松帆銅鐸には内部に「ぜつ」が残っており、吊るして音を鳴らす「聞く銅鐸」であったことが判明しています。楚の文化圏では青銅製の鐘(編鐘)による儀礼音楽が極めて発達していました。淡路島に集中的に現れる「音を鳴らす大型青銅器」の文化は、大陸南方系の儀礼・音楽文化の影響を強く想起させます。


 淡路島北西部の貴船神社遺跡は、大規模な製塩遺跡です。 ここで活動した「野島の海人」は、高度な航海術と製塩技術を持ち、天皇の食事(御食)を支える存在でした。「貴船きふね」という名は、海を渡ってきた貴人を祀る伝承ですね。


 淡路島は王族を産み、安全に育て上げるゆりかごでした。


 1. 完璧な「情報的・物理的遮断」と「全方位監視」

 

 ●天然の検問所:淡路島は、日本列島の急所に位置しながら、同時に「独立した要塞」として機能します。明石海峡(北)、鳴門海峡(西)、紀淡海峡(東)という、潮流が極めて速く難所として知られる3つの「門」に守られています。「アワ」の水軍がこの3門を封鎖すれば、外部の敵は島に一歩も近づけません。


 ●360度の監視:島の高台(現在の伊弉諾神宮周辺や北部山間部)からは、瀬戸内海、大阪湾、紀伊水道のすべてを見渡せます。敵の接近を数時間〜数日前に察知できるため、スペア(王族)を逃がす猶予が常に確保されていました。


 2. 「外洋からの直接攻撃」を受けない内海のリスクヘッジ


 九州や安房(千葉)、日向のような「外洋に面した拠点」は、大陸や南方からの直接的な侵攻・漂着の脅威に常にさらされています。しかし淡路島に到達するためには、四国(阿波)または紀伊半島(淡嶋)という二重の防波堤を越えなければなりません。外敵が日向や宗像を突破したとしても、淡路島に届く前に「アワ」のネットワークのどこかで情報が補足され、迎撃体制が整います。内海に抱かれた淡路島は、大陸の政変や追手から物理的・精神的に最も「隠れやすい」場所でした。


 3. 自給自足可能な「生命維持能力」


 王統を維持するためには、外部との交易が途絶えても数世代生き延びる資源が必要です。淡路島は単一の島でありながら、広大な平野部での稲作・畑作(アワの栽培)と、日本屈指の豊かな漁場を併せ持っています。生存に不可欠な「塩」の製塩技術(野島の海人)が確立されており、山地からは良質な湧水も得られます。「人口を増やし、王族のスペアを養う」ためのキャパシティが圧倒的に高いのです。


 4. 祭祀による「心理的防衛」と「カモフラージュ」


 淡路島は「国生み最初の島」という強力な神話的ブランディングにより、他勢力が容易に手を出せない「聖域」として確立されました。「ここは神が最初に産んだ場所である」という権威付けは、実力行使以上の抑止力となります。楚の亡命王族は、自らの正体を「神」というベールで包み隠すことで、物理的な城壁以上の安全を手に入れました。イザナギの幽宮かくりのみや 「隠れる(かくる)」という言葉自体が、王統のスペアを外部の目から物理的に遮断し、守り抜くという意思表示であると考えられるのです。


 このように、淡路島は「増員(教育)」「防御(封鎖)」「隠匿(神格化)」のすべてを兼ね備えた、王統存続のための完璧なシェルター(ゆりかご)でした。


 そして、人数が増えた段階でさらに拠点を増やします。これは、疫病や襲撃によって全滅することを避けるためのリスク分散です。


 鳴門海峡を挟んですぐの阿波(現在の徳島県)は、淡路島と並ぶ「アワ」の拠点です。阿波の鮎喰川沿いなどからは鉄器や銅鐸、銅剣などが出土しており、淡路島と同様に高度な文化・技術集団の存在を示しています。また、阿波は良質な「塩」や「藍」(染料)の産地でもありました。


 紀伊半島の淡嶋神社(和歌山市加太)は、全国に約千社ある淡島・粟島神社の総本社でありの主祭神は少彦名命すくなひこなのみことです。この神は、医薬、醸造、裁縫、そして国土開拓の神であり、高度な技術(医薬や裁縫といった生活技術、醸造技術)を持った渡来系集団の神格化といえます。さらに淡嶋神社は女性の病気平癒、安産、子授けの神として知られています。まさに淡路島およびアワ系拠点の目的そのものですよね。


 また、人形信仰や「流し雛」の文化は、単なる日本の風習ではなく、海を介してもたらされた南方系の呪術的な要素や、人形ひとがたによる穢れを海に流す海洋文化と関連している可能性があります。


 安房(あわ・千葉県): 現在の千葉県南部には「安房」という地名が残り、安房神社には忌部氏(いんべし・阿波忌部とも呼ばれる)が祀られています。


 日向「阿波岐原あわきはら 」: 宮崎県のアワ拠点です。ここは説明不要ですよね。日本神話の主要な神々はこの地で誕生しています。アワ拠点の原点であったと考えられます。



 このアワ拠点=王統のスペアという仮説は、主祭神からも補強できます。阿波(徳島)や各地の「アワ」拠点で中心的に祀られるのが事代主です。名前にある「事代ことしろ」は、文字通り「身代わり」「依り代」を意味します。これはまさに、本家の王に万が一のことがあった際、その「代わり」を務める王族を象徴しているのではないでしょうか。事代主はのちに「えびす様」として定着しますが、えびすは「外来(夷)」から来た福の神です。淡路島や各地の海岸に漂着し、富と技術をもたらした「異邦の貴人=楚の王族」の記憶がその原型にあると考えられます。


 また各地の「アワ」拠点には、共通して「積石塚つみいしづか」や「円墳」などの特異な形式が見られることがあります。これは大陸系の墳墓形式で「独自の王統」がいた証拠と考えることも出来ますよね。


 地名だけではなく、食べ物のアワにも注目です。


 楚が位置した長江流域や南方の文化圏では、アワビはその驚異的な生命力(岩に吸い付いて離れない力)から、「不老長寿」の薬や儀礼用の宝物として極めて高く評価されていました。亡命王族にとって、血統を絶やさない(=長寿と多産)ことは至上命令です。淡路島でアワビを採り、それを食べる、あるいは儀礼に用いることは、王の生命力を強化する神聖な行為だったと考えられます。現在も祝儀袋に使われる「熨斗」は、アワビの身を長く伸ばして乾燥させた「のしあわび」が原形です。この「長く伸びる」という象徴性は、まさに「王統を長く伸ばし、絶やさない」という願いそのものです。


 淡路島や阿波、紀伊の海人が、のちに伊勢神宮(三重県)へとアワビを献上する「御食国」のネットワークを築いたことも、この仮説を裏付けます。伊勢神宮の祭祀を支えるのは、阿波から移住したとされる忌部いんべ氏や、紀伊・淡路の海人集団です。彼らは「アワ」の地で育んだ王権守護の技術(製塩・機織・アワビ採取)を、ヤマト王権の最高聖域である伊勢に持ち込みました。


 紀伊の淡嶋神社でも、アワビは女性の守護や安産の象徴とされることがあります。アワビの殻は美しく輝く「真珠層」を持っており、それが「貴い子供を宿す器(子宮)」に見立てられたのかもしれません。アワビは、まさに亡命王族の再起を象徴する「食べられる宝玉」だったのではないでしょうか。


 このアワ系拠点で王族を支えた技術・祭祀集団が後の「忌部氏」となりました。彼らは麻(植物繊維)を操り、王の「衣」を作る技術を独占しました。


 天皇が即位する際に行われる一生に一度の儀式「大嘗祭だいじょうさい」において、阿波忌部の末裔のみが献上を許される「麁服あらたえ」という麻の織物があります。楚を含む長江以南の文化圏は、シルク(絹)よりも先に「麻(大麻・苧麻)」や「芭蕉」などの植物繊維を用いた高度な織物文化を持っていました。


 王の魂を包む衣、麁服は、新天皇が神と共食し、真の王として生まれ変わる際に身に纏う(あるいは敷く)聖なる布です。これは、淡路島で培われた「王の血統を清浄に保ち、再生させる」という儀礼が、麻の織物という形で結晶化したものと言えます。「アワ」とは、単なる地名ではなく、「王を誕生させ、その魂を衣で守護する儀礼体系」そのものであったと考えられるのです。


 淡路島は、始まりの地にして、終わりの地でもありました。始祖イザナギは、自身の後継者である天照大御神アマテラスに国の統治を委譲した後、政治の中心地から離れて淡路島に「幽宮かくりのみや」を構えて隠棲しました。幽宮とは、神が人前に姿を現さず、静かに鎮まる宮殿のことです。これは、楚の王族が持っていた徹底した神秘主義と一致します。現在、淡路市多賀に鎮座する伊弉諾神宮は、このイザナギの幽宮の跡地に創建されたと伝わる日本最古の神社となっています。


 ここでちょっと古代史豆知識!! 実はこの伊弉諾神宮と伊勢神宮は、驚くべきことに北緯34度27分、太陽のレイライン北緯34度27分と同じ緯度線上に位置しています。さらに言えば、この二つの神社のちょうど中間地点には、日本最古の都とされる藤原京(飛鳥宮)があります。そして太陽の道を沿うように、レイライン付近には三輪山(大神神社)や二上山など、古代の太陽信仰に関わる重要な山々や遺跡が点在しているのです。


 この事実は、楚の亡命王族が高度な天文学と測量術を持っていたという仮説を強力に裏付けます。これらの聖地が偶然同じ緯度にあるとは考えにくく、古代人が意識的にこのラインを選んで都市計画や祭祀場を配置した可能性は極めて高いです。


 同じ緯度であれば、春分・秋分の日に太陽が昇る方角(真東)と沈む方角(真西)が正確に一致します。この「太陽の道」は、王権の正統性を示すための壮大な「宇宙カレンダー」であり、各地の「アワ」の拠点を物理的・精神的に同期させる役割を果たしたと考えるのです。



 イザナギが日向の阿波岐原で「穢れ」を払い、淡路島で「隠遁」しました。

淡路島は、王族の「誕生」「成長(スペアの拡散)」「隠遁(終焉)」というすべてのサイクルを完結させる「完全なる聖域」だったのです。



 そして――――我らが百襲姫もこのアワ系の皇女です。


 淡路島にルーツを持つ彼女が、幼い頃に淡路島に渡り、四国へ行ったということを考えれば、それが単なる避難ではなく、アワ系ネットワークによる帝王学、英才教育のためだったのだと気付かされるのです。


 最後に楚と皇統を繋ぐ余談です。


 大陸における「羋姓びせい」は、中国古代の南方大国「楚」の王室が名乗った、極めて古く神聖な姓氏です。


 「羋(古代音で mje / bi)」は、日本語の「ミ」と「ビ」の中間に位置するような鼻音を伴う中国大陸では他に類を見ない独特の響きを持っています。中国の伝説的な帝王である「顓頊せんぎょく」から陸終へと続き、その六男である季連きれんが羋姓を創始したと伝えられています。


 日本における初期の王や天皇には、ミやミミを持つ人物が驚くほど多く存在します。


 天忍穂耳命アメノオシホミミ神八井耳命カミヤイミミ御真津日子ミマツヒコ崇神天皇=御間城入彦五十瓊殖ミマキイリヒコなど


 そして、日向に美々津ミミツ耳川ミミガワなどの地名が多く残るのは、王統の直轄(聖なる)地であった可能性が高いと考えられます。


 魏志倭人伝の中でも、彌彌(ミミ、ビビ)彌彌那利(ミミナリ、ビビナリ)彌馬升ミマショウ彌馬獲支ミマワキという名前が登場します。

 

 さらに深掘りすると、楚の王姓「」が、日本において「王」や「聖なるもの」を意味する音になっていることに気付くのです。


 ミマ/ミマキ(王名)

 みかど

 大王おおきみ

 ミコ(皇子)

 みこと(命・尊)

 御代みよ※天皇または王が在位している期間

 巫女みこ=神と人をつなぐ者

 みや=王の居所

 みやこ=王のいる場所

 =王権の象徴(三種の神器・三輪山・三諸山・三神・三女神・三王・三家・三官)


 キリがないのでこの辺にしておきますが、こうした「ミ」の繋がりこそが、楚の王統と古代日本の皇統を繋ぐ鍵なのではないかと考えています。


 

 さて、長い長い回り道にお付き合いいただき本当にお疲れ様でした。次回は魏志倭人伝の前夜二世紀後半へとまいります。これまでの旅で積み上げてきた要素がどう繋がっていくのか、どうぞお楽しみに。

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― 新着の感想 ―
ここ数話、めっちゃ面白いです。神がかってますね。こういう古代の話はほんと面白いと。まぁ、学校では教えてくれませんけどね。 伊勢神宮の場所って、そんな秘密もあったのですね。初耳です。ただただ驚きです。
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