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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第二十二話 百襲姫の西遷②


 百襲姫の旅は単なる移動ではありません。詳しくは後述したいと思いますが、ここで強調しておきたいのは、当時は海運が物流の全てだったということ。吉野ケ里も大和も最初は内陸ではなかったのです。99%以上の物資が船によって運ばれ、鉄、穀物、塩、青銅器などの必需品だけでなく、人の移動も水路が支えていました。


 現代は道路が整備され海運の割合は下がっていますが、それでもキロトンベースの国内比率は5割近くあります。輸出に関しては99.6%が海運です。


 馬も牛もいない、道路も整備されていない山地だらけの三世紀の日本において、いかに海運がすべてだったのか想像出来るかと思います。


 つまり、海運を、海路を制する者はすべてを制するのです。海路こそ血液を運ぶ大動脈です。陸地を支配したところでどうにもなりません。


 百襲姫は誰よりもそのことを理解していました。だからこそ瀬戸内海に横行していた海賊を一掃し、平和で安全な航路を実現しましたし、主要な拠点を整備してそれまで閉鎖的で縄張り意識の強かった各地の航路を繋ぐことで共存共栄の道を切り開いていったのです。


 そして、同時に大和で行った祭祀の制度化を各地で実行します。


 ここまで百襲姫の旅を見てきた皆さまなら気付いているかもしれませんが、彼女の行ったことこそ、今の神社制度の原型なのです。最古級の神社はすべてこの時代以降に誕生しています。ここまで見ただけでも例えば以下のようなものがありますよね。


 ●宗像大社(三女神)

 ●厳島神社(市杵島姫命)

 ●宇佐神宮(比売大神)

 ●住吉大社(住吉三神)


 神社があるところを巡っているのではなく、彼女が巡った場所が神社になっているのです。これは偶然ではなく、海路拠点を祭祀拠点とすることで各地の海上ネットワークを繋ぎ強化するという海路(古代の高速道路)統一の旅なのです。これは百襲姫でなければ絶対に出来ないことです。


 つまり、百襲姫が滞在した場所は、海上交通の要所であると同時に祭祀の舞台でもある、そういう場所を選んでいるということです。

 


 さて、百襲姫一行は宇佐を出発して国東半島を巡ります。


 このエリアで注目すべきは、粟嶋神社が多く存在していることです。主祭神は少彦名命 (少名毘古那神)少彦名命は男神とされることもありますが、最古層の伝承などをみれば明らかに女性を守護する女神です。粟嶋というのは淡路島の転訛、淡路島にルーツがあり、常世(神話では淡路島とされます)から海を越えてやってきた女神、粟嶋神社自体が、海の神、水の神、女性守護、姫神信仰、海人族の祈りの場という構造を持っていて、少彦名命 もまた百襲姫の神格化された姿であると考えていいでしょう。とどめとなるのは、宇佐神宮のところで答え合わせをした比売大神を合祀している粟嶋神社もあるということ。


 女性守護という他の神社とは違った系統、粟嶋神社が置かれている場所を考えると、粟嶋神社がある場所は、当時百襲姫が淡路島系の海巫女の聖地(養成所)として整えた場所であったと考えられます。


 つまり、海路の主要拠点を整えた功績が宗像三女神(市杵島姫命)として神格化されるように、巫女文化の伝播・育成という百襲姫の側面が少彦名命として神格化したものと考えられるのです。


 そして、真玉海岸は“水神・姫神”の聖地、真玉海岸周辺には、


 水の浄化、海の女神、巫女的祭祀、姫神信仰が濃厚に残っています。


 皆さま、覚えていますか? 玉ですよ!! 玉は巫女姫です。百襲姫の旅路に合わせてみるとまるでなぞるように分布しています。


 紀伊:玉津島神社 祭神 稚日女命わかひるめのみこと

 淡路島:玉比咩神社 祭神 玉比咩命たまひめのみこと

 吉備:玉比咩神社(玉野)祭神 玉比咩命たまひめのみこと

 備中:玉比神社 祭神 玉比咩命たまひめのみこと

 高松:玉藻稲荷神社「玉藻」は古語で美しい海の藻・霊的な水辺を意味し、水と霊性の象徴。

 徳島:玉置神社 祭神 玉依姫命

 今治:玉生八幡神社 祭神 玉依姫命

 行橋:玉比咩神社 祭神 玉比咩命たまひめのみこと

 宇佐:玉比咩神社 祭神 玉比咩命たまひめのみこと


 稚日女命と玉依姫命はすでに説明しましたね。ちなみに玉比咩神社と玉比神社の祭神、玉比咩命たまひめのみことは、比売大神の別名とされ、水・女性・霊性・癒しといった巫女的な海の姫神です。この女神も百襲姫の神格化と考えて良いでしょう。「玉藻」は住吉三神の別名と思われます。


 そしてこの場所、豊後にも玉の付く地名とセットで神社があります。


 ●真玉八幡宮(大分県豊後高田市西真玉)


 八幡宮なので、宇佐神宮と同じ構造で神功皇后と応神天皇が主神となっていますが、厳島神社(宗像三女神)が合祀されています。神功皇后は、百襲姫、卑弥呼の作ったネットワークを上書き強化しているので、八幡宮がある場所は基本的に百襲姫の痕跡と影がはっきりと見えます。


 さらに国東半島を北上すると伊美別宮社(大分県国東市国見町伊美)があります。


 伊美別宮社の主祭神は 市杵島姫命いちきしまひめです。


 そして伊美別宮社の沖合に浮かぶ姫島、この場所も百襲姫が間違いなく立ち寄ったであろう場所です。


 ●姫島(姫神の島)


 姫島には、古代から 巫女的、女性神的な伝承 が濃厚に残っています。


 この島には「姫島七不思議」という七つの奇譚が伝わりますが、少なくともそのうちの三つが「比売語曽神ひめこそがみ」に関するもの。


 比売語曽神ひめこそがみは、『日本書紀』で 海を渡って来た姫神 とされ、姫島の中心神格です。普通の姫は海を渡って来ませんので、これは百襲姫でしょう。「比売語曽社ひめこそしゃ」は比売語曽神を祀る神社です。

 

 そして姫島は、祝島・周防大島方面の瀬戸内海直行ルートという海上ネットワークの重要な拠点という性格も持っています。北部九州を経由することなく潮の流れに乗って瀬戸内海の島々を目視しながら航海できる最適な位置にあるのです。海路と祭祀の一体化を進める百襲姫にとっては絶対に外せなかったというのはそういう意味です。


 姫島を後にした百襲姫一行は、国東半島を南下し国東市あたりで滞在したと思います。候補の神社は、


 ●稲田姫神社(国東市)祭神:稲田姫命クシナダヒメ


 稲田姫命といえば出雲のヤマタノオロチ伝承で有名ですよね。大和撫子の元になったと言われている姫神です。


 まず、なぜ出雲の姫神が九州の国東市に? という疑問が湧くと思うんですが、これは百襲姫が北(出雲)ルートと九州東周りルートを接続した結果、後世出雲の影響がこの辺りまで到達し、神社を創建する段階でこの地に残る百襲姫の残滓が稲田姫命のことだと理解されたからでしょう。


 実際、稲田姫命と百襲姫って構造がそっくりなんですよ。


 クシナダヒメ=スサノオの妻 百襲姫=大物主の妻


 どちらも神の妻となりましたが、子はいません。いわゆる神妻という立場。櫛は霊力の源で、巫女の力の象徴でもあります。水・霊性・女性神信仰という共通点もあります。


 「稲田姫」の表記は後代の整備の可能性が高いです。『古事記』では「櫛名田比売命クシナダヒメノミコト」と表記されます。「稲田姫」という表記は、後代の神名整理や民間信仰の中で定着したもので、 “稲作神”としての性格を強調するために「稲田」の字が当てられた結果でしょう。


 神話本文では「稲作」そのものに関わる描写はなく、むしろ川辺・水辺・生贄・蛇神との婚姻といった、水と境界の物語が中心です。


 私は“稲田”ではなく“灘”=海の荒波・海峡・潮のうねり”を意味していたのではないかと考えます。古代日本では、「灘」は海の境界・異界との接点として特別な意味を持っていました。


 ヤマタノオロチは、毎年襲う水害=暴れ川の象徴。クシナダヒメは、水の霊を鎮める巫女神・媒介者。スサノオの「退治」は、治水・灌漑・秩序の確立を象徴であると読むと神話の意味が納得できるのです。


 クシナダヒメを祀る神社は、海辺・川辺・水源地に多いです。特に、国東半島・出雲・紀伊・淡路など、海と山の境界に立つ神社が多く、これは「灘の女神」としての性格を裏付ける地理的証拠とも言えますし、これらの地域はすべて百襲姫の活動範囲と被ります。


 また、“ナダ”という音を持つ地名(灘・名田・奈多など)には、女性神・水神・巫女神の信仰が根づいている例が多いです。つまり、クシナダヒメと百襲姫は、同じ海を鎮める海系巫女姫として重ねられる要素が多いのです。


 そして宗像三女神もスサノオの誓約によって生まれた神です。


 スサノオも大物主も荒ぶる神です。


 荒ぶる神とは何か?


 予測不能、境界を越える、人間の秩序に従わない、畏怖の対象、しかし豊穣ももたらすという自然そのものの力を象徴します。そして日本列島で最も“制御不能な自然”とは何か。


  海です。つまり荒ぶる神=海そのものの神格ということになります。


 海は古代人にとって、命を奪う、予測不能、常世へ通じる、しかし豊穣をもたらす、境界を越える力を持つ


 スサノオは「海原を治める神」とされますが、その行動は完全に“海の性質”です。


 泣き叫ぶ(荒天)田を壊す(高潮)神殿を壊す(暴風)しかし最後には豊穣をもたらす(川の治水・稲作)


 大物主も、海から来る、蛇(海蛇=海流)、山に登る(海霧・潮の満ち引きの象徴)、荒ぶると疫病をもたらす、鎮まると豊穣をもたらす


 という、完全に 海の神の性質 を持っています。


 つまり、海系巫女姫神というのは、荒ぶる神(海)を鎮め豊穣をもたらす存在、ようするに整備された海上ルート(航路)が神格化されたものです。


 稲田姫神社=北ルート(出雲)の九州における終着点(合流点)と考えれば良いのです。


 日本各地の海上ネットワークを接続した百襲姫にたくさん神格化された名前があるのは、彼女が日本全国の海路を接続し、切り拓いて整備した海上の女王だったからです。いくつもの海上ネットワークが交差する場所では百襲姫の痕跡は何種類もの名前で残っています。


 ここ国東市では稲田姫命という名前で残っていますが、この場所もまた、百襲姫が滞在し切り拓いた拠点ということになります。


 そして、さらに南下して杵築にも百襲姫の足跡が残っています。


 ●奈多宮(杵築市)祭神:比売大神(宗像三女神)


 ここはそのまま完全に百襲姫ですね。


 杵築から別府に至ると、さらに百襲姫の存在感が濃くなります。


 ●市姫神社(別府市・亀川)祭神:市杵島姫命(宗像三女神)

 ●別府厳島神社(別府市中心部)祭神:市杵島姫命(宗像三女神)

 ●三女神社(別府市)祭神:宗像三女神

 ●八幡朝見神社(別府総鎮守)祭神:応神天皇(誉田別命)神功皇后(息長帯比売命)比売大神ひめのおおかみ※宇佐神宮と同じ構造

 ●別府弁天池弁天神社(別府市)弁天=市杵島姫命 ※中世以降、神仏習合の中で“同一視”されるように


 そして、九州東岸の難所、佐賀(狭い海峡の意)関には当然重要な神社が鎮座しています。


 ●早吸日女神社はやすひめじんじゃ大分県大分市佐賀関 主祭神:早吸日女命はやすひめのみこと


 『延喜式神名帳』に記載された式内社(名神大社)古くは「速吸社」「速吸宮」とも呼ばれ、国家的にも重要な神社とされた海上交通・航海安全の守護神です。


 早吸日女命は、市杵島姫命、宗像三女神、比売大神などと同一視される女神です。早吸日女神社の周辺には、神が海を渡って来たという伝承が残っており、神社の前に広がる海は、「神の通り道」=神道かんみちと呼ばれています。


 ごめんなさい……日向に着きませんでしたね。今回はここまでにしましょう。次回、日向まで……行けるはず?


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