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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第二十三話 百襲姫 日向へ


 さて、今更ながら気付いたことがありまして……私、普通に海人とか海人集団って使ってましたね。自分の常識他人の非常識……ここで説明させてください。


 海人あまとは魚を取る人ではありません。海という高速道路インフラを独占管理していたエリート集団です。現代で言えば、総合商社+ライフライン公社が近いです。


 ロジスティックス(物流・運輸)、外交官・通訳・情報工作員、海上保安官・精鋭海軍、先端技術(造船・金属加工・エネルギー等)のエンジニア、祭祀、国家の防衛、外交、物流、情報などを支える古代のスペシャリスト・ギルド、それが海人です。陸の王など彼ら無しでは食事すらまともに口に出来ない。実質的な支配者一族ということですね。


 だから歴代の天皇は、海人の姫と婚姻をすることでその力を借りていた。


 百襲姫と吉備津彦はたしかに大和の皇女で皇子ですが、その前に最強クラスの海人集団の姫と王子です。そして、後の台与となる豊鍬入姫命も造船技術において国内屈指の海人の姫です。


 最強のエリート集団のトップの子どもたちが幼い頃から厳しい英才教育と帝王学を実地で学んだ結果誕生したのが、百襲姫であり吉備津彦であり豊鍬入姫命なのです。だからこそ大和から九州へ移動しながら拠点を整備し、ネットワークを繋げて行くという離れ業が出来たんです。元々国際的な視野を持っているから見えている世界が違うんです。何よりも最高のインフラを自由に使えるという最強の立場にありました。


 日本は地政学的に海から離れることは出来ません。現代ですらそうなのですから、古代においては海という視点で見なければ何も見えては来ないのです。


 さて、前置きが長くなってしまいました。旅の続きを見て行きましょう。


 佐賀関と愛媛県の佐田岬に挟まれた豊予海峡(速吸瀬戸)は、潮流が非常に速く、四国と九州を繋ぐ航路の中で最も操船が困難な場所の一つです。この難所を抜け、百襲姫一行は臼杵(大分県臼杵市)に到着します。


 この場所は古代海上交通の一大拠点でありハブです。あらゆる条件からみてもここに滞在しない理由はありません。


 ●臼杵神社(臼塚古墳)祭神 少彦名命・大己貴命


 少彦名命はすでに説明不要ですね。セットで祀られる大己貴命は夫である大物主と同神なんですが、少彦名命・大己貴命ここでは百襲姫の弟吉備津彦の神格化された姿だと考えます。考えるんですが、ここでもう一人追加します。私の考えでは、少彦名命には百襲姫と同じくらい豊鍬入姫命の影が強い。

 

 豊鍬入姫命は紀伊の海人姫です。そして紀伊は少彦名命を祀る淡嶋神社の本拠地です。少彦名命は裁縫の神でもありますが、豊鍬入姫命は裁縫の町を拠点にしていました。そして――――小さなその神は、当時まだ幼かった豊鍬入姫命を彷彿とさせ、人形供養は彼女の持っていた人形と関係があるのではないかと想像してしまうのです。


 少なくとも九州にある粟嶋神社や臼杵神社の少彦名命に関しては、百襲姫と豊鍬入姫命の二人の巫女姫が吸収されていると考えています。追加終わります。



 さて、この地には海からやってきた姫、荒れた大蛇(海)を鎮めた巫女姫伝承などが強く残ります。


 そして少しだけ妄想劇場――――


「モモ姉~!!!!」

「久しぶりね孝元、その様子だとずいぶん苦労しているみたいね」

「うわあああん、そうなんだよ……何やっても上手くいかないし、このままだと国がバラバラになってしまう……」

「私が来た以上そんなことにはならないから安心しなさい」

 

 百襲姫の異母弟で日向王孝元こそ倭国を不安定にした張本人、姉に泣きついて日向に招いた以上、自ら臼杵まで迎えに来ていた可能性が高いです。というより居ても立ってもいられなかったでしょう。


「孝元、久しぶりだな」

「吉備津彦か……遠くまですまないな」

「気にするな、モモ姉のいる場所が俺のいる場所だからな」


 臼杵には都から高貴な人々や皇子がやってきて滞在した伝承が色々残っています。迎えが来て合流するならばここしかないと思います。


 そして、臼杵を出港して次の停泊地、津久見には下青江神社があります。


 下青江神社 祭神 菅原道真 木花咲耶姫命、大物主命 奥津日子命、奥津毘賣命、蛭子命


 大物主は三輪山の神で九州で祀られることはまずありません。特にこのエリアは最古層の強力な神々がすでにいるので、余計にそうです。百襲姫の夫神ということで一緒に付いてきた、もしくは吉備津彦の神格化と考えるのが妥当ですね。そして――――木花咲耶姫命このはなさくやひめが神格に吸収された百襲姫ということになります。


 ここで少しだけ余談。古い土地には、その土地の巫女、英雄、祖霊、自然神といった原型アーキタイプが存在します。そういった土地で後から活躍した人物が現れると、木花咲耶姫命みたい!! とか木花咲耶姫命の再来、などと言われます。サッカーで言えば、メッシの再来、メッシ二世とかですね。プレースタイルが似ていると余計にそうなりますが、神さまでも同じです。属性が似ていれば重なり、同一視され、神格化される段階で原型に吸収されます。この地において、百襲姫が木花咲耶姫命にローカライズされるのはそういう原理です。大物主がそのまま残っているのは、この地に似たような神が居なかったからでしょう。特に日向の地にはより古く強力な巫女姫神がたくさんいますので、百襲姫の名前は吸収されて残ることはありませんが、その神話には彼女の活躍が残ります。


 つまり、神社と神話を丁寧に読み解いていけば、百襲姫がこの地で何をしたのかある程度わかるということになります。これまで彼女の旅を追いかけてきたのはそういう意図があるのです。


 ちなみに、木花咲耶姫命くらい人気がある神さまになると、逆現象が起こります。平安時代に彼女は富士山の神様になるんですが、元々いた古い神さま、霊母屋神香聞は後から来た木花咲耶姫命に吸収されて消えてしまいました。


 百襲姫のように実際に本人が移動したタイプと、イメージで後世に移動していった神さまがいるんですね。


 さて、この下青江神社、わかりやすく地層になっているのでこの機会に説明させてください。私は神社を見る時、時代の地層を見ているんです。神社ってタイプカプセルみたいなもので、数百年、数千年の時を超えて残るんです。


 【最古層】 奥津日子命、奥津毘賣命、蛭子命 海人族・火と水の境界・漂着神 縄文〜弥生


 【古層】 木花咲耶姫命、大物主命 巫女王の原型・百襲姫の影響・航路神話 古墳〜飛鳥


 【新層】 菅原道真 歴史人物の神格化・後世の勧請 平安以降

 


 百襲姫はやっぱり天才だったんだと思います。こうやって祭祀をパッケージにすることで時代を超越する構造を作ってしまったんですから。普通はどんなに凄い人でもいつかは忘れ去られてしまう。その時代を知る人が居なくなり、語る人が居なくなれば無かったことになる。


 でも、それを共有する場があれば、管理する人がいていつでも見える形でお参り出来るから消えることがない。むしろ時代と共に神格が増してゆく。


 古代の神社って、航海の目印だったんですよ。この先に入り江があるよ、ここまで潮が満ちるよ、とかね。陸と海の境界、潮の変わり目、外の世界と内の世界の境界、鳥居の起源は諸説ありますけど、私はかがり火だったと思っています。太古の昔、夜の航海で頼りになるのは星の灯りと常夜火だけでした。自然の景色の中で一番視認しやすいのは赤です。朱に塗られた目印は船乗りたちの命綱だったでしょう。


 知らない土地や外国で、馴染みの店を見つけたらほっとするでしょう?


 知らない人でも同じ推し仲間だとわかったら打ち解けるでしょう?


 百襲姫はね、それまでバラバラだった規格を統一したんですよ。日本中同じシステムとルールが通じる安心感、遠い異国に同じ神さまがいる。それがどれほど心強いことか。


 縄張りを取っ払い、単線だったローカル線を繋ぎ合わせて環状線にしたんです。交差点を整備し、ジャンクションを作り、ルールと仕様を明確化した。


 彼女は人生をかけて海の道を統一しました。海路を使って日本をぐるりと統一したんです。彼女の名前は残らなかったかもしれないけれど、その記憶は海の道にちゃんと残っているんです。陸地は繋がっていないけれど、海は何処にでも繋がっている、だからすべての人が恩恵を受けることが出来る。共存共栄の形を作ってくれた。バラバラだった信仰を同じ形、神社という祭祀パッケージにすることですべての神々を尊重し、排除しない八百万と和の国を実現してみせた。


 だから各地の豪族も海人も、皆繋がることが出来た。誰も損をしない、皆が恩恵を受けてともに発展する形。原初の日本が大きな戦争もなく平和的に統一出来たのは百襲姫のおかげです。私たちがこうして過去のことを知ることが出来るのも、彼女が神社の原型を、祭祀のパッケージを、国家の祭祀制度を残してくれたからです。


 津久見を出れば、次は佐伯です。佐伯は大分県の南端で「豊後水道 → 日向灘」への海の境界点、豊後水道は日本でも有数の潮流の強い海域で、佐賀関の速吸瀬戸を通ってきた潮が津久見→佐伯へと流れ込みます。潮流の向きが豊後水道の狭い流れから、日向灘の広い外洋流へと変化する地点なんですね。つまり、豊後水道の内海的な潮流から日向灘の外洋的な黒潮系の流れへと切り替わる“海の分岐点”です。


 潮目が変わる場所は、古代の航海では非常に重要でした。航路を切り替える、風と潮の読みを変える、船を休める、祓いを行う


 こうした行動が必要になる境界点、つまり佐伯は必ず滞在する場所ということになるのです。もちろんここにもありますよ、


 ●富尾神社 祭神 豊玉姫命、合祀 大国主命、大己貴命、住吉三神

 ●粟嶋神社 祭神 大名己貴命・少名彦命

 ●早吸日女はやすいひめ神社


 はい、佐賀関にもありましたよね。ここ佐伯にも同じ神社が残っています。主祭神は、住吉三神です。百襲姫定番セットですね。


 佐伯を出ると、海は一気に外洋性が強くなり、潮流・風向きが変わります。次の滞在地北浦はその中で、波が静か、入り江が深い、船が入りやすい、水源が近いという、古代の船にとって理想的な避難港でした。ここにも百襲姫の痕跡がはっきり残る神社があります。


 ●宮野浦天神宮(宮野浦神社)


 祭神 国常立命(天地開闢の最初の神)

    伊弉諾命(禊の神)

    品陀和気命(応神天皇)

    息長足姫命(神功皇后)

    底筒男命・中筒男命・上筒男命(住吉三神)

    火産霊命

    事代主命


 百襲姫を必ず上書きする神功皇后と応神天皇、そして住吉三神もいます。もう、ここにいるよ、と叫んでいる声が聞こえてきますね。


 そして、ここが日向最初の滞在地であったと考えます。


 ふう……ギリギリ日向入り……出来ましたね。思ったよりも進まない……。

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