まだ始まってもいない
カイトス領に帰ってからも、その“何か”が私を悩ませた。
フォルキーナ王女のことがスッキリしたと思ったら、今度はアルフェラッツ様のことで胃が重い。
考えるって何をよ。
時間ってどのくらいよ。
ああ、もう分かんない…。
「エルラ。シェリラのお土産の紅茶を飲もう。変わった風味だぞ」
「お菓子も作ったのよ。旅先のお菓子屋さんで働いて、作り方を教えてもらったの。あ、ルキオも呼んできて」
お父様は、お母様が帰ってきてからご機嫌。なんだかんだ言ってこのふたり、仲いいのよね。
「ねえ、お父様、お母様」
「ん? 」
「どうして、お父様とお母様はご結婚されたの? 」
「えっ…。な、なんだ急に」
「お父様は、お母様が旅にばっかり出ていて、不満はないの? 」
突然の質問に、ふたりともちょっとポカンとした。
「そうだな、まあその、シェリラがいないのは寂しいが、旅先から持ってきてくれる紅茶やお菓子は楽しみだし、それが領地の名産になったりもする。何より、そうやって旅ばかりしてるのが、シェリラなんだし、なぁ」
「まあ、あなた…。私も、あなたや子どもたちが待っていてくれると思うから、安心して旅ができるのよ。帰る場所があるっていうのは、本当に有難いことだわ」
あー、はいはい。
「そうなのね…。お父様とお母様は、お互いに分かり合って、信頼しあってるってわけね…」
はぁー…、と大きなため息が出た。それを見て、お母様が続けた。
「信頼し合っているというか、色々あってお互いにやっと、こういう心境になれたって感じかしら」
「色々って? 」
「それはまあ…、色々よ。話せば長くなるけど。夫婦や家族なんて、どこもそれなりに問題や悩みを抱えているものよ」
「そうだな。つい、自分たちばかり、自分だけが不幸なように感じてしまうが、その人それぞれに、何かあるものだ」
「それを、一緒に乗り超えていける人たちもいれば、残念ながら道が分かれてしまう人もいるわね。そうと割り切りながら一緒に居続ける人たちもいるし」
「問題や不満なんて、探せばいくらでも見つかるもんだ。同じ出来事でも、人によって捉え方が違うようにね」
「そうね。同じように、幸せだって、探せばいくらでも見つかるものなのよね」
「うむ。私だって言ってみれば、シェリラが旅なんて行かずに、もっと領地にいて、ここの仕事をしてくれたらいいのに、って思うこともあるさ」
「あら、そうなの?! 」
「えっ、いや、まあ、そりゃ、そうだろう。私とルキオが頑張っている時に、お前はどこかの空の下でのんびりしてるわけだからな」
「のんびりって何? 旅なんて実際、そんな優雅なものじゃないんですからね。その中で私は、カイトス領のためになるようなものを探し歩いているんですから」
これはちょっと、雲行きが怪しくなってきた…。
「まあまあ…、どちらもそれなりの苦労があるということ、なのよね…? 」
「ええ、まあ、そういうこと! 時にはこうして本音をぶつけ合ったりしてね。ただね、エルラ…」
お母様は立ち上がり、私の隣に座った。
「相手を想いやることは確かに素晴らしいけど、あまりに相手の気持ちばかりを優先すると、自分の気持ちが見えなくなってしまうこともあるわ。
自分の気持ちを無視したら、その時点で自分の人生を放棄したことになる。相手や周りにも、それぞれ想いはあるけれど、いつでも人生の中心は自分なのよ」
私の頭には、アルフェラッツさまの顔が浮かんだ。
「それに、この先どんな問題や悩みがあるかなんて、始まってみなくちゃわからないものよ。あなたたちなんて、まだ始まってもいないんじゃない? 」
私ははっとしてお母様の顔を見た。お母さまはにこにこして私を見ていた。
「私、ちょっと行ってくる! 」
私は館を飛び出して厩舎へ行き、馬に飛び乗った。




