高位貴族を敵に回してただで済むと思うなよ?
息抜きゆるふわ作品です
侯爵家の執務室、私の机には業務とは別の報告書が数枚並んでいる。
『ウェンサー伯爵令息の素行調査結果』
我が侯爵家の長女ガラテアの婚約者の調査結果である。
ウェンサー伯爵家とは現在貿易を円滑に行うための新規街道整備の事業を進めており互いの家の利益となることもあり政略で娘と伯爵令息の婚約がなったわけであるが、どうにもその雲行きが怪しいと思い調査すれば、ずいぶんと埃が出てきたものである。
「つまり、婿入り予定だったバカ令息はガラテアがいるというのに浮気をしていると」
「はい、ハーマン令息は、月に一度の茶会への参加、貴族学校でのパーティーなどでのエスコートは行っているようですが、お嬢様の誕生日に届いた花は既製品のメモのみ、アクセサリーなどはここ数年一切送っておりません。伯爵家の交際費をその浮気相手につぎ込んでいるようです」
私の問いに執事が答えてくれる。
まったく我が侯爵家を馬鹿にした行いではらわたが煮えくり返る。
さらに困ったことなのは、ガラテア自身が声を上げていないことだ。
「ガラテアは気づいているのか?」
「うまいこと御隠しのようです。ガラテア様は少々お気づきのようですが確たる証拠がなくといったところでしょう」
なるほど、ガラテアに見せつけ嫉妬心を煽ろうというようなバカはしていないわけか。
その手はガラテアには悪手だろうと、わかってはいるのだな。
しかし、同じ男としても婚約した相手がいるにもかかわらず愛人を持とうなど虫唾が走る。
「一度、ガラテアと話をする。王都へ行くぞ」
「わかりました旦那様」
妻と執事に領の執務を任せ私は王都へ出ることにした。
侯爵領でやれることには限度がある。
そちらについてはすでに手を打った。
あとは娘への確認だが、手紙だけで済ませられぬのがガラテアだからな…
1週間後、王都のタウンハウスに到着した。
今はガラテアとその世話をする者たちが住んでいるだけだ。
本来ならガラテアが結婚した際はしばらくこの屋敷で過ごしてもらうことになっていたのだが、それはしばらくお預けだな。
到着後、王都での案件を片付けつつ貴族学校が終わり帰ってきた娘を出迎えてやる。
「お、お父様」
「久しぶりだなガラテア。元気にしていたか?」
「はい、お父様…ですが何のお便りもなく突然お見えになるなんて、何かあったのですか?」
「あったから来たのだ。ガラテアついてきなさい」
顔色を見る限り、本当にガラテアは何も気が付いていないようだな。
妻に似て美しい白い肌をもち、ライトブルーのストレートヘアを持つガラテアは“表情が読みにくい”という欠点がある。
貴族的には正しいのだが、家族と一緒にいてもほとんど表情が動かない。
さらには手紙などでは貴族的言い回しをもって本音を話さないという性格だ。
子供のころからおとなしすぎる子であったのだが、貴族教育を施せばそれはもう見事な貴族令嬢に育ったのだ。
問題は家族にすら素を見せないこと。
だが、私と妻なら彼女の変わらぬ表情を読める。
それに読みにくいだけであって全く変わらないわけではない。
このことはハーマン令息に何度も伝えたことだ。
何なら二人が幼いころ、私や妻が同席してわずかな表情の違いを教えたほどだ。
が、無駄だったのだろうな。
いつでも見本のような貴族令嬢である娘よりも表情がころころ変わる平民上がりの男爵令嬢がわかりやすくて転がされたのだろう。
それが奴の運の尽きだ。
「これが奴の素行調査の結果だ」
そういってガラテアに調査結果を手渡す。
しばらくそれを眺めたガラテアは「あらまぁ」とだけ言った。
「侯爵家を馬鹿にした男には相応の罰が必要だ。こちらをなめてもらっては困る」
「はい、ですが伯爵家との事業は?」
「問題ない。ここまで進めば別に婚姻の必要がない程度の状況だ。それに伯爵家には使いを出している。2~3日中には向こうから人が来るだろう」
「では、この婚約は…」
「こちらから破棄する。慰謝料の請求はハーマン本人に行う。奴の愛人とその家族は…まぁ知らぬが良いだろう」
「娼館送りや鉱山送りでしょうか?」
「いや、消えてもらう」
「そうですか」
一切表情が変わらぬガラテアだが、私の目から見ても落ち着いて見える。
「念のため聞くが、ハーマンに何か思う事はあるかい?」
「ありません」
即答する娘の顔からは落胆と安堵が読み取れる。
「ガラテア、すまなかったなこんな婚約を結んでしまって」
「やめてくださいお父様。貴族として生まれたからにはやむないことと思っております」
私の心配と謝罪を受け取ってくれたのか、ガラテアの表情が少し柔らかくなる。
「私は、お前の幸せを願っている。いくら貴族の生まれだからといって望まない結婚をさせる気はない。何かあればすぐに相談しなさい」
「はい、お父様」
会話を終えたガラテアは帰ってきた時とは違い憑き物が落ちたように表情が軽くなったようだ。
浮気がなかったとしてもハーマンとの結婚は彼女に負担を強いていたのだなと改めて気が付いた。
翌日、ガラテアは一日学校を休んだ。
思うところがあったらしく、朝食の席で少しの間自由が欲しいと願ってきたので許可をした。
幾ら自由といっても侯爵令嬢としての自由であって羽目を外すという意味ではないことは彼女の表情からわかっていた。
その日の午後、ウェンサー次期伯爵がやってきた。
ウェンサー家の長男である彼が来たという事は…そういう事だろう
「この度は、大変申し訳ございません」
「それはよいが、伯爵はお元気か?」
「風邪をこじらせ執務が行えないようですので隠居していただきました」
つまりはそういう事である。
両家の契約を蔑ろにした息子の責任を取っての引退。
まだ若いが、社交にも領政にも明るい長男に家督をゆずったという事だ。
まぁそう仕向けたのだ。
ハーマンの除籍、伯爵の引退。
これがこちらからの要求。
呑めないのであれば、伯爵家の有責にて婚約を破棄、慰謝料として伯爵家資産の半分を要求した。
まぁ呑むだろう常識的に考えて。
伯爵家は現在状況は悪くない。
それをわざわざ悪くすることなど跡を継ぐ長男からすれば認められないことだ。
だから早急に状況を整えたのだろう。その手腕はなかなかだ。
今後も付き合うだけの価値がある。
「請求はハーマン本人のみとする」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「優秀な人材をむざむざ失うのは国の為にならぬのでな」
新たに伯爵となった長男殿と固く握手をする。
さて、あとは例の男爵家だが…時間の問題だろう。
王都での用事を終え、ガラテアが順調に学校生活を送っているのを確認してから領に戻った。
「旦那様、こちらを」
執事から書面を渡される。
ハーマンが囲っていた男爵令嬢の家の状況だ。
わずか3週間だが、爵位を返上する羽目になったようだ。
当然貴族でなくなった娘は学園を退学となった。
「早かったな」
「領地を持たぬ男爵家では耐えられぬかと」
「それもそうか」
何をしたかを端的にいえば、借金の督促と商取引の停止だ。
男爵家が金を借りていた商会に対して支払いを延期してもらっている分を即刻支払ってくれという督促状に国がサインしたものとともにもっていかせた。
商会からすれば渡りに船だったろう。
ともすると踏み倒される可能性がある貴族の借金を国の許可を得て取り立てられるのだから。
さらには、借金の支払い遅延を盾に王都にあるすべての商会が取引を停止した。
借金を返さない限りは店で買い物すらできない。
逃れる方法は一つ、爵位を返上しその対価として現金を受け取って借金を返すこと。
取り立てる金額は爵位分としていたし、それ以外の借金はこちらが肩代わりした。
爵位を返上せずに返すことは不可能だったろうし、仮に返せてもこちらが借金を肩代わりしている。
まともな当主ならあきらめることだろう。
実際あきらめた。
「男爵は拾った娘を娼館に売り渡したそうです」
「結局そうなったか…まぁ殺すよりはよい。少なくとも貴族社会からは消えてもらった」
これでほとんど片付いた。
若気の至りでは済まされない罰を受けたろうが、当然の報いだ。
貴族の常識をわからないものには、その貴族の常識をもって報復があるのだから。
私はしばらく空けた領地の仕事を妻から確認し、再び日常に戻ったのだった。
そして卒業とともに我が家に戻ってきたガラテアは、二つ隣の子爵家の次男を連れて帰ってきた。
どうやらフリーになった後から付き合い始めたらしい。
その情報についても事前に得ていたので、かの子爵家の状況については確認しており、特に問題もなければ政治的しがらみもない。
まぁ婚約も婚姻も問題なかろう。
ガラテアが幸せならそれが一番いいのだからな。
とはいえ、何のうまみもない婚姻など貴族間には存在しない。
子爵家ではチーズが特産だという。
伯爵家との間にできる街道によって、ブランド品として売れる可能性が高い。
我が領での関税率をさげることで子爵家も利益が出るだろう。
なかなか良い婚姻となりそうだな。