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その1 6月2日(月)

 朝の8時40分。

 オレは通学電車で揺られていた。乗客は満員じゃないが座れない程度には多いので、つり革を持ちスマホでまとめサイトを見て時間を潰している。正直、ダルい。人生でいちばん無駄な時間じゃないかとすら思う。

 

「(なにかおもしろいこと起きないかなあ)」

 

 そんなことを考えていると、次の駅――桜町に着いたようだ。

 ぷしゅう。

 ドアが開いた。ひとり乗ってくる。

 

「ん?」

 

 近くの中学のブレザー制服を着た女の子だった。

 肩まで届くふわふわした明るい茶髪。

 

「あ、お兄さん」

 

 にこっと笑ってトトっとよってくる女の子。

 その顔にはどうも見覚えがあるような気がする。

 

「……あ。ち、千乃ちゃん、だっけ?」

「おお。あたりですよ。覚えていてくれたんですね?」

 

 結城千乃ちゃん。

 妹――麻衣のやつの友達だ。家に何度も遊びに来たことがある。ただし、ろくに話したことはない。あいつの妹が出てくるときは「兄貴は引きこもってろ出たら殺す絶対殺す」と念を押されているのだ。反抗期である。

 で。

 

「うん……」

 

 思い出したはいいんだが、次に話すことが思い浮かばない。

 痛い沈黙。

 千乃ちゃんのセミロングの明るい茶髪が電車の揺れに沿って揺れている。

 

「……」

 

 千乃ちゃんを横目で見ると、何の気なしにスマホをいじっている。

 そりゃそうだよな。

 いやだってオレ普通に陰キャだし。千乃ちゃんってまさに今どきのギャルって感じの明るくて可愛い子だし。天気とか家のこととか聞くのもなんかキモがられそうだし。あーオレって本当にダメなやつだーとか思ってると。

 

「……くすっ」

 

 と、千乃ちゃんが動いた。

 

「お兄さん。考えてること、当ててみせましょうか」

「え?」

 

 ふふふ、と得意げに笑うと。

 

「『こんな今時のギャルと何話せばいいのかな、何話してもキモがられそう』」

「ぐっ」

「あはは。大当たりでしたか。お兄さんかーわいー」

 

 くすくすと笑う千乃ちゃんである。

 うう、弄ばれてる。

 

「大丈夫ですよ。わたし、お兄さんがキモいことは知ってますから」

 

 なんじゃそりゃ。

 

「そこはキモくないって言ってくれないの」

「うーん、Hなマンガを百冊単位で棚に飾ってる人を『キモくない』とはちょっと」

 

 うおおおおおおい!?

 

「なんで知ってるの!? あ、麻衣か!?」

「麻衣ちゃんから、色々、聞いてますから」

 

 にこにこ笑顔の千乃ちゃんだった。

 と、ぷしゅー。次の駅に着いたみたいだ。

 

「大丈夫ですよ。キモくても生きてていいです。わたしが許可してあげます」

「ええ……その、ありがとう……?」

 

 千乃ちゃんはあはは、と屈託なく笑う。

 

「お兄さん、ここは感謝じゃなくてツッコミを入れるところですよー」

「ごめん、陽キャのコミュニケーションはわからない……」

「がんばって覚えてください。私達、これから毎日、一緒なんですから」

「へ?」

 

 千乃ちゃんは楽しそうに笑う。ほんとよく笑う子だ。

 

「私、部活をやめたので。毎日この電車に乗ることになったんです」

「部活を?」

「バレー部だったんですけどね。ちょっとですね、色々ありまして」

「はあ」

「あーほら。ここは『何があったの?』と聞くところです、おにーさん」

 

 冗談っぽく叱られてしまった。

 

「えーと……じゃあ、何が」

 

 そのとき『つぎはつつじヶ丘、つつじヶ丘』とアナウンスが聞こえてきた。

 

「あ、私ここです。今の話題はまた次回にとっておきましょうね」

「次回?」

「毎日、同じ電車で通学するんですから。またこの車両に乗ってくださいね」

 

 当然のように言う千乃ちゃん。

 

「え……いや、その、なんで?」

「あー。それはひどいですよ。わたしとお話、したくないんですか?」

「困惑しかないんだけど……オレ、キモいんじゃなかったっけ」

 

 千乃ちゃんはちょっとの間、オレを見つめると。

 

「わたし――好きなんですよ」

 

 千乃ちゃんはオレを人差し指で指差した。

 

「!?」

 

 どくん。

 心臓が一気に高鳴った。

 それを見透かしたかのように千乃ちゃんが。

 

「――キモい人をからかうのが」

 

 沈黙。

 三秒ほど何も、息すらもできなかった。

 そんなオレの様子を見て、千乃ちゃんはあははっと笑った。

 

「ふふふ、いま一瞬告白かって思っちゃいましたね? 思っちゃいましたねー!?」

 

 むふーと上目遣いでオレの顔を覗き込んでくる千乃ちゃんである。

 

「……楽しそう、だね」

 

 なんとか声を絞り出した。

 

「ええ、とっても楽しいです。お兄さんかわいいので」

「うっ」

「かわいー。ほんとかーわいー」

 

 ぷしゅーと扉が開いた。

 千乃ちゃんがスキップ気味にドアの外に出ていった。

 そしてドアの前で、カバンを両手で後ろに持って、くいっと首をかしげた。

 

「また明日。五分だけですけど、お話しましょうね。おにーさん」

「う……」

「ばいばーい」

 

 ふりふり。

 千乃ちゃんは電車が行くまでずっと手を振っていた。

 満面の笑顔で。

 やがて電車が去ってから、オレはふうっとため息をついた。

 汗がぶわっと吹き出てきた。

 うわあ。

 まだどきどきしてる。

 これからあの子と毎日一緒なのかあ。

 そっかあ。

 ……。

 そっかあ。

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