危険な5つの地について教わる
「ふざけんなよ! お前のせいでこの街の今日の晩飯は変人の話で持ちきりだ!」
酒場に着くと一番隅のテーブルに腰を下ろし、向かいに座った精霊に説教を始めた。酒場の賑やかさも手伝って、ここでは多少声を出しても誰も気には止めないと、道中溜まっていた鬱憤を晴らす。
「お前が生命力を私に食わせ、口を封じればこんな事にはならなかったがな!」
悪びれる様子もなく責任転嫁する精霊の態度にゼンタの、腹わたは煮えかえったが酒場とはいえ大声を荒げれば、また注目が集まると目を閉じ、怒りを無理矢理沈めた。
心を落ち着かせる為、数秒の沈黙が続く。深呼吸をし、眉間の皺が無くなったところで本題に入った。
「俺が勇者になる事を協力するなら俺の生命力を提供してやってもいい」
「協力? 私に何をしろと?」
精霊はとぼけた言葉とは裏腹に、何か言ってほしそうにニヤニヤとその条件を聞く。
「うるさいな。そうだよ。俺は弱いからな。お前の力が欲しい。俺の武器は国で学んだ剣術と武術のみだ……一流の奴らに比べたら俺自身の戦闘力はほぼないに等しいだろう。特に魔力が0の俺にとって魔術の大精霊であるお前の魔法は是が非でも手に入れたい」
「クハッ! なっさけない男だぜ! 開き直りも甚だしい! 勇者になろうと夢見る奴が言うにこと書いて他力本願とはな!」
待ってましたとばかりにゼンタを見下し怒涛の煽りを始めるその様はまるで大精霊を名乗るそれではなく、品性を捨てた下劣な貴族や低俗な悪魔と言っても差し詰め問題はない。
「ああ、好きにいえ。今、弱いのは事実だしな。でも弱いのは今だけだ」
「ほう? 私の力を使う意外に何か強くなる策でもあるのか?」
「当たり前だろ、ずっとこのままで勇者になんてなれるかよ。勇者試験を受ける前にABCエリアに行く」
「ABCエリアねえ……そこで修行を積むというわけか」
ABCエリア。それはこの地で最も危険と言われる3つのエリアの通称である。世界は国境とは別にエリアとして区別されており、世界地図を16等分したAからPエリアに振り分けられている。
この中に様々な国々があり、ゼンタが育ったJエリアのように、D以下のエリアは人が住みやすく数多くの国や街があるが、このA、B、Cの3つのエリアは地獄と説明する人間もいるほど劣悪極まりないエリアなのである。
灼熱の日差し、極寒の風、薄い空気、環境面だけでも足を踏み入れた人間が死に至るほどであるが、それだけでなく計り知れない強さを持つモンスターがウジャウジャと闊歩し、中にはA級モンスターまでいると言う到底、人が好んではいかない地、それがABCエリアでなのある。
「ABCエリアにしばらく身を置けば嫌でも強くなる。さっきも言ったように俺に戦闘力はないが、死なない体ならばどんな無茶でもできる。死に物狂いで生活すれば俺自身の戦闘力も相当なものになるはずだ」
王国の訓練を4年受けても月並みの剣術と武術しか身に付かなかったゼンタが強くなるには、地道な修行や鍛錬などではいくら時間がかかるかわからない。
不死であることを知った時から、実践的な特訓を含め、修行の幅が広げれる事には勘づいていた。
「たしかに、その方法は今のお前にかなり適応しているだろうが、何もABCエリアに行く事はないと思うぜ」
自分の決心をあっさり否定され、呆気に取られる。修行方法に間違いがないのに何故その選択を取らなくていいのか理解ができなかった。
「お前の出した条件は勇者になることの協力だろ? ならば当然、勇者試験を受けなければならない」
「そりゃそうだ……その為に強くなる必要があるんだからな」
「この世には人間が強くなる為に向かうべき場所と言われている、代表的な地が五つある。1つはお前が言った通りABCエリアだが、残る4つの場所、それが戦闘島、魔界、動かない街………あともう一つがお前が行こうとしてる勇者試験会場だ」
たしかに勇者試験で何をするかの詳細など誰も知らないが、幾千の強者が挑み、その消息を絶つ場所であるなら、筆記試験や面接で合否を決めるわけがない。帰らぬ人しかいないのだから未熟な者は皆鍛錬の場として除外するが、死なない人間がそんな場所にいて強くならない訳がない。
そこに身を置くのならば、他の危険な地で暮らすのと差し詰め変わらないのは確かである。
「なるほど、お前の言う通りかもしれない」
「それに私もいる。お前のさっきの申し入れ承諾してやろう」
誇らしそうにニヤリと笑った精霊は、全く悩んだ様子もなくゼンタの交換条件を飲んだ。
「おそらく、最初のうちはお前の力に頼りがちになるだろうな」
「任せろ任せろ! 大いに頼れ! ヘボ! ガッハッハ!」
「よし、じゃあ勇者になる為の筋道を前倒しにできるな」
満足そうな精霊の笑い声を遮りゼンタは酒をグビリと飲んだ。
「は? 前倒し? 勇者試験に行く。強くなる。合格。勇者になる。のどこを前倒しするってんだよ。馬鹿かお前」
酒のジョッキをドンと勢いよくテーブルに置くと、ゼンタは不敵な笑みで精霊を見つめた。
「仲間を作る」
「馬鹿者! 勇者試験会場について行きたがるアホがどこにいる。 仮にいたとしてそんな酔狂を連れて行っても何の役にも立たずおっちんで終わりだ」
「強い奴を連れて行くに決まってるだろ?」
「最低でも勇者試験に連れて行っても死なない強さがある人間だぞ? 例えば誰を仲間にすると言うんだ?」
「S級冒険者……」
すると精霊は吹き出し豪快に笑った。人を小馬鹿にした表情で涙が出るほど腹を抱える。
「はっはっはっはっは!! 苦しい! お前! 大馬鹿者だな! この世に20人しかいない世界の覇者達が無名のお前の仲間になると思うか?! 金貨千枚積んでも今のお前じゃ無理だ!! ああおかしい!! はっはっは!!」
「1人可能性のある冒険者に心当たりがある」
それを聞き「へ?」とゼンタを見ると指で涙を拭う。殺しきれない笑い声を交えつつ精霊は聞く。
「知り合いにS級冒険者でもいるのか?」
「いや、あったこともない」
「まだ世迷言を言ってやがらあ! 誰が今のお前の仲間になるんだよ! E級冒険者にだって断れるぞ!」
我慢していた笑いを爆発させたかの如く再度精霊が笑うと、それを遮るようにゼンタは呟いた。
「S級冒険者…大盗賊アルセーヌ・ヘルメス」