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深夜のコンビニでここ(現実)に居ない君と

作者: 文枝

深夜眠れない私が夜に辿りついた場所は、

ハリウッド映画のダイナーの様なレストラン

[オーバースリープ]


      恋愛×冒険×日常!!


深夜の世界、そこは私たちが知らないもう一つの日常が広がっている!



[オーバースリープ]のシェフのカン君は、私好みの中年でイケおじだった。


そんなカン君が昔の古い友達が店に訪ねて来ると言う。


その古い友人は、なんと私と同い年のウブでかわいい少年だったとは……!













 彼を初めてあのコンビニで見かけたのは十一月の初めだった。


その頃は行き場所を無くしていたし、肌寒い季節も手伝って人肌が恋しくなっていたんだ。


 21時半塾の8限目の授業がが終わった。


「本当に親御さんに言わなくていいの?心配してるんじゃない?」


 心配そうな多希くんは、私が通っている個別指導塾の先生、大学生のアルバイトで私の担当だ。


「大丈夫だよ多希くん、うちの親は気づかないよ、もしも本当に見捨てられたら多希くん家に行けばいいんだしさ」


「あのねぇー僕がそんなことしたら捕まっちゃうんだよ」


「冗談冗談」と私は軽く多希くんをからかう、多希くんは困った顔をしているけれど、迷惑そうな顔はしていない。もし本気で押せば行けるかもしれない。


けど多希くんを犯罪者にする訳にはいかない。


「今日も自習してくのか?」


私は頷く、もう少し多希くんと話したかったけれど、次の授業の準備があるからと奥のスッタフルームに消えていった。


私は席に取り残されて、周りの子達が次々に帰っていく、この瞬間が嫌いだ。


友達同士で帰る者、親の迎えの車で帰る者、バスで帰る者、そのどれでもない私だけれど、それを別に羨ましいとは思わない、むしろ自分で今の状況を選択していることにちょっとした優越感もある。


ただ、心が地面から離れてしまった様な、座りの悪い心地がするんだ。


 自習室の窓の外は雨が降っている。


折り畳み傘、持ってきててよかったな、時計はまだ22時23分だ、塾が閉まるまで30分時間がある。


机の上にはノートと筆箱を出しているけれど、結局白紙のまま時間をやり過ごしながらイヤホンで好きなバンドの曲を再生して前の壁を眺める。


       〜〜〜


 学校に行かなくなったのは、三年の一学期が終わる頃。


理由といった理由がないので、

「なんで学校に行かなくなったのか」を、説明するのが難しい。


一つあるとすれば私の中の何か、例えば感情の回路の様なものが故障してしまったからだろうか。


 その頃の私はクラスの中でも比較的目立っていたし、友達も少なくなかった。


私が望んだ訳じゃなかったけれど、よく人からは明るく元気な子って言われていた。


実際通知表の一言にも担任からそう書かれていた。


多分その時の私の生活に、みんなが望んでいる平均的なものはほとんど揃っていたんだと思う。


つまり不足なく安定した青春を持っていた、と言っていいんだろう。


 けれどそこに私にとって一番必要なものが無かったのだ。


一番必要なもの

[一緒にため息をつけるともだち]


別に四六時中それが必要って訳じゃない、ただそれを持っているって予感と気配が大事なんだ。


それは普段は見ないけれど財布の中に入っている写真の様な、本棚の奥にそっと隠している手紙の様な、そんなもの。


 今年の夏、ピンと張り詰めた心の糸がプツンと切れてしまった。


勿論そんな糸は誰にも見えない、だから先生も親も何故私がおかしくなったのか理解できなかった。


私が必要なもの、それが無かった為に身体に不具合が起きた。


原因は自分でも気付けていなかった潜在的なものだったから、人に説明のしようがなくて、本当に私が何かとんでもない悩みを抱えいると勝手な憶測が飛び交った。


 私がおかしくなったと言うのは、学校に行かなくなり、友達からの連絡も返さないで、一日中部屋に籠り、ご飯を食べなくなっていたから。


連絡を返さないでいると友達は、自分が気付かぬうちに私を傷つけていたかもしれないと、無いことを謝り倒されたり、家にまで様子を見にこられたりと大変だった。


ご飯も、白く小さく柔らかい無数の粒や、校庭の水溜りみたいな色の汁や、使い古した黄色スポンジみたいなのを見て、それを自分が咀嚼して飲み込み、胃酸で溶かし吸収し、不要なものを排泄する。


そんなことを一度でも考えてしまうと、箸が動かなかった。

ちなみに白米と味噌汁とだし巻き卵である。


 一日のほとんどをベッドの上で天井を見て過ごしてると、体力も気力も落ちてくるくせ、頭が妙に冴えるから、自分が透明になっていく気がして面白かった。


精神科の先生が、それは思春期の少女によく起こることだと言っていた。


けれど、私がこうなっているのは、思春期だからではないことくらい知っている。


私はちっぽけな存在だし、特別でもない。


けれど私は私であって思春期のいたいけな少女でも、明るく元気な少女でもないんだ。


 私が私であるから、身体と心の故障が起こったのだと思う。


心因性の症状(不調)は、きっと個人が個人であるから起こるのだ。


個人的な悩みに、年齢とか性別みたいな「普遍性」を持ってこられると、何と言うか興醒めしてしまう。


精神科にはそれきっり行っていない。

       〜〜〜


 自習室の時計は22時48分をさしている。


ノートを閉じてリュックに荷物をまとめる、椅子から立ち上がると、少し目眩がして机に寄り掛からなければならなかった。


そうか今日も起きてから水とコーヒーしか口に入れて無かった。


と言ってもまだ起きてから数時間しかたっていない。


夕方の17時に目覚め19時に家を出た、そうすると20時に帰ってくる母さんと顔を合わせずに済む。


 外は相変わらず雨が降っている。


私の小さな折りたたみ傘だと背負っているリュックが濡れそうだ。


こういう日に限って多希くんはバイクだし、仕方なく私は塾から駅に向かって歩く。


街の看板の灯や車のライトで雨粒が照らされて綺麗だな。


 駅前のコンビニ入ると、うっすらと暖房が入っていて、もう冬がやってくるのだと不思議な期待感の様なものを感じる。


コピー機と栄養ドリンクの棚の前を通りすぎ、雑誌コーナーの前で立ち止まる。


今週の連載の漫画を確認してしばらく立ち読みする、この時間帯はお客も少ないし遠慮なく立ち読みできるのだ。


 私が三冊目の雑誌を手にした頃、一人の少年が入ってきた。


私と同い年くらいで背も同じくらい、服は黒色のナイロン生地のパーカーを着ている。


 学校に行かなくなって夜をふらつき始めてから、なんとなく見ただけで同族かどうか雰囲気で見抜ける様になった。


同族というのは結局家に帰らずに朝までフラフラと時間をやり過ごしている奴のことだ、そう言う若者がこの町にも多くはないが一定数いる。


追っている連載がある雑誌を全て読み尽くしても、時間は23時を少しすぎたくらいだ。


降っていた雨も落ち着いたのでコンビニを出ると、冷たい夜風が気持ちいい。


 家とは反対方向に国道沿いを歩いて行く、この時間帯からは車の数が減って、不思議な静寂と、国道特有のオレンジ色の街灯が、なんだか私をこの夜に受け入れてくれてるような、そんな気持ちにをさせる。


国道沿いをどれだけブラブラとゆっくり歩いても、結局深夜営業の店、オーバースリープに辿りつく。


この店はなんと言うかちょっと変わってる、何がどう変わってるのかを説明するのは難しいけれど、そんなことどうでもいいか。

       〜〜〜


 私はいつもの定位置、窓辺の4人がけの席に座る。


オーバースリープはハリウッド映画に出てくる様なダイナーみたいだ。


照明の具合とか、かかっている音楽とか、スタッフとか、メニューとか、とにかくお洒落でイケている。


私は昼間にこの店に来たことないし、ネットにもこの店の情報が載ってない。


私が知ってる限りあくまでもひっそりと、でもムーディーにオーバースリープは夜に在る。


「よっナッティー!いつものコーヒーセットね」


「うんそれで、カンくん…」


シェフ件ウェイターのカンくんは、お冷をさし出すと店の奥に消えていった。


「はいコーヒーセット、今日はシアトルドックにしてみたんだ」


そう言ってカンくんは私の向かいの席に座る、この店はなんと言うか、間違えて違う星の都市のファミレスに迷い込んだみたいな感じがする。


 だってカンくんはシェフ件ウェイターで仕事中で、まだ全然お客さんがいるのに、お構いなしに私の席にやってきて料理の感想を求めてる。


けれどここに通い出してもうすぐ三ヶ月、もう慣れたと言うか、オーバースリーブに馴染んできた。


「うん美味しいよ、このマスタードとオニオンがいいね」


「だろう俺は天才だから、そうだ今日ね久しぶりに古い友達が来るんだ」


 カンくん制服のネクタイを緩めて、ポケットから煙草をとりだす。


私思うんだけど、ちょっと堀が深い髭ズラの中年のタバコを吸う仕草って、結構色っぽい。


背が高くてひょろっとしていて、顎髭をはやして目の下にクマを作って、いかにも不健康そう、


でもそれが私を惹きつける、なんと言うか、カンくんは特に完成してる。


 私は指についたマスタードとケチャップをナプキンで拭きながらきく。


「へぇーどんな人?美人?」


「ナッティーはすぐにそうなこと言う、坊やだよ、年はナッティーとおんなじくらいだったかなぁー」


カンくんは窓の遠くを見ながら、昔のことを思い出すかのような表情をする。


「うん想像つくよ、カンくんって年下の子と一緒にいるの好きだもんね」


「まぁーね」


 私はダラダラとテーブルに塾で出された課題を広げて取り掛かる。


カンくんは仕事をしたり、私にちょっかいを出しにきたり、わからない問題を教えにきたり、フラフラとしてる。


 第一この店オーバースリープには、真面目、勤勉、と言った言葉は存在しない。


まずここの料理長のてっちゃんは遅刻魔だし、もう一人のウェイターのあかねさんはかっこいい客が来たら必ず口説きにかかる。


そんなに大きな店じゃないから誰かが二日酔いとか、鬱とか、寝不足とかで休んでも、誰かがその分をカバーして、店は回ってる、別にいつでも店は閉めれるんだし、とスタッフ一同呑気なものだ。


 私もこの呑気さ、気ままさに惹かれてオーバースリープに居着いている。

だから自然とお客さんものんびりとした、不思議なひとたちが集まるのだ。


 柱時計が3時15分をさしている。


この頃になると私は課題もとっくに済んでいて、店のソファ席の向かいある巨大モニターで、カンくんが家から持ってきたギャング映画を見る。


店にいるお客さんも顔馴染の人が増えてきて、そんな彼らも気が向いたらソファに集まってくる。


 私はこの時間が大好き、私の特等席、ソファの真ん中であかねさんの肩にもたれながら、カンくんの座ってる場所に自分の脚をほうり出す。


この時私の脚をカンくんが撫でたり摘んだりするから、キュッと睨んで威嚇して映画を見るんだけれど、結局そんなやりとりは二、三回行われれば私の脚はカンくんの自由にさせる。


あかねさんの肩にもたれながらカンくんに脚を撫でられるのは、心地よくて、すごく安心するのだ。


 私は心開ける人とのスキンシップを求めていたし、相手がその気ならばもう何も気にする必要はないと思う。


勿論カンくんが私を奪おうとしたら、私はカンくんをどうにかしちゃうと思うし、その前にあかねさんがボディーブローなりヘッドロックなり喰らすけれどね。


 映画が終わる頃、もう柱時計は5時をさしている。


何人かは眠っていて、何人かは帰っていて、何人かは映画に飽きて他のことをしている。


私もウトウトとしていたけれど、カンくんが私の脚をどかしてソファを離れるので後をついていく。


店を出て外の空気を吸って、タバコを吸うみたいだ。


「起きてたのか、眠いんだろ見たらわるよ」


カンくんはプカプカとタバコを吸いながらまだ寝静まっている町を見つめている。


その横顔はカンくんが時々見せる、寂しい時の顔だ。


 私はうっとりと眠気と共にその顔に見入っていた。


「結局来なかったな、、」


「私と歳が近い坊や」


カンくんは頷くと、店のドアの前の段差に腰掛けて、ポツリポツリと語り始めた。

       〜〜〜


 カンくんが話てくれた古い友達は、すばるくんと言って2年前までよくここに遊びに来てたそうだ。


彼も行き場をなくしていて、カンくんと友達になった。


カンくんは懐かしそうに色んな思い出話を聞かせてくれた。


すばるくんは悪ガキでしょっちゅう学校を停学になったりと色々大変だったこと、そのくせ歳の離れた弟には凄く優しくて、それがおかしいこと。


まだまだカンくんは話てくれたけれど、正直途中から寝てしまって覚えてない。


 気が付くとカンくんが運転するミニクーパーの中だった、家まで送ってくれるらしい。


時刻は5時47分、あと30分で母親が起き出す時間だ。


まだあたりは暗くひんやりとしている、車内は暖房はかかってなくて窓から入る風が冷たくて気持ちいい。


「さっき変な夢を見た」


私は一人言の様に呟いた。


「どんな夢?」


カンくんはバックミラー越しに私を見て尋ねる。


「なんか銀河の中みたいなところで卓球する夢、宇宙空間みたいな場所でさ、卓球台も心なしか銀河っぽくて、それで相手が昨夜コンビニで見かけた少年だったの。もしかしたらその少年がすばるくんだったりして」

       〜〜〜


 6時5分、母さんが起き出す前にそっと裏口から家に入った。


家の中はしんと静けさだけが漂っている、階段を音を立てない様に登り部屋に入る。


ベッドに腰を下ろし軽く肩を回す、夜中出歩いていたから疲れてはいるけど、オーバースリープで少し寝たしまだ眠くは無かった。


けれど早く眠りたかった、もうすぐ母さんが起き出す時間でガチャガチャと忙しなく支度をしだす。


もう少し落ち着いて静かに出来ないかな、、、母さんのわざと音を立てて自分の存在を示している様な態度が嫌いだ。


 そんなことを考えると眠れるわけもなく、耳にイヤホンをはめてぼーっと天井を眺めたりする。


カーテンの隙間から外の光が漏れ出すと、憂鬱と寂しさで身体がバラバラになって私の存在が粉々になっていく様な気がする。


もしも存在と言うもの自体が魂と同じものだったら、私の魂はからはなんの音もしないだろう、ただ静かに、静かに、魂の青白い炎が揺れているだけだ。


そして私はそれを望んでいる、きっと私の魂から音が出るとしても、耳障りの悪い音しか出ないはずだ。


カンくんのそよ風のような音や、あかねさんのフルートの様な音はきっと出せない、、、そんなことなら私は静寂を貫く方がいい。


 ずっと耳鳴りの様なノイズが鳴り響いている、その音に耐えられず耳を塞ぐけれどそれは収まる気配がない。


この音をなんとかしないと、けどその音の発生源を突き止め様にもどこから鳴っているのかが分からない。


もしかしたら私の頭の中でだけ鳴っている幻聴かもしれない。


でもなんとかしなくちゃ。

       〜〜〜

 そこは天井がやけに高い部屋だった、釣り照明とその鎖が延々と上へ伸びていて、不思議な風の流れがある。


下から上へ登っていく様な大きな気流だ、私が寝ていたベッドから起き上がると足元に靴と、長方形の板がある、板の前方中央に胸の高さくらいの取手のついた棒がつけられている。


「これ乗れるかもしれない」


なんとなく直感でわかった、靴を履き板の上に乗る、棒を手前に引くと板全体が震え出してゆっくりと浮上していく。


「すごい!まるでS F映画みたい!」


ある程度の高さまで上昇すると板はさっきの下から上への上昇気流に乗ったようだ、板全体がグッと下から押される様な感覚がする、風に乗るってこんなに気持ちいいんだ!

 板の操縦は感覚だった、棒で上昇、下降、体重をかける方向に板も進む、すぐに慣れた。


この空間の一番上までくると天井はトタンで覆われていて所々トタンが剥があってそこから外に出られそうだ。


棒をグッと手前に引くと板は上昇しながら前へに進む、慎重にトタンの天井を抜ける。


天井を突き抜けると辺りは不思議な世界だった、私がいた世界にはない規模の塔や、城、岩山、雲、がどれも巨大で雄大にある。


 どうしてトタンの天井からこんな所につながっているのだろう?


空は青いけれど所々夕方の様に赤かったりオレンジだったりする、所々昼、または夕方、って感じ不思議だ。


けれどもそれが全然悪くなくて素敵だ。


私がこの世界に入ったトタンの屋根がある場所は、高い丘の上にあって、そこからなだらかに傾斜して盆地になっている、その先に大きな城があって城下町がある。


「まずはあの城の方へ行ってみようかな」

      〜〜〜


 板で丘を降る、足元に草花咲いていて、草原の様になっている。


しゃがみながら地面に手を伸ばすと手の中に草花が通り過ぎていくのを感じる。


本当に現実感が強い世界だなぁ。


しばらく進むと小川の辺りに小さな家が立っている、家の裏には畑が広がっていたり、馬が繋がれていたりする。


誰かいるかもしれない、なんとなくその小さな家の前をぶらついていた、小川で水を飲んだり、馬を撫でたりしていた。


「見ない顔じゃのー」


この家主と思われる老人は、私が乗っているのと同じような板に乗って現れた。


足元には紙袋が二、三個置かれていてどうやら買い出しの帰りみたいだ。


「こんにちは」


その後の言葉に詰まった、本当に一体ここはどこなのかを尋ねたい気持ちでいっぱいだったけれど、よく考えたら私が何処から来たのか、何者なのかうまく説明できない気がした。


老人は何も尋ねないので沈黙が訪れた、どうしようこのまま行ってしまおうか?


「茶飲んでいくんだろう」


「え?」


 私は困惑したけれど老人は平然と。


「ここは茶店だ」


あぁそう言うことかそしたら飲んでいこう、それが一番自然だ、お茶でも飲んでこの先にことを考えればいいか。


「山羊の乳で煮出したチャイだ、熱いからきーつけて」


小さな家の中の椅子に座ってテーブルに向かっていると、老人が奥のキッチンから出てきてチャイを差し出す、大きなマグカップ多分陶器だ。


老人は向かいの椅子に腰掛けて自分の分のチャイを飲んでいる。


 老人は特になのも喋らないのでまた沈黙になるが、なんと言うか居心地の悪い様な気まずさはない。


老人は奥の部屋に入っていった、扉を開けて少し中を見ることができ、その中は壁一面の本棚だった、私の座っている椅子から見えるだけでも相当の数のがある。


老人は大きな一冊の本を持ってきた、書いてある文字は見たこともなくて読むことができない、外国ごと言うより古代の文字を連想させる。


「この世界はマイクロフォーサーズ」


「お前さんのことろの宇宙とはまた違う次元の宇宙だ、お前さんのところは化学が発達してるらしいが、ここではまた違う分野が発達している」


  老人は本を開いてヘンテコな図を指さす。


「マイクロフォーサーズは大陸や星と言った概念がない。


お前さんには斬新かつ新鮮に聞こえるじゃろうが、このマイクロフォーサーズが一つの宇宙であってそれを大気や星と言ったものが隔てると言うことがないんだ。


そしてこの大陸と言った概念がないと言うのは、地面が少しずつ移動していて、またその先に大陸が途切れたり空があったりとその境界がはっきりしないのだ。


まぁ実際に見てみるしか納得できないだろうが」


 私はうまくそれが飲み込めなかった。

〜〜〜


「どう言うこと?私の身に何が起こったかよく分からないんだけど、それをあなたは知ってると言うの?」


老人は頷く。


「じゃぁ教えて今すぐ、ここはどこなの?なんであんたが私について知ってるの?」


老人は大笑いして私の話をろくに聞こうとしなかった、意味が分からない。


「まぁ焦るな、出口は丘の倉庫のトタン屋根だ。おいアデス!この嬢ちゃんを元の宇宙に返しておやり!」


 そう叫ぶと一人の少年が家の中に入ってきた。


何処かで見たことがあるような気がした、気のせいか?それよりも老人の言葉に納得できなかった。


「ちょっと待ってよ、教えてよ私なんにも分からないんだけれど!」


「それなら全部アデスが話すわい、ちょっと時間が立ちすぎとる、早く元の宇宙へおかえり」


意味が分からない、私は急に不安になった、イライラと気持ちが落ち着かない。


「さぁ行こう」

       〜〜〜


 アデスと言われる少年が手を差し出すけれどそれを無視して、板に乗ってなんとか動かそうとすけれどさっきみたいに上手く浮んでくれない。


「それじゃダメだよ、呼吸が乱れてる、深呼吸して」


アデスは吸ってー吐いてーと内科の医者みたいなことをしだす、私は無視していたけれど板は浮かない。


結局ゆっくりとアデスの呼吸を真似て深呼吸をすると板が浮き出した。


「すごい!」


ただ板を浮かしただけなのに思わず声に出た。


「さぁ着いてきて」


アデスも同じ様な板に乗っている。


けれどアデスの板は私のと違ってサーフボードみたいに細長く前後が突がっていて全体に丸みを帯びていて、なんと言うかスタイリッシュだ。


アデスの板は丘へ向かって草原を低空で滑る様に飛んでいく、すごいスピードだ私も真似してみるけれど全然アデスみたいな速さは出ない。


「ちょっアデス!早いよ!」


私が叫ぶとアデスは先で止まって待ってくれていた、私を見るなり手を差し出す。


私もよく分からないまま左手を差し出す、右手は板の棒を持ったままだ。


アデスは私の左手の手首を掴んだ、私もアデスの右手の手首を掴む。


「ちゃんと掴んでいて、離したらダメだよ」


 そう言うとアデスの板に引っ張られる様にどんどん加速してく、早くて目を開けるのもやっとだ、、


アデスの後ろを見ながらやっと恐怖と言うものが込み上げてくる様だった。


「怖い?」


アデスが振り返って訊くので私は首を振る。


「名前なんて言うの?」


「私はナッティー」


アデスは聞くと嬉しそうに微笑んですてきな名前だって言った。


 「俺のは本当はプレアデスって言うんだ。俺の一族の先祖から脈々と受け継いできた名前なんだ」


いつの間にかスピードが落ち着いている、ゆっくりと草原の丘を登りながら私たちは話した。


「さっきの老人が話していたことは何?ここはなんなの?私のいたとことどう違うの?」


アデスはポリポリと頭を掻いていかにも「一度にそんなに聞かなくてもいいじゃないか」と言いたそうだ。


「さっき老人は俺の爺ちゃんだよ、ポートアデスって名前なんだ。


だからポート爺ちゃん、そしてこの宇宙はマイクロフォーサーズ、ナッティーがいる宇宙とはまた違う次元の宇宙だよ」


「さっきポート爺ちゃんが言ってたように、ナッティーの居た宇宙では絶対的な一つの宇宙しか存在しないとされてるみたいだね、けれど実際は違う。


実際は宇宙は分裂を続けている。今もね、何回も何回も分裂して何万、何億と言う数の宇宙の中で安定して調和している宇宙に今ナッティーがいるんだ。


口で説明するのが難しいけれど、宇宙と言うものはほとんどが不安定で成長できないものなんだ。


自分自身のエネルギーに耐えられなかったり、自分自身に飲み込まれてしまったり、または永遠に成長しないまま同じサイクルを繰り返したりね。


 今ナッティーがいる宇宙は運よく無事に成長して、調和してるんだよ、そしてここマイクロフォーサーズも方向性は違うけれど、成長を続けてるし安定してるんだ」


「、、、、、、」


「何黙ってんのさ」


「、、、、、、」


「意味わかんないって?」


私はブンブンと縦に首を振る。


「全くしょーがないなー、そしたらこれは夢だ!」


アデスはパンと手を叩く。


「ってことにならないかなーって、でも、それは無理だから、ちゃんとナッティーを元の宇宙に送り返してあげるからね」


 アデスはそう言ったけれどよく分からない、とにかく早く元の世界に戻りたい。


 けれどどうやって元の宇宙に戻るの?


アデスの方を見るけれど、「まぁ着いて来なよ」と言わんばかりにこっちを見るだけだ。


「ねぇ!アデス!なんとか言いなさいよ!」


けれどもアデスは黙ったままだ、何なのよ、なんで無視するの?


浮遊する板で丘を登りながら、こっちの世界の入り口になった倉庫のトタン屋根指す。


 倉庫に着くと、アデスはこっちを振り返り私の目を見ると、トタン屋根が剥がれたところに板に乗ったまま滑り込むように入っていった。


「なんで何も言わずに行っちゃうのよ!」


私はなんとかアデスの後を追おうと、板の棒をグッと奥に押し込んで倉庫の中へ入って行った。


中に入ると当たりは真っ暗になって、上下左右が分からなくなってしまった。


それはすごく恐ろしい感覚だった、それでも私はアデスについていく事しかできないし、なんとかそうやってしてたつもりだ。


 けれどもどこまでそれが出来ていたかは分からない、宇宙と宇宙をまたぐ感覚は夢と現実を行き来する感覚に似ている。


起きたと思ったら夢の中で寝ていると思ったら起きている、それを何度も繰り返すような不思議な感覚だ。


結局私は意識を失ってしまった。


 気がつくと私は、見覚えのあるオーバースリープのソファに横になっていた。


「あれ?私なんでここに?」


目覚めの感覚は素晴らしいものだった、例えるなら元日にアラームなしで自然に目を覚まして、カーテンを開けるとちょうど朝日が遠くの山から顔を出しているような。


「清々しい目覚めだわ、すごくスッキリしてる」


「起きたか、全くナッティー心配かけやがって、丁度昨日のこの時間から眠っていたんだよ」


 時計を見ると午後23時26分だった。昨日のこの時間からってことは。


「24時間丸々眠っていたの?」


「あぁ、まるで眠り姫みたいに安らかにな」


カンくんは水を渡すと外に煙草を吸いに行った。


アカネさんが私のそばにきた。


「ナッティーが起きて安心したわ、カンくんはあんな感じだけれど、すごく心配してたのよ、言葉にはしてなかったけれど、あんまり安らかに眠っているからこのまま起きないんじゃなかって」


アカネさんはじっと私を見つめてそっと手を握ってくれた、アカネさんの手は暖かくて優しかった。


「ありがとう、アカネさんも心配してくれてありがとう」


「いいわよ私は、さぁ行ってらっしゃいあの子拗ねちゃうわよ」


アカネさんは厨房へ消えて行った。


ソファの中で不図思った、私は家も学校を居場所がないけれど、けれどそれでもここがある、アカネさんもカンくんも居る、だから、、、


外に出ると冷たい風が心地よく、国道沿いをのオレンジのライトが静かに灯っている。


 カンくんは壁にもたれ掛かる様にしてタバコを吸っていた、灰皿にはもう何本もの吸殻が溜まっている。


「カンくん」


「なんだよ」


「心配した?」


カンくんはふてくれされた様にそっぽを向いて。


「当たり前だろ」


「カンくんありがとう、私を心配してくれて、丸一日もずっとそばにいてくれた、それに起こさないでいてくれた」


「それは、お前があんまり安らかに眠るもんだから、きっといい夢を見てるんだろうってな、それだけだよ」


私は瞼に込み上げるものをぐっと抑えて、微笑んだ。私はその眠りの中で大切なことを成し遂げたんだ。


「カンくんきっとね」


私が言いかけると同時に店の扉が開いた、入って来たのはこの前コンビニで見かけた少年で、マイクロフォーサーズで出会ったアデスそっくりの少年だ。


「すばるか!やっと会えた!」


カンくんはアデスを見るなり抱きついた、私はそんな二人を見て瞼から水を流した。



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