第二十話 卑弥呼誕生
無事、武埴安彦の乱を乗り切った百襲姫でしたが、この事件はたまたま起こったわけではなく、もっと構造的なもの、起こるべくして起きたものでした。
紀元前70年頃と想定する神武天皇の東遷から始まった統一国家構想、交流を深め、婚姻を重ね、何世代にもわたって時間をかけて少しずつ、確実に進展していきました。
弥生時代、九州の人口や鉄器保有量は圧倒的でした。文化レベル、農業生産量、どれをとっても当時の先進地域であったことは間違いありません。
しかし九州の圧倒的優位が保てていた間は良かったのですが、大和が成長すればするほど九州との摩擦や緊張が増大してゆく。いかに人的交流を深めたとしても、平和的な融合を目指したとしても、中心が二つあるというのは構造的に限界があります。日向出身の王は九州寄りになりますし、大和生まれの王は大和寄りになってしまう。
実は、北九州はそこまで深刻ではなく、都が日向だろうが大和だろうが、大陸との交易の窓口というポジションは変わりません。国内の棲み分けさえ調整できれば正直なところどっちでも良いという立場です。
むしろ最大の不利益を被るのは、東遷を始めた本家である日向であるというのが最大のジレンマ。推進派が遷都を推し進める一方で、守旧派、地元に利権を持っている勢力は面白いわけがないのです。誰もが故郷を捨てて見知らぬ土地へ移住する覚悟など持ってはいない、当たり前の話です。
だからこそじっくり時間をかけて説明し、ただ損することはないのだと証明するために実績を積み重ねてきたわけです。
しかし、大和の利権のために動く孝元天皇の即位によって状況は一気に悪くなりました。ここで下手をすれば、大和と九州という二大地域による全面戦争、とまではいかなくとも、長年かけて準備してきた統一国家計画がとん挫し、実現が限りなく遠のいてしまいかねません。
それは倭国にとっても、大和にとっても望む状況ではないのです。
各国は話し合いました。そして――――困った人々が最後に頼ったのは、やはりあの人だったのです。
●孝霊天皇の皇女という日向王家の正統な血統を持ち
●最高位の巫女王である母、倭国香媛の後継巫女王であり
●夫を持たず血縁のしがらみも利害関係もなく
●四国、吉備を平定し、瀬戸内海の平和と安定を取り戻した天才的な頭脳とカリスマ性を持ち
●海上ネットワークを駆使して全国に情報網を持ち、大和の危機を救い、全国の神々を束ね国家の礎を作り上げた国母であり
●吉備津彦という稀代の英雄が武力的な後ろ盾として存在している
もし、平和的な国家統一という奇跡を成し遂げられるとしたなら、彼女以外に達成できるものなど存在しなかったでしょう。
日向神話に連なる巫女姫の系譜でありながら、大和の事情を知り尽くし、どの勢力からも一定の距離を取りつつも絶大な影響力を持ち、加えて天才的な頭脳とカリスマ性を兼ね備えている。こんな都合の良い人間がタイミングよく配置されている奇跡。血統、経歴、能力、祭祀、必要なものが揃っている。
面白いもので、歴史の転換点には特異点とも呼べる英雄が現れることがある。これは日本に限らず世界の歴史においてもそう。生物における進化、技術におけるブレイクスルーのように、歴史においてそれは偶然ではなく構造の必然として用意されているのです。
「モモ姫さま、どうか知恵をお貸しください」
「来るのが十年、いえ二十年遅かったわね、でもまあ良いわ、私に任せなさい」
百襲姫はとっくにこの状況を見通していました。そして――――それを解決するために必要なこともわかっていました。
彼女が最初に行ったのは、神になることでした。
(日本書紀)是後 倭迹迹日百襲姫命爲大物主神之妻
(意訳)その後、倭迹迹日百襲姫命は大物主神の妻となった。
日本書紀では前後の脈絡なしに唐突にこの一文が現れます。神の妻というのは、格が違います。巫女王は王と同格ですが、神妻は神と同格の存在になることです。つまり、明確に王よりも上の存在ということになります。
九州の王と大和の王よりも上位の権威によってでしか、もはや解決する方法はないと百襲姫は考えたのです。
そして――――そのすぐ後に続くのは、百襲姫が死ぬ描写です。有名な箸墓伝承ですね。
これは実際にこの時死んだわけではなく、百襲姫という存在が死んだことを意味しています。何度も繰り返しますが、日本書紀は大和王権を唯一正統なものとして描くことを目的に編纂された書物です。神武天皇から一本繋がる物語に九州の事情は関係ありません。だったら最初から登場させなければ良いじゃないかと思うかもしれませんが、百襲姫が残した偉大な業績はとても消せるものではありませんし、何より大和には箸墓古墳という大和王権の象徴が残っています。彼女を消すことなど出来ないのです。
だから神話的な逸話で退場してもらったわけです。日本書紀は、書きたいけど書けないという場合、必ず神話的な逸話に変換して挿入します。唐突に神話が入っていたら、察してね、という編纂者からのサインだと理解すれば良いのです。
こうして、百襲姫は日向へと向かい、女王卑弥呼として即位することになりました。
「大叔母さ――――」
「……モモ姉」
「も、モモ姉さま、日向へ行ってしまわれるのですか?」
開化天皇の子、崇神皇子は、百襲姫の教えを受けた愛弟子です。
「ええ、寂しくなるわ」
「本来ならば私も同行したいところですが……」
「駄目よ、貴方には果たさなければならない使命があるのだから」
「……初代統一大和王となることですね、でも日向本家は黙っているでしょうか?」
「問題ないわ、とっくに話はついてるし、私が女王となるのだから誰にも文句は言わせない」
「そうでしたね、失礼しました。ところで本当に子どもたちを連れて行くんですか? 垂仁はともかく豊はまだ幼いですし、もう少し大きくなってからでも……」
「私と弟も同じくらいの時に一人で派遣されたのよ、それに、私と一緒の方が安全だと思うし」
「たしかにそうですね、どうか子どもたちをよろしくお願いいたします」
「任せなさい、立派な王と巫女姫に育ててみせるわ」
百襲姫が描いた統一への青写真、それは――――
①崇神を初代統一大和王として即位させる。
↓
②崇神の子、垂仁が統一大和の王太子になる。
↓
③垂仁が倭国王に即位する。
この時点で、垂仁は統一大和の王太子でありながら倭国王という状態に。
④崇神が崩御する。
↓
⑤倭国王垂仁が、日向から大和へ移動し統一大和王に即位する。
これによって、極めて自然で平和的な形で王権の移動、合流が完了するというものです。日向の王が大和の王に従うのは難しいですが、日向の王が大和の王に即位するのなら誰も文句が言えませんし、移動の正当化も出来ます。これしかない、という見事な戦略ですよね。百襲姫はもちろん、崇神も生きてその結果を見ることは出来ませんが、彼らは筋道を作り、後世にそのバトンを託したのです。
「さすがに崇神にモモ姉は無理があったんじゃ――――ぐふうっ」
「弟よ、何か言ったかしら?」
「……なんでもないです」
「ところで引継ぎは終わったの?」
「ああ、吉備は弟の稚武彦に任せたから何も心配ない、あいつなら上手くやってくれるだろうし」
「そうね、あの子戦闘力はともかく統治するならアンタよりも向いてるもの」
「も、モモ姉は俺じゃ頼りないか?」
「馬鹿ね……アンタがいるから私は安心して日向へ向かうことが出来るのよ。早く支度済ませなさい」
「へへ、わかったよモモ姉!!」
稚武彦は、二人の母倭国香媛の妹の子、年の離れた異母弟です。初代吉備津彦の称号を引き継ぎ、二代目吉備津彦として歴史に名を残すことになります。このエッセイではわかりやすさを重視して弟を吉備津彦呼びしていましたが、本来吉備津彦というのは吉備総督のような称号です。後世個人名と混同された結果、三百年近く生きたという伝説が生まれてしまったわけですね。
もう二度と見ることはないであろう故郷の景色を、姉弟はしっかりと目に焼き付けたことでしょう。これから先、待ち受ける道のりはこれまでとは比較にならないほど険しく困難に満ちています。
それでも二人の表情に迷いはありません。この国を変えるため、国家統一の総仕上げをするために――――最後の大仕事が始まります。
というわけで、次話からは舞台が大和から九州の日向へ、魏志倭人伝の世界へと移りますのでお楽しみに。
年内最後の更新となります。皆さま、良い年をお迎えくださいね。




