アスメディク家にて
アスメディク家に来てから、3か月ほど経った。
ご当主夫妻と次男のカーフ様、三男のミラク様、使用人の方々も皆、良くしてくださる。
そしてもちろん、長男のルクバート様も。
ちょっと困るのが、一緒にお后教育を受けているご令嬢ギエナ・ボティス様。
彼女は三大公爵家のひとつであるボティス家の第4令嬢で、私よりみっつ年下の14歳。
女ばかりのボティス家では、ちょっと持て余し気味の存在だったのだけど、男ばかりのアスメディク家が、お妃候補として半分養女のような形で、預かることになったという事情の持ち主。
サラサラ金髪に青い目で、とっても可愛らしい方なんだけど、第4子ということもあってか、ちょっと奔放で勝手気ままなところがある。
加えて私のことを、同じお妃候補としてライバル視しているようで、なにかとつっかかってきて…。あー、めんどくさい…。
そうそう、今日はこれから、ちょっと苦手なダンスのレッスンがあるんだった。
「そうです。素晴らしいですわ。ギエナ様」
教育係のエニフ・ケペティ女史の、賛美の声が響く…。
ケペティ女史は、まさに淑女の鑑といった感じの女性。悪い人じゃないんだけど、ちょっと厳しいかな…。
ダンスのレッスンには、お相手にサルムさんという男性のパートナーが来てくれる。
ギエナ様は、小さいころからダンスがお好きだったそうで、さすがに軽やかに踊られている。
「さ、次はエルラ様。どうぞ」
「はい。お願いします。サルムさん」
軽くお辞儀をしてから、手をとりあい、音楽に合わせて踊る。
私も一応、子爵令嬢としてダンスは習ったんだけど、なにせ辺境のド田舎だったから、踊る機会なんかは滅多になかったなぁ。
町のお祭りのダンスくらい、って、あれは違うか。
「ストーップ! 」
ケペティ女史の声が響いた…。
「エルラ様、先日も申し上げたように、まだ優雅さが足りません。エルラ様のダンスは、なんというか、男性的なんですね。もっとたおやかに、はかなげに! 」
「は、はい…」
たおやかに、はかなげに…。って、ダンスでどうやって?
再び踊り始めたとき、ドアがノックされて開き、ルクバート様が入ってきた。
「やあ。音楽が聞こえてきたから気になってね」
「お兄様! 」
ギエナ様がさっと近寄った。
お二人は親戚でもあることから、小さいころからよく顔を合わせた親しい間柄ということ。
ルクバート様もギエナ様を妹のように甘やかし…、いや、可愛がっているご様子。
「ちょっと僕にも、相手をさせてもらえないかな? 」
ルクバート様が、相手役のサルムさんに申し出た。
この人、こうやってたまにレッスンに来るのよね。公爵家のご長男ともあろうお方が、暇なのかな。
まあ、たまに放浪とかしてるくらいだし。
「もちろんです。ルクバート様はダンスの名手でもいらっしゃいますので」
そうなんだ、と思うや、手をとられ、ルクバート様は私とステップを踏み始めた。
私の頭と足は、ルクバート様に後れをとらぬように、必死に働いた。
「エルラ様、たおやかに、はかなげに! 」
わかっちゃいるけど、ああ、もう、わかんない!
たおやかって? はかなげって?
あとで辞書で調べてやる!
なんて、ちょっと開きなおったら苦笑いがでた。
するとルクバート様も、ふっと笑って言った。
「そう。その調子。もっと力を抜いて。何も考えなくていいよ。すべて僕にまかせて」
へっ? まあ、もうどうでもいいや。
そう思うと、体から余計な力が抜けて、ただルクバート様のリードに身を任せることができた。
ああ、ダンスってこういうことか。ちょっと楽しいかも、気持ちいいかも。
なるほど。さすがルクバート様。
これがダンスの名手か。
サルムさんも寄り添うような優しい踊り方だけど、ルクバート様は、なんというか、もっと優しく包み込むような…。
と、思ったとたん、ルクバート様と目が合いドキッとした。
「そうです。エルラ様。その調子ですよ」
ケペティ女史の声で、はっと我にかえった。
横でうずうずしながら見ていたギエナ様が、耐え兼ねて声を出した。
「お兄様! 今度はギエナの番です! 」
ギエナ様がずんずんと歩いてきて、私の手を振り払い、ルクバート様の手を握った。
こういうところが困っちゃうのよね。まあ、休憩したかったからいいけど。私は置いてある椅子に腰かけ、お茶を飲んだ。
ふたりが踊ってる様子は、さすがに様になっていた。うーん、これが上級貴族ってやつなんだなぁ。
「おふたりとも、素晴らしいですわ」
ケペティ女史が拍手するのも無理はない。
「さあ、ダンスのレッスンはここまでです。次は昼食ですので、おふたりとも、時間通りにお願いいたしますね」
昼食、といっても、週末以外は女史と一緒に、マナーを学びながらの食事。夕食もそうだから、ちょっと肩こっちゃうんだよね。
「お兄様。今日の昼食は、お兄様もご一緒にいかがですか? 」
ギエナ様が提案をした。
「そうだな…。ケペティ女史。今日の昼食は、僕に任せてもらえないか? 天気もいいし、頑張ってるふたりに少し気晴らしさせてあげたいんだ」
「えっ、しかし予定が…」
「普段、君が指導してくれてるんだったら、1日くらい気晴らししても支障はないだろう」
ルクバート様、うまい!
ルクバート様の言葉に、ケペティ女史も承諾してくれた。やったー! でも気晴らしって…?
「シェフに頼んで、ランチを詰めてもらってるんだ。天気がいいからピクニックに行こう」
ギエナ様は目を輝かせたが、私は屋敷でのんびりしたかった…。
「あ、あの、私ちょっと、ダンスのレッスンで足が…。お部屋で休んでいますわ」
「大丈夫。馬で行くから。下の弟のミラクも一緒だよ」
うっ、ルクバート様の爽やかな笑顔には逆らえない…。




