昔話
部屋の隅から、薄暗い秋吉の背中を見つめた。
さすがに、明かりが必要だな。
そう考えた私は、皆を邪魔しないように静かに引き戸を開けて仏間に向かった。それから、勝山先生の位牌に軽く会釈をすると、ローソクと台をお借りした。
秋吉は、整備された高級楽器のような、美しく通る声で怪談の出所を話始めた。
「これから話すのは、富山県の昔話だよ。」
秋吉は話始めた。
それは『十六人谷』と呼ばれる物語だ。
十六人谷は実在する場所だ。
確か、黒部の宇奈月の辺りだったと思う。
秋吉には申し訳ないが、山男の私は、黒部渓谷の美しい紅葉や、温泉、味のある電車を思い出して、なんとも懐かしい気持ちになる。
ああ、また、黒部に行きたいものだ。
などと、昔を懐かしみながらロクソクに火をつけてそっとテーブルに置く、
瞬間、子供達の絶叫が響き渡る((((゜д゜;))))
パニックになる子供達に驚いていると、部屋の明かりがパッとつき、しっかりものの結衣が叫んだ。
「落ち着いて!お化けなんているわけないでしょ!」
結衣の鶴の一声に子供は静まり返る。
そして、結衣は私の方へ歩いてきた。
「先生も、仏様のローソクで小さな子供を脅かさないでください!」
小5の女児に叱られて、一瞬、そんなつもりはなかったと、言い訳をしたくなったのは初めてだった。
しかし、小さな子供達をみていると、確かに、仏具を使ったのは、まずかったとすぐに思い返した。
最近の家には、仏壇も神棚も無いらしく、停電もしないから、仏具はオカルト感が漂うらしかった。
私は皆に謝ることになり、そして、愛美ちゃんを迎えに来た、お母さんがさんが差し入れてくれたサンドウイッチを皆で食べることになった。
愛美ちゃんは、近くのお寺の隣に住んでいる小1の女の子で、お母さんは近所のスーパーでパートをしていた。
愛美ちゃんが元気に帰ると、それと入れ替わるように一人の知らない男がやって来た。
「あれ?たっちゃんはいないのかい?」
素っ気なさにも好感を感じる江戸弁風味に男が聞いてきた。
私は、勝山先生が亡くなった事と、今までのいきさつを軽く説明した。
男の名前は研二。
近所の床屋の研一さんの弟らしい。
普通なら、怪しむところだが、あせると頭をかく癖や、目元と顎のラインが研一さんに劇似だったので、とりあえず、彼の願いを聞き入れて仏間に案内した。
研二さんは、仏壇に手を合わせ、来年はちゃんと会いに来るから、と、そんな事を仏壇に呟いて結衣ちゃんを怖がらせた。
「大した意味はないよ。お盆を過ぎちゃったからね、来年は、ちゃんと、お盆に会いに来るって、そう言ってるんだよ。」
私は、結衣ちゃんを慰めながら、その頃のこの家と、自分の事を考えた。
研二さんが、また、会いに来るまでは…なんとかしてあげたいな。
無責任にそんな事を考える。
結衣ちゃんは、少し、不安げではあったが、それでも私の顔を見ると、信頼を寄せるようにこう言った。
「わかった。でも、先生の近くにいてもいい?」
なんとなく不安げな結衣ちゃんの言葉に頷き、そして、テーブルに仏具のろうそく立てをそのままにしていた事に気がついて慌てる。
どうりで、線香をあげないわけだ。
慌てて仏間に返しに行くが、すれ違いになってしまった。
ろうそく立てを仏間に返して、勝山先生の位牌に謝りながら、再開された秋吉の話に耳を傾けた。
彼は、今流行りの動画の配信で生活をたてる『みゅーチューバー』として活躍しているそうだ。
初耳だった。
が、私より、子供達の方が秋吉に食いついていた。
みゅーチューバーは、やはり人気の職種なんだろう。
声を売る秋吉は、動画配信と相性が良く、自分のサイトの他に、頼まれて人気サイトのナレーションなどもしているらしかった。
そんな関係で、彼は、しばらく黒部の方へ行っていたらしい。
旅の番組やら、地方のイベント、自身のSNS、昔よりも複数の仕事を入れることが可能なようだ。
そして、今回、山の怪談のイベントを受けたのだそうだ。
怖い昔話で噂の『十六人谷』を朗読する。今回の秋吉の仕事だった。