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TS化したお兄ちゃんと妹  作者: 白花
キミの為に
17/21

1. 現実



「ねぇ、お兄ちゃん……しない?」


 ベッドの傍らで横たわるお兄ちゃんに、少しばかり甘い声で誘ってみた。


「……明日も学校あるんでしょ? 私は大丈夫だから」


 でも、お兄ちゃんは優しく微笑みながらやんわりと断る。

 今回だけじゃない。一緒に寝ることを控えるようになったり、我儘を言わなくなったり、そういう行為にだって至らなくなった。


 嬉ばしいはずなのに、どうしてか寂しかった。

 お兄ちゃんが自立してきているということが……お兄ちゃんが私への依存から離れていっていることが、少しだけ嫌だったんだ。


「そ、そうだよね……」


 考えれば考えるほど、胸がキュッと苦しくなる。


 お兄ちゃんに必要とされたい。お兄ちゃんに求められたい。お兄ちゃんの唯一でありたい。そんな邪な感情が私を襲う。


「――でも」


 そっと、お兄ちゃんは私の唇に自分の柔らかい唇を重ねる。


「んっ……!?」


 優しく唇が触れ合って、それから舌を入れられて。優しく、そして深い、長い口付け。


 この瞬間だけ、嫌なことを忘れられる。全てがどうでもよくなってしまう。


「これくらいならしたいかな」


 お兄ちゃんなんて私にドロドロに依存して、離れられなくなればいい。

 心のどこかでお兄ちゃんの不幸を望んでいる事実に、心も情緒も何もかもぐちゃぐちゃになってしまう。


 私はほんとうに、最低な妹。



 ―――



 妹は、いつでも私の傍にいる訳じゃない。


 だから、一人でも生きていけるように立ち上がらなきゃいけなかった。

 これ以上妹に負担をかける訳にも、心配をかけさせる訳にもいかない。なにより、妹に嫌われたくない。


「いってきます、お兄ちゃん」

「うん、いってらっしゃい」


 だから頑張った。

 無理して笑顔を作って妹と距離を置いた。一人になる寂しさも、不安も、恐怖も全部抑え込んで。ここで頑張らなかったら、お互いがまた苦しくなるだけだから。


 私が……私だけが頑張れば、それで済む話だから。


「ねぇ……」


 でも、それも長くは続かない。

 今まで縋っていた存在から、突然離れた代償があまりに大きすぎたのだ。


「どうしたの?」

「……少し、しんどくて」


 妹という精神安定剤がなくなった私は、こうして時々妹に甘えないと――妹と二人だけの時間を設けないと、とてもやっていけなかった。


「――そっか。おいで」


 妹に両腕で包まれている時だけ、不安な気持ちも、過去のトラウマも、孤独感も忘れられる。妹の暖かい包容力に包まれることが、私の生き甲斐。


「……ごめんね」


 震えながら弱々しく謝る私の頭を、妹はそっと愛撫する。


「ううん、いいんだよ」


 妹が腕の力を解くことはない。力いっぱい包容されて、甘い言葉を囁かれて、私の心は満たされていく。


「私はここにいる、だから安心して」「大好きだよ、お兄ちゃん」


 私の全てを肯定してくれる。私の欲しい言葉をくれる。不安を払拭してくれる。心に空いた穴を塞いでくれる。

 妹だけが、私の人生において唯一縋れる存在だった。


 だから今日も、私は妹に甘えようとしていた。


「ねぇ、今ちょっといい……?」

「……どうかした?」


 でもどこか不機嫌な様子だった。笑っているけど、無理して笑顔を取り繕っている。


「少しだけ、傍にいたくて……」


 でもきっと気の所為だって自分に言い聞かせた。だって、もう私の心は限界を迎えていたから。


「ごめん、今日は一人にさせて」

「……え?」


 でも、妹は拒んだ。


「学校のことで、色々やらなくちゃいけなくて……今日は我慢してくれる?」


 その言葉と声色がいくら優しくても、妹に拒まれた事実が私の心臓を深く抉る。


「で、でも……」

「ごめんね、今は本当に忙しくて……また今度にしてくれないかな……?」


 それでもなんとかして妹を繋ぎ止めたかった。今だけは、妹がいないとダメなくらいに追い詰められていたから。


「よ、良かったら飲み物持ってこようか……? 息抜きも大事だし――」


 でも、それが愚策だった。


「お兄ちゃんッ!!」


 らしくもなく声を荒らげる妹に、私の身体はビクッと痙攣する。


「一人にさせて」


 本当にそれを心の底から望んでいるように吐き捨てた。


「私だって暇じゃないの。邪魔しないで」


 邪魔。その言葉が私の心に深く刻み込まれる。


「……っ。ご、ごめん……!」


 妹の部屋を飛び出す。妹に嫌われることを深く恐れたからだ。


 妹が不機嫌だったのも、私を拒絶したのも、私を突き放したのも、全部私が悪い。私が我儘を言ったから、妹は私を嫌いになったんだ。

 全部、全部ぜんぶ私が悪いんだ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」


 私は邪魔なんだ。誰からも必要とされていない存在なんだ。誰からも愛してもらえないんだ。そもそもこんな偽物の女の子なんて、気持ち悪い以外の何物でもない。

 止まらない被害妄想に嫌気すら差す。心も思考もぐちゃぐちゃになる。


 その時、私の中でなにかが切れてしまった。


 あぁ、こんなことになるんだったら……。


 ――あの時、ちゃんと死んでおけば良かった。



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