ジンジャーティーで心まで温かく
こうしちゃいられない。起きあがろうと体を起こしたけど、だるくてくらくらして、思うように体が動かない。
「まだ起きるのは無理ですよ」
「でも、でも、せっかく来てくださったのに…」
「では、お部屋にお呼びしましょうか」
「だめっ、こんな格好で、病人くさい部屋なんて呼べない」
鼻がつまっているせいか、はーっ、はーっ、と息がきれる。
「では、少々お時間を頂くことにして、そのあいだに、エルラ様はできるかぎり身支度を整えて、お部屋も空気を入れ替えて綺麗にします…。
それでしたらいかがですか? 」
うーん…。
まあ、見苦しくない程度にすればいいか…。
「…うん。ありがとう、ナシーラ」
ナシーラはてきぱきと動いてくれた。
熱い湯を用意してタオルを絞り、私の髪や顔、体を拭いて、ゆったりとしていて見苦しくない服を着せ、髪も整えてくれた。
暖炉の火を強くしておいて窓を開け、新鮮な空気を入れつつ、部屋を小綺麗に整えてお茶の葉を焚いて香りを漂わせた。
「では、少々お待ちくださいね」
私はベッドの上で、枕とクッションで作った背もたれにもたれて待っていた。
もうすぐアルフェラッツ様に会える。
ドキドキして尚更熱が上がりそうだよ~。
まだかまだかとドアを睨みつけて待っているあいだに、疲れてきてしまった。
力が抜けてぐったりと体をクッションに預け、目をつむった時に、ドアがコツコツとノックされ、心臓が跳ね上がった。
「エルラ様、お待たせしました」
ナシーラが開けたドアから、アルフェラッツ様が姿を現した。
ああ、夢じゃないのね。
アルフェラッツ様はゆっくりと、私が寝ているベッドに近づいてきた。
「突然お訪ねして、申し訳ない。まさかご病気とは思わず…」
ぼーっとしていた私に、アルフェラッツ様の言葉は、半分くらいしか聞こえなかった。
「は、はい。ありがとうございます。このようなお見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
体を起こして、頭を下げた。
「あ、いいよ。楽にしていて」
「王太子殿下、椅子をどうぞ」
「ありがとう」
ナシーラがベッドの近くに持ってきた椅子に、アルフェラッツ様は腰を下ろし、手に持っているものを差しだした。
「実は…、これをまた、エルラと一緒に飲もうと思って」
アルフェラッツ様の手には、私が手紙と一緒に送った紅茶があった。
「これ…、ちゃんと届いていたのですね…」
「ああ。冬至祭りの初日に、ちゃんと受け取ったよ」
良かった、でも…
「申し訳ありません。せっかく来ていただいたのに、また紅茶を一緒に淹れることができなくて…」
「恐れながら…」
ナシーラが口を挟んだ。
「ご一緒にお飲みになることはできますよ。今のエルラ様のお体にも良いように、ハニージンジャーティーにしてはいかがでしょうか」
「あ、飲みたい…」
思わず言っちゃった!
アルフェラッツ様とナシーラはくすくすと笑った。
「では、ご用意してまいりますね。少しお待ちください」
ナシーラがいったん部屋を出ていった。アルフェラッツ様とふたりきり…。何話したらいいの~。
「紅茶って、いろんな飲み方があるんだね」
「あ、はい…。ミルクとレモンは一般的ですよね。私はやっぱりストレートが一番好きです。その紅茶の味がよくわかるから」
「そうなんだ。今まで紅茶の味は、そんなに気にしたことなかったけど、君が淹れてくれてた紅茶は、美味しいって感じたんだよね」
わお~ん、嬉しいぃ~。
ドアがノックされ、ナシーラがワゴンに必要なものを載せて入ってきた。
ティーウォーマーにティーポット、カップ、すりおろしジンジャー、ハチミツ。
「紅茶は王太子様のお持ちになったものでよろしいですか? 」
「そうね。ちょっとスパイシーな香りだから、ジンジャーとも合うでしょう」
「紅茶は私が淹れよう」
アルフェラッツ様が立ち上がり、ナシーラが驚いて飛び上がった。
「と、とんでもない! 王太子様に紅茶を淹れさせるなんて…」
「あ、大丈夫。エルラからちゃんと教わったから」
「エ、エルラ様が…? なんということを…」
あ、あの時の会話のことはナシーラに話したけど、紅茶を一緒に淹れたことは話してなかったっけ…?
「あれから自分でも紅茶を淹れて飲んだり、母上や妹にも淹れてあげたりしたんだ。はじめはみんな驚いてたけど、喜んでたよ。
そしたら妹が、自分はクッキーを作るって言い出して、パティシエたちに教わって作ってるよ」
「トゥリア様が? 」
「うん。今度はケーキを作るって張りきってるよ。さて、紅茶はこれでいいよね。ナシーラ」
「は、はい。大丈夫です。時間になりましたらジンジャーとハチミツを加えます」
「いい香りだ。風邪に効くの? 」
「はい。ジンジャーは体を温めますし、喉の痛みも抑えます。ハチミツはビタミンが豊富で、風邪への抵抗力を強めます」
「へえ。いいね。さあ、どうぞ。お姫様」
手慣れた様子でポットからカップへ紅茶を注ぎ、ベッドまで持ってきてくれたアルフェラッツ様。
なんという幸せ! 風邪ひいて良かった~。
「おいしい…」
「そりゃあ、この王太子自ら淹れた紅茶だからね。おかわりもどうぞ」
と言いつつアルフェラッツ様も、自分のカップに紅茶を注いだ。
ナシーラはそっと部屋を出ていった。
「うん、おいしい。甘くて元気になる感じがするよ。なんだか体が温かくなってきた」
「そうなんです。ポカポカしますよね」
「エルラも? どれどれ」
アルフェラッツ様が、そっと私の頬に手の甲を当ててきたりするから、カーッと一気に顔が熱くなった。
「そうだね。温かく、というか…なんか熱いよ! 大丈夫⁉ 」
「だ、だいじょうぶれす…」
「もう寝たほうがいいよ。私はもう帰るから」
アルフェラッツ様はさっとふたりのカップをワゴンに載せ、私の肩まで毛布を引き上げた。
「あ、あの…」
ぼーっとしながら絞りだした私の声に、アルフェラッツ様は優しい微笑みを返してくれた。
ああ、温かくて幸せで、本当に夢みたい…。
「今日は、お越しいただいて、私、本当に…」
幸せです。と言う前に、私は眠りに落ちてしまった。
その様子を見ていたアルフェラッツ様は、ぼそりと呟いた。
「眠ってしまったな。もう帰らなければ。次はいつ会えるだろうか…」
仕方なく立ち上がり部屋を出ると、そこにルークがいた。
「ルクバート…?! どうしてここに? 」
「俺の放浪癖は知ってるだろ? 今はこのカイトス領で臨時で働いてる」
「ルクバート、エルラに変なこと言ってないだろうな」
「おや、何か言われたら困ることあるのかな」
ふたりの間に沈黙が流れた。
「まあそう恐い顔するなよ。せっかく見つけたんだろ? 大切な紅茶侍女を」
「エルラはもう侍女じゃない」
ルクバートはふっと笑った。
「そうだな…。これからは侍女ではなく、何になるのかな? 」
アルフェラッツ様は黙って、ルクバート様の横を通り過ぎようとした。
「エルラちゃんのこれからの道は、ひとつじゃないからな」
ルクバート様の言葉に、アルフェラッツ様は振り向いた。
「どういう意味だ? 」
「さあ? 可能性はいくらでもあるってこと」
ルクバート様を睨むようにしてから、アルフェラッツ様は立ち去った。
その日のうちに、アルフェラッツ様は王都へとお帰りになった。私が眠っているあいだに。
ああ~、せっかく来てくださったのに…。また来てくださらないかなあ。会いたいなあ。




