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姉は奴隷?

「リリアンヌ、来月帰国することになった。君と会える日を楽しみにしているよ」


 前回のお手紙でそうおっしゃってくださったのに……次に我が家に届いたお手紙では、妹に婚約を申し込んでいらっしゃいました。貴方が無事に帰国なさったことに安堵いたしました。しかし、貴方も妹の愛らしさに魅了されてしまったのですね。








⭐︎⭐︎⭐︎


「リリーに婚約打診がきた! あのブリュアット公爵家だ!」


「まぁ、本当ですの?」


「さすが私たちのリリーね。その愛らしさなら王家にも嫁げると思っていたわ!」


「しかし、リリーに家を継がせようと思っていたのだが……」


「お父様、私、公爵令息様とお会いしてみたいですわ」


 わたくしを除いた晩餐はいつものこと。しかし、名前の出てきたブリュアット公爵家は、わたくしの初恋の方のお家……どうか、どうか、リリーへの婚約は弟君でありますように。そう願うわたくしを、手紙を覗き込んだリリーはちらりと見て笑いました。


「あら、おねえさま。あなたの慕うミカルド様からの婚約打診でしたわ。……だから言ったのに。おねえさまは公爵家の嫁にはなれない、と」


 おっとりと微笑むリリー。思わず、手にしていた茶器を握る手に力が入ってしまいました。


「あ、」


 リリーに給仕するはずのお茶をこぼしてしまいました。


「リリアンヌ! お前は本当に使えないな! 給仕くらいまともにできないのか! リリーのように公爵令息から求婚されるくらいの器量を持て!」


 お父様のそんな言葉に、リリーはくすくすと笑います。



「まぁ面白いお父様。おねえさまでは、公爵家いえ、貴族と縁続きになるなんて無理ですのに」


「申し訳ございません。すぐに新しいものを準備いたします」


 そう頭を下げてわたくしは退出します。ミカルド様……お会いしたのは幼少の一度だけですが、そこから手紙のやり取りを繰り返し、関係は深まったと思っていたのに……。

 わたくしはリリーが生まれる前の幼少期までしか社交には出ておりませんので、きっとミカルド様の愛らしいお姿からは、変わっていらっしゃるのでしょうけどきっとリリーに似合う美しい青年になっていらっしゃるのでしょうね……。

















⭐︎⭐︎⭐︎

「ミカルド・ブリュアットだ」


 ミカルド様たっての希望で、両家の顔合わせは我が家で行われました。



「ブリュアット公爵令息様。ようこそお越しくださいました。ささ、こちらが娘のリリアンヌ・ルーでございます」


 嬉しそうに少ない頭部を撫でながら、お父様はリリーを横に呼び寄せます。リリーは拙い淑女の礼をして、ミカルド様を見つめます。ミカルド様のご両親であられるブリュアット公爵夫妻も訝しげにその様子を見つめます。

 今日もわたくしは部屋から出ぬよう厳命されておりましたが、一目ミカルド様のお姿が見たくて、最後にこの想いを封印するためにも抜け出してきたのです。なにごとも諦める癖がついたわたくしに、まだこんな行動力が残っていたなんて……。


「リリアンヌ……」


「はい、ミカルド様」


 妹のリリーは、うっとりとミカルド様を見上げます。幼い頃は愛らしかったミカルド様も今や美しくも麗しい青年と成長していらっしゃいます。


「……リリアンヌは雰囲気が、その、変わったな?」


 リリーを見て、訝しげに眉根を寄せたミカルド様。


「え?」


 リリーがそう首を傾げる前に、お父様が割って入ります。


「ブリュアット公爵令息様、我が娘と面識がおありでしたか! 我が娘ながら器量がとてもいいので、ブリュアット公爵令息様でも一度見たら忘れられなかったのですな。なぁ、リリー。お前の美しさは素晴らしいぞ!」


「えぇ、あなた。リリーは本当に美しいもの」


「まぁ、お父様」


 リリーもお父様のその言葉に合わせて笑います。格上の貴族相手に何をやっているのでしょう……。ミカルド様もご両親もぽかんと呆れていらっしゃいますわ。正直、ミカルド様のお母上のブリュアット公爵夫人の方が洗練された知性溢れる美しさがあって、そんなお方の前でリリーを褒めるなんて……。


「……その、息子から聞いていた人柄とは違うので驚きましたな」


 意識を取り戻したブリュアット公爵が微笑みを浮かべてそう言います。


「そうでしょう。リリーはこの愛らしい見た目から想像つかないほど優秀で、貴族院も最優秀で卒業したのです」


 リリーの論文や課題はわたくしがすべて手伝いました。リリーは、貴族院のことを、ただ微笑んでるだけで卒業できると勘違いしているかもしれません。でも、リリーの愛らしさがあるからこそ、先生方も最優秀を与えたのでしょう。同じ内容でわたくしが提出したとしたら、再提出になったに違いありません。



「……優秀だからこそ、我が家に嫁入りしていただきたいと思っていたのだけれど」


 困ったように頬に手を当てた公爵夫人に、ミカルド様も首を傾げて問いかけます。



「……こちらから婚約を打診しておきながらすまないが、一度、婚約者候補という形をとってほしい。文通を交わしていたときとの印象がとても違いすぎる。リリアンヌ嬢。君の実力をはっきりと示すために、何度かお茶会を開催してもらいたい。そのお茶会のテーマを毎回僕に指定させてほしい」


「まぁ! 私、お茶会大好きですの!」


 手を顔の前で合わせて嬉しそうにそう言うリリーに、公爵夫人は不安そうに言います。リリーは一度も自分でしたことがありませんが、お茶会の準備はとても大変です。喜んで開催する主催者はなかなかいないのでしょう。リリーに当てられた手紙の返事はわたくしがすべて返すように言われているので、印象が違うと言われても、持ち前の愛らしさで好印象に変えてきたリリーにとっては些細なことなのです。


「……決して誰にも手を借りず、貴女一人で準備するのよ?」


「えぇ、お義母様」


「そのとき、ぜひ僕の姉も同席させてほしい」


「あね……?」


 初めて聞く言葉と言わんばかりに首を傾げたリリーに、ミカルド様は付け加えました。



「僕の姉上だよ。君には、お義姉様(ねえさま)と呼んでほしいと言っていたよ」


「お恥ずかしながら、娘はまだ嫁にいってなくて……領地内で研究に励んでいるのです」


 公爵が恥ずかしそうにそう言いますが、ブリュアット公爵家の長女といえば、各種研究で世界中に名を馳せている天才です。彼女を嫁に出すことのほうが、公爵家の損失として大きくなるでしょう。令嬢の価値は結婚のみという古い考えのお父様とお母様は顔を顰めておりますが、さすが筆頭公爵家。判断が素晴らしいですわ。



「まぁ! おねえさま! おねえさまがいらっしゃるの!? わたくし、おねえさまがいない生活なんて考えられなかったから、とても嬉しいですわ!」


 リリーがそう言って喜びを溢れさせました。


「……君にも姉上が?」


 不思議そうな顔をしてミカルド様がリリーを見ます。もしかしなくても、ミカルド様はわたくしとリリーを間違えているのかもしれません。そう思ったわたくしが、部屋に入ろうとすると侍女長に見つかってしまいました。



「何をやっているの!? 盗み聞きなんて趣味の悪い!」


「わたくし、ミカルド様にお会いしたくて、もしかしたら婚約を申し込むお相手を、」


「ブリュアット公爵令息様をお名前で呼ぶなんて……不敬だわ! 罰として、外掃除を命じるわ! それとも、ご主人様に見つかってお仕置きされるのとどちらがお好み?」


 お父様からのお仕置きは、暴力が振るわれることもあり、もちろん食事も抜かれてしまいます。そう思うと、侍女長に従ったほうが得策だと思い、わたくしは箒を片手に外へと出ました。








⭐︎⭐︎⭐︎

「……リリアンヌはあのような人だったか?」


 外掃除をしていると、ミカルド様が出てきました。お声をかけたくても、今は下女姿のわたくしです。とてもミカルド様の前に立てる姿ではありません。ただでさえ、リリーよりも醜いのです。こんなお姿をお見せして、やっぱり妹がいいと言われたら、わたくしはもう立ち直れません。遠くからミカルド様を見つめさせていただくだけ、それがわたくしにちょうどいい位置かもしれませんわ。

 そう思ってミカルド様を見つめていると、ぱちりと目が合ってしまいました。


「君、」


 ミカルド様がそうお声掛けくださったのと同時に、ブリュアット公爵夫妻がミカルド様に声をかけます。こんな姿をミカルド様に見られたくなくて、わたくしは思わず逃げ出してしまいました。









「……僕は下女に何を言おうとしたんだ? なんでこんなに彼女のことが頭から離れないんだ」


 わたくしが走り去った後、わたくしの方に振り返ったミカルド様がそんなことを呟いているとはつゆ知らずに。









⭐︎⭐︎⭐︎

「おねえさま。お茶会の用意、お願いね? ミカルド様のテーマ、簡単そうだから」


 そう言ってミカルド様のお書きになった手紙を置いて、リリーは去って行こうとします。


「まって、リリー。これは貴女がしないといけないことではないの?」


 誰にも手伝ってもらうなと言われていたことを思い出し、わたくしがそう問いかけます。


「え、おねえさまなのに私に逆らうの?」


 ぽかんと驚いた顔をしたリリーは、わたくしが断ることも予想していなかったという顔をしました。


「貴女への課題と聞いているわ」


「えぇ、私への課題だけど、誰かに手伝ってもらうのはダメと言われたけど、おねえさまを使っちゃダメとは言われなかったわ」


「だから、わたくしが手伝うのはダメではなくて?」


「なぜ? 誰かでなくおねえさまよ? なんで使ってはいけないの?」


 生まれた時から当然にわたくしを使ってきたリリーは、わたくしを使ってはいけない理由が理解できないようです。ちょうどお母様が現れたので、わたくしはお母様に問いかけます。


「お母様。リリーが、ブリュアット公爵家とのお茶会の準備をわたくしにするように言うのですが、誰にも手伝わせるなと言われたと……」


 そこまで聞いたお母様が顎に手を当てて少し悩み、言いました。


「リリーはあなたがいなくても上手くやるわ。でも、リリーは忙しいのだから、暇なあなたを使うくらい問題ないのではなくて? だって、あなたが誰にも言わなければバレないじゃない?」


 格上のそれも公爵家との約束を無視する、それがどんなに危険なことか、社交をしたことのないわたくしでもわかります。言い募ろうとしたわたくしに、リリーがにっこり笑って言いました。


「では、お願いね? おねえさま。失敗したら許さないから」










「テーマは、隣国の夏」


 隣国はきっとミカルド様が留学していた隣国のことでしょう。我が国よりも魔術の発展した隣国では、冷たいお菓子が有名です。それをそのまま準備するのでは、失敗となる。ミカルド様は、きっとリリーが本当に文通相手か知りたいのでしょう。わたくしだと知ったら、婚約打診を取り下げられるかもしれません。しかし、暴力をふるってくるリリーよりも素敵な方と結婚してくださるなら、わたくしはたとえ殺されようとかまわないのです。











⭐︎⭐︎⭐︎


「ようこそいらっしゃいました。ミカルド様」


 お父様がミカルド様に挨拶なさっているのに、リリーが割って入ります。


「ミカルド様! お会いしたかったですわ!」


 リリーのマナー違反に眉を顰めたミカルド様。公爵夫妻は少し遅れるとお父様に伝え、その後ろにいたミカルド様のお姉さまが、リリーに声をかけます。



「ミカルドの姉のフィリアですわ。ぜひお義姉様と呼んでちょうだい。あなたのお義姉様になるのが楽しみなの」


「えぇ、わかったわ」


 ちらりと一瞥してそれだけ言ったリリーは、ミカルド様の腕に触れようと手を伸ばされます。リリーの不敬さに、ミカルド様はさっと腕を引いて、お姉さまをエスコートなさいました。


「姉上。お茶会を楽しませていただきましょう。会場はどちらだ?」


 お父様にそう尋ねたミカルド様に、慌ててお父様が会場をお伝えします。リリーは頬を膨らませて、その後ろ姿を見つめていました。






 会場はわたくしがセッティングしました。隣国の夏。隣国は二つあるのです。ミカルド様が留学なさった隣国と、もう一つ。名前が似ていてよく間違えられる隣国。お父様やお母様はそちらの言葉は知っています。しかし、ミカルド様が留学なさった隣国はご存知ではありません。留学なさった隣国の言葉で、よく間違えられる方の国名を書きました。


「……ふーん」


「ミカルドらしくないことをしたようね」


 わたくしの意図を理解してくださったミカルド様とそのお姉様が不敵に笑いました。お父様やお母様は、お二人が笑ってくださったのを見て、嬉しそうにリリーを褒めます。


「流石リリーだわ! お母様、鼻が高いわ!」

「リリー、本当に優秀だ!」


「お父様もお母様もそんなに褒めないでください」


 嬉しそうに笑ったリリーが、グラスを持っていた手を滑らせました。


 ぱりん、音を立てて割れたガラスに、リリーが悲鳴を上げます。


「きゃ!」


「申し訳ございません。すぐ片付けさせますので」


 お父様がそう言うと、リリーはそれはそれは不思議そうに言いました。


「あら? なら、おねえさまに片付けさせればいいのではなくて?」


「り、リリー!?」


 慌てたようにリリーに言ったお父様に、リリーは笑って指さします。


「今日はミカルド様のおねえさまがきてくださってあるのでしょう? うちのおねえさまをこの場に出さなくてもよくて、ちょうどいいではありませんか?」


 公爵令嬢を指差す、それがどの程度の不敬か、お父様とお母様は顔を真っ青にして謝ります。


「も、申し訳ございません! リリー、すぐに謝るんだ!」


「あら、ごめんなさい。私……」


 素直に謝るリリーに、お父様が慌てて冗談で、と言おうとした次の瞬間、リリーは笑って爆弾を落としました。


「ミカルド様のおねえさまを許可なく使おうとしてしまいましたわ。あ、でも、わたくしのおねえさまになってくださるとおっしゃったから、問題ないのではなくて? はい、どうぞ」


 そう言ったリリーは、笑ってどこからかぼろ布を取り出し、ファリア様に投げつけました。

 ひぃという叫び声をあげそうなお父様。凍った空気の中、入り口から声が響きます。


「これは、どういうことかな?」


 遅れて到着したブリュアット公爵夫妻。公爵が、布を投げつけられたフィリア様に綺麗なハンカチを差し出しながらお父様に問いかけます。


「い、いえ、その、大変申し訳ございません!」


 ぺこぺこと謝るお父様とお母様を見て、リリーは不思議そうに首を傾げます。その様子を一瞥した公爵がお父様に問いかけます。


「リリアンヌ嬢は気にしていないようだが、理由を聞かせてもらおうか?」


 そう言って会場を見渡した公爵が笑顔を深めて言いました。


「この会場に理由の一部が隠されていそうだけれど」


 顔を真っ青にしているお父様とお母様。その様子を一瞥したミカルド様が、リリーに向かって感情の乗っていない声で問いかけました。







「なんであんなことをしたのだ? リリアンヌ嬢」


「だって、ミカルド様のおねえさまでしょう? なぜおねえさまに命じて、私が謝らないとならないの?」


 心底不思議そうにリリーは首を傾げます。


「君は、お姉様というものをなんだと思っているんだ?」


 ミカルド様がリリーに問いかけます。リリーは笑顔を浮かべて言いました。


「使用人のようなものでしょう? ただ、普通の使用人以上のことも命令できる……奴隷の一種だと思いますわ」


「り、リリー!」


 焦った様子のお父様とお母様に、ブリュアット公爵が圧をかけて黙らせ、リリーに問い続けます。


「君には似た名前の姉……おねえさまがいる、合っているかな?」


 リリーは目を丸くして驚き、そして笑って言いました。


「えぇ、そうです。よくおわかりですわね!」


「マイスター伯爵。貴族子女への虐待は罪になるという認識はおありですな?」


 ブリュアット公爵が今にも凍ってしまいそうな冷たい笑みを浮かべて、お父様に問いかけます。





「は、はい。し、しかし、長女のリリアンヌ・ルーは、醜く、貴族の子女として結婚を果たすことのできぬ、無価値な者でして……」


「ほう?」


 ブリュアット公爵の眼光が鋭く光りました。


「あら? では、貴族の子女として結婚をしていないわたくしも、無価値だとおっしゃいたいのかしら?」


 フィリア様が淑女らしい笑みを浮かべて首を傾げられます。


「い、いえ、それは、違いまして……」


 おのれの失言に気が付いたお父様はもう土のような顔色です。



 わたくしの名前は、元々リリアンヌでした。お母様が娘を産んだらつけたかった名前でした。しかし、わたくしが生まれて五年後、産まれたリリーのあまりの愛らしさに、リリアンヌという名前をリリーにつけたいとお父様とお母様は願いました。

 一度つけた名の改名は、正当な理由がないとできません。一度申請したものの棄却されたお父様とお母様。姉妹で同名をつけることは、禁じられています。そこで、わたくしに洗礼を受けさせることでリリアンヌの後ろにルーという聖名を加え、妹とは別名ということでリリアンヌという名をつけたのでした。……聖名の与えられる宗派は国教ではないため、信仰者も少なく、洗礼もかなり過酷なもので一週間も泊まり込みで行います。幼子にさせるものではないと今となって理解したのですが、両親にとって、そこでわたくしが死のうとも構わなかったのでしょう。

 そうして、元々わたくしの愛称であったリリーは、リリーの呼び名になり、わたくしはリリアンヌ・ルーとなったのでした。妹が生まれてからわたくしが社交にでていないことと、愛称や名前がもともとわたくしのものであったこともあって、我が家は妹のリリー一人しか娘がいないと思われているようです。






 いつの間にか呼ばれていた騎士によって、お父様とお母様、リリーは連れていかれます。


「放せ!」

「放してちょうだい!」

「私、悪いことなんてしていないわ! あ、おねえさま。わたくしを助けなさい!!」


 リリーのそんな怒鳴り声で、わたくしの姿はミカルド様たちに見つかってしまいました。今日も下女の格好なので、見られたくなくて思わず逃げようとしました。しかし、駆け寄ってきたミカルド様に退路を塞がれてしまいました。


「……君が、僕と文通を交わしていたリリアンヌだね?」


「……はい。も、申し訳ございません。こんな姿をお見せしてしまい……」


「リリアンヌ嬢。君は悪くない。ルーというのは、ルー神の名だね? 君は……信仰を持っているのかい?」


 優しく問いかけてくださるブリュアット公爵に、わたくしはぷるぷると首を振ります。


「いえ……リリアンヌという名を妹につけるため、五歳の時に強制的に入信させられました」


「……それは…………大変だったね。君のことは、我がブリュアット公爵家で保護させてもらおう」


 絶句した皆様の中ですぐに意識を取り返したブリュアット公爵がそう続けます。


「ミカルドのことは怖くないか? フィリア、ミカルド。リリアンヌ嬢を任せたよ」


 わたくしがこくりと頷くと、お二人が呼ばれました。


「リリアンヌ、案内するよ」


「あれがミカルドの想い人かと呆れかえっていたけど、この子ならわたくしも納得するわ。はじめまして。フィリア・ブリュアットです」


「リリアンヌ・ルー・マイスターと申します」


 リリーがマナーの講師と練習していた淑女の礼を盗み見て、必死に身につけた無様な淑女の礼をとります。


「まぁ……」


「リリアンヌにマナーの講師はつけてもらえていたんだね」


 笑ったミカルド様に、わたくしは首を振ります。


「いえ、リリーが教わっている姿を盗み見て練習しただけなので、拙いものをお見せして申し訳ございません」


「独学で? はっきり言って、姉上よりも綺麗だったぞ!?」


「ミカルドー? まぁ確かにわたくしは淑女の礼が苦手で勉強に打ち込んだところがあるの。わたくしから見ても、リリアンヌ嬢の所作は美しいわ」


「あ、ありがとうございます! ブリュアット公爵令嬢様。どうぞリリアンヌとお呼びください」


「あら? じゃあ、わたくしもお義姉様と呼ばれたいわ……ねぇ、ミカルド?」


「姉上!」


 視線を向けられたミカルド様がなぜか顔を赤くして怒ります。期待した目を向けられて、わたくしは緊張しながらお呼びします。


「お、お義姉様」


「嬉しいわ! わたくし、妹が欲しかったの!」






 後に話を聞いたところ、お父様とお母様はわたくしへの虐待以外にも横領などの余罪があったようで、一部の使用人も含めて処罰されました。マイスター伯爵家は取り潰しになりました。リリーはお義姉様への問題行動で修道院送りになりました。リリーは何も知らなかったのですから、修道院でいろいろ教えてもらえるといいなと思います。


 そして、わたくしは……。


「リリアンヌ。いや、リアーシャ。おいで、式が始まるよ?」



 ブリュアット公爵家の親戚筋であるフィアット侯爵家の養女となり、優しいお義母様と穏やかなお義父様に迎え入れられ、名前もお義母様とお義父様のつけてくださったリアーシャ・フィアットに変わりました。

 そして、改めて婚約を申し込んでくださったミカルド様と婚約期間を終え、今日結婚することになったのです。



「リアーシャ・フィアットは、ミカルド・ブリュアットを生涯の伴侶とし、愛することを誓いますか?」


「はい、誓います」






 優しいお義父様、お義母様。新しく家族になるお義父様、お義母様、フィリアお義姉様、そしてミカルド様。

 わたくしなんかと思わず言ってしまうわたくしに、ミカルド様とお義姉様は自信をつけさせてくださいました。お義父様とお義母様は愛されることを教えてくださいました。

 わたくしは今、とても幸せです。

最後までお読みいただきありがとうございます!!


異世界ミステリー(自称)も執筆しておりますので、よろしければご覧いただけると嬉しいです!

「外では決められたセリフしか言えません!」~残念令嬢の心の声 【短編題】「麗しくて愛らしい。婚約してくれ」と言われました。間違えてますよ?

https://ncode.syosetu.com/n1853ix/

完結済みです!

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