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怪談  作者: ふりまじん
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「その話なら、アタシがしましょう。」

研二さんが提案する。

一瞬、子供達は不満そうだった。が、研二さんが話始めると、出来上がって行く昭和のゴシックホラーな雰囲気に子供達はのまれていった。


黒四ダム…黒部にある巨大なダムの建築の話に、私も引き込まれて行く。


彼は、その時代から、山に携わっていると自慢した。

そして、休みになると、まだまだ、未開だった黒部の山々を猟師や山菜取りの人達と渡り歩いたりしたのだそうだ。


スマホどころか、電気もまだ、十分に配置されていない時代、仕事が終わって人達の娯楽と言えば、皆で集まって話したり、ギターを弾いて歌ったりすることだった。


曲と言っても、それほど曲種がない時代、歌われるのは、民謡や山の歌、昔話や民話などで盛り上がったりしたのだそうだ。


少しだけ、違和感を感じた。

研一さんは…確かに、私より年上ではあるが、話が随分と古く感じたからだ。

「あの人、話が上手いですね。」

頃合いを見計らったように秋吉が私の右横に腰かけて耳打ちする。

「ああ。」

私は左横に座る結衣ちゃんに気を使って相づちをだけ打つ。

「本当に、ご無沙汰してました。」

秋吉の言葉を流して聞いた。


そんな事をしている間に、研二さんの十六人谷の話が始まる。


『十六人谷』と言う話は、昔話なので、人伝(ひとづて)に色々な尾ひれや改変が入る。


が、基本、老人と数人(15人とも16人ともいわれる)の木こりが登場し、老人の夢枕に柳の精の女がたつ。

そして、ある柳の木を切らないように頼むのだ。

老人は、木こり達にその話をするが、聞き入れて貰えずに木は切り取られてしまう。


そして、その夜、あの夢の女が現れて、木こり達から生気を奪い殺して行くのだ。



基本の話を、昭和の話に混ぜ混みながらすると、そこから、アレンジの話を始める。


研二さんは、山で仕事の合間、生薬ハンターの男と知り合う。


当時はまだ、漢方薬に使われる、珍しい生薬を山で探す人物がいたのだそうだ。

ゲンノショウコウやら、メグスリノキ、サルノコシカケなどのメジャーな生薬の他に、ほぼ、幻のような生薬もあるらしい。


研二さんが知り合った男は、珍しい山の柳を探していた。

ある夏の終わり、男は、その山の柳の噂を聞いたと言った。

山歩きの好きな研二さんは、盆休みと言うこともあり、家に帰らずに、男について行く事にした。


柳と言っても、川のほとりで揺れているシダレヤナギが有名だが、種類が豊富で山の中には、低地に広がるように繁る種類のものもある。


ヤナギは、鎮静効果等があり、東洋、西洋共に薬として書物に記されている。


が、男が探しているのは、そんな普通のものでは無かったらしい。

黄金色に輝く葉を繁らせる、伝説の柳の木なのだ。


昔話は16人だが、研二さんたちは6人で部隊を作った。

伝説の生薬を探すのだから、普通の山岳道は使わない。

これは、その山の民を仲間に、彼らを案内人に秘密の山道を探索する。


普通では、決して通ることの出来ない、レアな登山体験であった。

研二さんには、それだけで十分、ついて行く価値があった。


その頃、山には、山の民がいて、夏場、男は山で隅をつくって暮らすのだと言う。

登山道から外れるため、夜営は、そんな炭焼き小屋などに止まった。

鳥や、ヤマメ、山菜など、食事は思ったより豊富でうまかった。


炭焼き小屋に泊めてもらい、日本酒をお礼に渡し、葡萄酒でもてなしてもらう。


そんな風に数日、山を歩き、ある月の夜、研二さんは夢を見たのだそうだ。

長い髪の美しい女性が、研二さんに話しかける。


『この先、柳を見つけても切らないでほしい』と。


なかなか、面白いアレンジの話だと思った。

まるで、見たように終戦間近の日本の山を表現していた。


細かい植物や、昆虫、不思議な鳴き声や妖怪の話…そんなものを上手く話に取り入れていた。


「あの人、何者でしょうか。」

秋吉が驚愕しながら呟いた。

まあ、ここから浅草は近い、昔の落語家や芸人もわりと近所に住んでいたりもする。秋吉には、そんな人物に研二さんがみえるのだろう。


「さあ。」

私は、話に集中したくて曖昧に答えた。

話の佳境に入り、結衣ちゃんが不安そうに私の腕にしがみついてくる。



金色の葉の柳は、確かに見つかった。

それは、噂から導き出した場所と近かったとしても、あの夢の女性を偶然だとは思えなかったと研二さんは言った。


藪を掻き分け、枯れ谷を登った先に見つけたのは、まさに『黄金の柳の海』だったのだ。


黄金の葉の伝説は、わりとある。

葉っぱは、枯れると黄色くなるし、そこに光沢が加われば、金色にみえるからだ。

西洋では宿り木が、

会津磐梯山では、笹に黄金が、

伝説は、それほど珍しくない。


その柳も…何かの関係で、枯れただけなのかもしれない。

が、笹が黄金色に変わったら、飢饉が来るなどと言われて育った研二さんは、その金の柳の海に、禍々しい恐怖が込み上げてきたのだそうだ。


そして、皆を止めた。


その葉を…柳を切ってはいけないと。




が、願いは聞き入れられなかった。

男は狂ったように木を刈り取り、そして、山小屋へと帰った。


その夜は、祝杯をあげて、薫製にしたヤマメを摘まみに生薬の値踏みをしていた。

が、研二さんだけは、寒気がして早めに眠った。


喉が乾いて目が覚めると、月明かりを浴びて、あの夢の女が立っていた。

音もなく彼女は近づき、そして、一人一人の唇にキスをする。


それは、とても艶かしくもあり、恐ろしげにも感じた。

研二さんは激しい耳鳴りと金縛りになりながら、その様子を黙ってみていた。

そして、自分の番が来た。


女は動けない研二さんをしばらく見つめていた。

研二さんは目を閉じていたが、それでも、あの、冷たくも美しい顔が見えたと言った。


誰もが動けなくなった。

一瞬の間を置いて、女が添い寝をして来た。

研二さんは動くことも出来ずに自分の心臓の暴れる音を聞き続けた。


女は研二さんの横で、何やら昔の歌を囁くように歌い、それが終わると、さも、名残惜しそうに耳元で囁いた。


「あなたは、葉を摘まなかったから、助けてあげる。」


研二さんは気絶した。そして、朝になると、他の仲間が冷たくなっているのに気がついた。


普通、ここでパニックになりそうなところだが、研二さんは、まるで、とりつかれたように、あの『十六人谷』の昔話を思い出し、調べずにはいられなかった。

あの、生薬ハンターの男の口をこじ開けた…


なにか…甘い香りがして、舌が腐り落ちたように赤黒く無くなっていた。





「それから…アタシは狂ったようにもと来た道を下り、人を集めた。

みんな、死んでしまった…そして、アタシは…帰り道を忘れてしまったのですよ。あの、お兄さんに会うまでは、ねえ。」

ふいに秋吉に声がかかり、秋吉は驚いて研二さんをみた。

子供達は、私の回りに団子状に集まって、不安そうにしていた。


秋吉は、この、物凄い注目を集めた状態で、何を言うのか、迷っているようだった。

そんな、ドロドロとした雰囲気を、破ったのは研二さんだった。


研二さんは、立ち上がり、秋吉の方へと歩いてくると、穏やかに微笑んだ。

それから、秋吉の目を見つめながら、こう言った。

「これでやっと、家に帰れます。ありがとう。」


研二さんはそう言って、ゆっくりと口を開くと、舌をベロリと秋吉に見せた。

瞬間、私は身を乗り出した。

それは、確かに、虫だった。

白く輝く、間接が見えた。

ゾウリムシ科に違いない。

ドキドキしてきた。

それは、父に連れていって貰った鮮魚センターでウオノエを見つけたときを思い出させた。


人に寄生する、こんなに大きなウオノエがいるなんて!

新種ではないか!



思わず立ち上がろうとして、子供達に引っ張られた。


そして、次の瞬間、玄関の扉があき、誰かの声に、その場がパニックに陥った。

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