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日本史上最大のミステリー魏志倭人伝の完全解読に挑む  作者: ひだまりのねこ


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第二十一話 百襲姫の西遷


 百襲姫こと卑弥呼は大和を離れ倭国の都九州日向へ向かいます。


 彼女は記紀の表舞台に出てこない時期が長いので、日向に行ったことがあるかもしれません。その後の活躍を考えると一度も九州へは行っていないと考える方が不自然なくらいです。まあ今はどちらでも良いんですけれど。


 さて、今回は百襲姫が大和から九州へ移動した道程を追ってみましょう。


 古代の英雄クラスであれば行動を追うのは実はそこまで難しくありません。


 それを解く鍵は神社にあります。神社というのは、天皇や指導者が各地に滞在した時の拠点(宮)の跡地に建てられています。というよりも宮が神社に変化したと考えてもらえばわかりやすいです。


 たとえば神功皇后の航路を見ても、彼女が滞在した場所や祈願した場所は、後に神社として残されています。宗像、住吉、宇佐、壱岐・対馬――いずれも神功皇后の足跡がそのまま祭祀の中心地になっているのです。


 古代の英雄や巫女王が移動した場所は、後に“みや”として記憶され、それが神社へと変化していく。これは神功皇后の航路を見れば一目瞭然で、百襲姫の旅路も同じ構造で読み解くことができます。


 神社と祭祀は一体であり、巫女王であり神の妻である百襲姫であれば、各地で祭祀を行ったのは確実です。つまりその足跡は他の誰よりもはっきりと神社という形で各地に残っているはずなのです。わかりやすく言えば名作の舞台が後に聖地になるのと同じですね。


 それでは大和から百襲姫の旅路を一緒に辿っていきましょう。


 まず出発地点は、現在の神坐日向神社ですね。大物主系の式内社で、名前に「日向」を持つ唯一の神社です。三輪山麓に位置し、百襲姫が日向に向かう際、旅の無事と成功を祈願した場所として、地理的、宗教的、政治的にも極めて自然に整合します。


 神坐日向神社から大和川水系へ(徒歩)

 → 三輪山の南から、初瀬川・大和川へ下る


 大和川を舟で下る(北流)

 → 河内湖へ流入し、湖上を舟で西進


 河内湖から難波津へ

 → 湖の西端から徒歩で住吉津へ(神武天皇の東遷の時代ならば直接船で海まで出られたんですが)


 住吉津(住吉大社の前身)に到達


 現在の住吉大社は大阪市街地の中にあり、海岸線からはやや内陸に位置していますが、これは長い年月の間に海岸線が後退し、埋め立てや堆積が進んだ結果です。古代(3世紀)住吉大社のあたりは、住吉津すみのえのつという天然の良港が広がっていました。


 住吉津は、難波津が整備される以前の主要港湾であり、外交・交易・軍事の拠点として機能していた場所です。また、古大阪湾時代に海への出口でもあった場所でもあります。百襲姫一行は、この場所から船に乗り、出発したでしょう。当然、航海の安全を祈願して祭祀が行われたはずです。


 さて、ここにはどんな神社が残っているでしょうか?


 答え――――この場所に鎮座するのは住吉大社。祭神はもちろん住吉三神です。住吉三神は、以前神功皇后の話で説明しましたが、日向で生まれた神です。その神がなぜこの場所に鎮座しているのか?


 それは住吉三神が百襲姫によって生み出された実績(海上ネットワーク)そのものだからです。詳しい説明は後でまとめてしますが、ここでは百襲姫に関係が深いんだ、くらいに思っていてもらえば十分です。


 さて、住吉津から出港した百襲姫一行ですが、次に滞在した可能性が高いのが、神戸です。そしてこの場所に残るのは生田神社です。


 この神社で祀られているのは、稚日女命わかひるめのみこと。アマテラスの妹神とも若い頃の姿ともいわれているんですが、この女神、百襲姫が神格化された姿だと言えるのです。共通点を比べてみますね。


 ●稚日女命(天岩戸伝承)

 

 スサノオが投げ込んだ「天の斑駒」に驚き、梭(織機の部品)がほと(陰部)に刺さって亡くなった。


 ●百襲姫(箸墓伝承)


 大物主の正体「蛇」を見て驚き、箸(祭器)がほと(陰部)に刺さって亡くなった。


 とても偶然とは思えない一致、さらにスサノオもまた蛇神です。そして百襲姫はあらゆる面でアマテラスと同一視されている女性でもあるのです。


 さらに生田神社は瀬戸内海の海人集団が崇める神社です。瀬戸内海の海賊を一掃し、平和と安定をもたらした百襲姫を祀るのは極めて自然ですし、しかも生田神社は三世紀からの歴史を持つ最古級の神社、時代もばっちり合います。


 このように、百襲姫が滞在し祭祀を行った拠点は、神社として残るのです。この先も神社を追って行きましょう。


 さて、神戸を出港した一行は、今度は淡路島へ到着します。


 淡路島は、百襲姫の母の出身地であり、その一族が治める場所で、巫女文化の濃い島です。幼少時の彼女が讃岐へ渡る時にも滞在した場所でもあります。


 ●厳島神社(洲本市)祭神 市杵島姫命いちきしまひめのみこと


 いつくしま=いちきしま、市杵島姫命は宗像三女神の一人です。宗像三女神は北九州の女神とされていますが、なぜこんなところに一人でいるのでしょうか?


 実は、宗像三女神というのは、元々一人の女神であったのです。その証拠に、他の二柱、田心姫命たごりひめ湍津姫命たぎつひめが単独で祀られている神社はありません。


 そして記紀において宗像三女神ほど存在が曖昧な神もいません。系譜も曖昧で、個別の神話もない、それなのに国家的な祭祀では極めて重要とされている。この「神話が無いのに重要」という状態は、実在の人物が神格化された場合に起こる典型的な現象です。


 では、その“実在の人物”とは誰なのか? ここまでの流れで察してくれているとは思いますが、もちろん百襲姫のことです。


 宗像三女神は、三柱とも水の女神で、巫女的、神託的、海人族的、海上交通・外交の守護神です。宗像三女神の祭祀が確立したのは三世紀~四世紀ごろ、まさに百襲姫の時代の後なんですね。


 では、なぜ三女神となったのか、その理由も説明できます。


 まず


 ① 百襲姫ももそひめ市杵島姫命いちきしまひめ


 巫女王、神託、祓い、海人族、市杵島姫命は「斎き祀る姫」=巫女王の神格

 

 ② 母・倭国香媛(淡路島出身)=田心姫命たごりひめ


 田心姫命は宗像三女神の中で最も“母性的”で、海人族の根源的な女神として扱われます。倭国香媛は淡路島の海人族の名家で巫女、百襲姫の母であり巫女系の血統の源という役割がぴたりと合います。


 ③ 台与とよ湍津姫命たぎつひめ

 

 湍津姫命は、若い、清らか、水の流れの象徴、次世代の巫女神、湍津姫命=台与の神格化と読むと驚くほど自然に当てはまります。


 つまり、元々は百襲姫=市杵島姫命であったところに、この三代にわたる巫女王の系譜が後年合流し、三女神となったと考えると、この曖昧で不可解な謎の多い女神の輪郭がはっきりと浮かび上がります。淡路島が宗像三女神の故郷であり、なぜ北九州へ移動したのか完璧に説明がつくのです。

 

 そして、さらに淡路島を南下します。


 ●由良湊神社(洲本市) 主祭神 速秋津比売神はやあきつひめのかみ

 

 速秋津比売神は、水の浄化・祓い・再生を司る女神。水神系の巫女神。


 これはまさに、巫女王の役割そのものです。この場所にも百襲姫一行が滞在した可能性は高いですね。


 そして、淡路島を離れ四国讃岐・高松へ。通過点の香川各地には、百襲姫の移動をなぞるように市杵島姫命が祀られる厳島神社が並びます。


 ●田村神社(高松市)祭神:倭迹迹日百襲姫命やまとととひももそひめのみこと


 田村神社は、讃岐国一宮です。この格の神社は確実に天皇以上の拠点(滞在地)があった場所になります。ここにも確実に滞在したことでしょう。


 ここは説明不要ですね。そのまま百襲姫が祭られています。


 大物主神との関係が強く、巫女王の性格が非常に濃い場所なので、幼少期ではなく、神妻となった後の滞在拠点であるとわかります。


 次に四国を離れて吉備へ向かいます。古代の船は瀬戸内海の潮流に沿って玉野・児島半島側へ寄るのが自然です。


 ●玉比咩神社(たまひめじんじゃ・玉野市)


 玉というのは、魂=霊力のことです。つまり、たまひめというのは、巫女姫の称号のようなものなんです。


 実際に――――


 玉依姫たまよりひめ


 玉依毘売たまよりびめ


 玉依姫命たまよりひめのみこと


 玉姫命たまひめのみこと


 玉津日女命たまつひめ


 百襲姫が連なる巫女姫の系譜には頻出する名前です。百襲姫の名前に玉が無いのは、単に母同様に倭というはるかに上位の称号が与えられているからです。日本書紀において、百襲姫と玉依姫は重ねられ同一視されています。


 そしてこの場所は、古代の天然良港、四国(高松)からの最短ルート、吉備への玄関口、海人族の拠点、海路の安全祈願が必要な場所ということになり、百襲姫が上陸し、祭祀を執り行った場所であると思われます。そしてその結果として、玉野という地名と、玉比咩神社が残されたわけですね。



そして、玉野から上陸した百襲姫と吉備津彦は、この地で異母弟(稚武彦命)と再会したのではないでしょうか。

 

 ●吉備津神社 祭神 吉備津彦命


 一応この地を治めた吉備津彦が主神ではあるんですが、実はこの神社、境内には 姫神(御崎大神)が祀られています。


 この姫神は、海路の守護、吉備の地を導く、巫女的性格、吉備津彦の影のパートナーという性格を持ち、どう考えても百襲姫です。


 と、ここまでは百襲姫にとって、ある意味庭のようなものです。かつて彼女の平定したエリアを再訪する旅。各地の人々はきっと熱狂的に歓迎したことでしょう。


 そして、吉備を出港し、どんどん進みます。


 備後(福山・尾道)厳島神社(市杵島姫命)


 安芸(広島)厳島神社(宗像三女神)


 そして、


 周防・長門(山口)この場所は、特に百襲姫の痕跡が多く残っています。


 ①厳島神社(市杵島姫命)


 ②大島(周防大島)の姫神信仰 海人族の拠点、巫女姫の祭祀が濃厚、“玉”を冠する地名が多い


 ③長門の住吉神社群 住吉三神=百襲姫が整備した航路の神格。


 そして――――いよいよ九州へ到着です。


 最初の滞在地、豊前・豊津(福岡県)は、現在の福岡県京都郡みやこ町の辺りです。


 この場所は、国府(国の役所)が置かれた行政の中心で、交通の要衝、宇佐・宗像・日向を結ぶ中継点でもありました。


 ちなみに同じ京都でもこっちの京都の方がはるかに古いですからね? 畿内の京都は8世紀なので。ちなみに、みやこという言葉は、漢字が入る前から日本語として存在していました。


 意味は、政治の中心、祭祀の中心、交通の中心、権威が集まる場所


 つまり、すべての中心が集まる場所のことです。


 豊前・豊津にも百襲姫一行の痕跡は濃厚に残っています。


 ①宗像神社(豊前市・行橋市周辺に多数)めちゃめちゃ多いです。


 ②宇原神社(行橋市)祭神:市杵島姫命 滞在有力。


 ③宇佐八幡系の姫神を祀る古社(豊前市・行橋市)後述します。


 ④住吉神社(豊前市・行橋市)住吉三神の祀られる場所は滞在可能性高。


 そして――――次は宇佐(大分県)です。


 宇佐は「九州の玄関口」です。地図を見ると一目瞭然ですが、宇佐は、


 瀬戸内海、豊前海、宗像、壱岐・対馬、日向、九州内陸


 すべてを結ぶ 海と陸の結節点 にあります。


 つまり、海路の“ハブ”として、古代日本の交通の中心とも言える場所です。


 そしてこの場所に鎮座するのは、かの宇佐神宮です。そして、この宇佐神宮には不可思議な謎が存在します。


 宇佐神宮の表向きの祭神序列は、


 八幡大神(応神天皇)


 比売大神ひめおおかみ


 神功皇后


 なんですが、実際の神階や祭祀の中心は 比売大神なのです。


 しかし、この比売大神ひめおおかみ、実は正体不明の存在なんですね。


 それなのに八幡大神を上回る神格


 伝説の英雄神功皇后より上


 古代から“特別扱い”される神託の中心。


 これは、「後から来た八幡信仰が、元々あった姫神信仰の上に乗った」という構造を示しています。


 つまり、宇佐の原初祭祀は 姫神=巫女王の祭祀だったわけです。


 比売大神ひめおおかみという神名を見てください。


 そもそも、大神ってほとんど使われないんですよ。


 ●大神神社の 大物主大神


 ●伊勢の 天照大神


 ●出雲の 大国主大神(後世の呼称)


 つまり、国家レベルの祭祀の中心に立つ“根源神”にしか使われない称号

なんですね。


 そして神名がとてもシンプルでしょう? 


 これって区別する必要がない、属性を説明する必要がないほど圧倒的なんですよ。天皇に苗字がないのと同じです。


 うーん……誰でしょうねえ? 通った後に国家祭祀の起源となる神社が出来ちゃうくらい圧倒的な存在感を放つヒメなんてそうそういないですよね?


 宇佐神宮公式がヒントを出してくれています。


 ①宗像三女神むなかたさんじょしんである(笑)

 ②八幡大神(応神天皇)より古い神である

 ③比売大神は、宗像大社、厳島神社、宮地嶽神社(神功皇后の戦勝祈願)などにも祀られており、海北の道中の主(航海の守護神)とされています。


 さあ、ここまで読んでくれた皆さまならもうわかりますよね?


 そうです、この正体不明の女神こそ、我らが百襲姫その人であったのです。



 ああ……めちゃめちゃ端折ったのに長くなり過ぎました。今回はこの辺で。


 次回、日向に到着します。

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