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大精霊につきまとわれているが旅に出る



 村がどうなったかそれを確認する為、ゼンタは森をけていた。


「ふふふ、ゼンタ様の存在は私にとってはもう値千金あたいせんきんたなからバイキングでございまするわよ」


 その道中、大精霊を自称じしょうする美女もそのあとを追っていた。

 浮遊ふゆうし、ついてくるところを見ると精霊だというのは本当なのかもしれない。


 村に着くも、そこを村と呼ぶには、あまりにも無惨むざん有様ありさまで、建物や近くの木々すら跡形あとかたもなく消え去っていた。


「くそ! チクショウ! 俺の故郷こきょうが! 村の子達が!」


 ゼンタは膝から崩れ落ち地面を叩いた。この村に別段深い思い入れがあったかと言われると素直に肯定する事はできないが、それでも見慣れた風景や顔馴染みが酸鼻さんびな事態となった事に、悲しい程の悔しさと虚しい程の怒りをしかと実感した。


「ここに人がいたのでございまするか?」


「当たり前だろ……村があったんだから」


 それを聞き、精霊は何か納得がいかないように歯切れの悪い表情を浮かべる。


「それにしては人がいた形跡けいせきがあまりにもないでする」


「ここまで壊滅的かいめつてきなんじゃ当然だろ」


「いえ、人の死臭がしませんでゲス。人の残余ざんよとでも言いましょうか、ここにいたのであれば多少香るはずなんでありんすが」


 その精霊の言葉に体は硬直こうちょくした。こいつの乱暴らんぼう滑稽こっけいな性格が、かえって自分をなぐさめる為に言ってる作り事だとは思えなかったからである。


 もし、本当なら、まだ村のみんなは生きているはずだと、精霊の言葉に一塁いちるいの望みをたくした時だった。


「おい……ゼンタ……生きてくれていたか」


 聞き慣れた声が、森の小道から聞こえた。

 声がする方へ顔を向けると、そこにはゼンタの事をみ嫌っていた村の親父が驚いた顔で立ちくしていた。


「親父! なんで! 他のみんなは?!」


「ああ……大丈夫だ……みんな生きてるよ」


 それを聞き、ホッとしたのか肩をで下ろし、ずっと胸の中にまっていたかのような息を大きく吐いた。


「あの後、村人全員で避難してな……俺は村の様子を見にきたんだ」


「避難? 俺の言った事を信じてくれたのか?」


 あれほど自分に聞く耳を持たず、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせてきたというのに一体何があったというのだろう。


「いやあ……あの後ガキ共が起きてきてな……ゼンタの言う事を聞け、俺達だけでも避難するって聞かなくてよ……あまりに言う事を聞かんもんだから、村の外れの様子を見に行ったら、お前の言った通りの化け物がちゃんといて……それで慌ててみんなで避難したんだ……」


「子供達が……」


 ゼンタはまた大きく息を吐き、自分をみ嫌っていた村人全員の無事を、あろう事か涙を流し喜んでいた。


「よかった…」


「その……なんだ……俺達の命が無事だったのはまぎれもなくお前のおかげだ」


 いつもの自分を見る目と違う、親父の優しく照れた表情にゼンタは戸惑う。


「ありがとう」


 頭を下げた親父に唖然あぜんとした。正直この手のひら返しは素直に気持ちのいいものとは言えなかったし、勿論、こんな言葉で、これまでの村人達の行いが許せる訳はない。それでも人の命を救えた喜び、そして人に感謝されることの愉悦ゆえつをゼンタは感じていた。


 ゼンタはその礼の言葉を受け取る事はしなかった。この村を出る決心が固まったからだ。


 今、感じた気持ちを覚えている。勇者になると言う幼き頃、抱いた無謀むぼうな夢。

 それを初めて目指したのも確か、幼い頃に受けた感謝がきっかけだったはず。


 ここで親父や村人を許し、この村に残って何になる。


 ゼンタはもう一度、あの幼き日の夢を叶える為に、勇者になる覚悟を決め。てしなく過酷かこくな旅に出る決心を心に宿した。







「いつまで着いてくるんだよ」


「なあ、頼みますでござりまするよ。今一度、生命力を食わせていただきたいざます」


「さっき腹一杯食ったんじゃなかったのか?」


 親父からの村でまた暮らしてほしいという申し出を当然のように断り、他の村人や子供達に会う事もせず村を後にした。村にいたところで勇者になる事はできない。


 正直、村の復興ふっこうを協力したい気持ちはあったが、流石に自分を迫害はくがいし続けた村人達と仲良く、手を取り合う気など起きなかった。もし、次に故郷の村人達とあいまみえるなら、それは勇者になって凱旋がいせんする時だろう。その為には一刻も早く強くなり勇者試験を受ける必要がある。


 村をさっそく飛び出たその道中も相変わらず精霊はついて来る。


「60年も、まともな食事をいただいてこなかったでゲスゲスよ? あまりにも可哀想だとは思いませんですか?」


「下手な敬語はやめろよ。使った事ないんだろ」


 ゼンタのその言葉をきっかけに、ニコニコとびへつらったり、おいおいとしおらしく泣く素振そぶりから、口角こうかくを吊り上げた不機嫌な態度に変わる。


「ケッ、下手したてにでてれば調子に乗りやがって! 半殺しにしてその隙に食うぞ! ボケチン!」


「本性出るの早いなお前…… まずはお前に食わす前に俺の腹ごしらえが先だ。そろそろ近くの街が見えるぞ」


 村から3時間ほど歩いた所に小規模な街がある。この街はゼンタにとっては御用達ごようたしで、年に数回は訪れる。


 早速慣れた様子で、街に入る手続きを済ますと意気揚々と門をくぐった。


「しかし小さい規模の割にうるさい街だな」


 市場を歩きながら精霊は機嫌悪そうにつぶやく。


「当たり前だろ、あんな化け物が出た後だぞ。そりゃ慌ただしくもなるだろ」


「人間と言うのは臆病おくびょうな生き物だなあ。大精霊である私を見たらどんな顔するのやら」


「お前を見ても恐怖したりはしないだろ。さっきからジロジロ見られてるだけだ。街の人の視線が目障めざわりだからその飛んで移動するのやめてくれないか?」


「は? これは私じゃなくてお前を見てるんだぞ?」


 自分は何度かこの街に来ているが、ジロジロと見られる事などなかったし、街にかなり馴染なじんでいるつもりでいた。

 浮いて移動している女の珍しさか、はたまた気に食わないが、この精霊の美しさに視線が集まってるとばかり思っていたが、どういう事だろうか。


「隣にこんなのがいるのに、何でみんなが俺を見るんだよ」


「え、だって私の姿、こいつらには見えてないもん」


「は?」


「精霊というのは物理的に存在するもんじゃねえ。精神せいしん霊障れいしょうと言った概念がいねんに近い。ゆえに精霊の姿を可視化かしかして見れるのは相当な死線しせんを超えた者だけだ」


「ウソだろ……じゃあ何でみんなジロジロこっちを見て来るんだ?」


「さあ? お前がでかい声で独り言をいってるからじゃね?」


 ゼンタは立ち止まり、赤面せきめんした。

 まさか今までの会話が周りの人間からは独り言に聞こえているなんて。

 どう見積みつもっても独り言の声量でないのは振り返らずとも明らかだ。

 そこからは精霊に何を聞かれても口をつぐみ、やや早歩きで目的の酒場に向かった。



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