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村の為に初めて死を経験する


「みんな起きてくれー! 早く避難してくれ!」


 ゼンタの家から村まで、おおよそ3キロほどの道のりを、まるで馬車馬の如く全速力で走ると、汗も拭かずに彼は叫んだ。


 村中を走り回りながら大声を出し続けると、人の気配すら感じないほどにしんしんとしていた家の中から1人2人と村人達が顔を出し始める。


「大変なんだ! 村の外れから森の木々より大きな怪物がこちらに向かってきている!」


 村が危険な状態である事を必死に説明するが、家から出てきた村人達は慌てるどころか、その眉間みけんを見るにどうやら違う感情をゼンタに向けている。


「こんな夜にどんな嫌がらせだ! 貴様!」


 昼間の親父がそう怒鳴ると、ゼンタは何が起きたのか分からず呆気にとられた。


「いくら俺達が気に入らないからと言って、こんな方法で気晴らしするとは、とことんクズだなお前は!」


 その迫力に後退りし、たじろいではしまったものの、村人達が自分の事をどう思っても、今言ったことは事実である。

 

 ゼンタは唾をゴクリと飲み込むと、また大きな声を上げ村人達に危機を知らせる。


「本当なんだ! もう時期にこっちに来る! ここからじゃ村を囲む森の木が邪魔で見えないが、俺の家からは確かに見えたんだ!」


「馬鹿野郎! 魔界やABCエリアでもないんだ! そんな化け物が出たなんて、俺が産まれてくる前の話ですら聞いた事がない!」


 その言い合いもあってか、気がつけば家から村人が続々と出て来てはいるものの、周りを見渡してもゼンタの話を間に受けている人間がいるようには見えなかった。


「本当いい迷惑だわ。子供達もとっくに眠ったって言うのに」

「とうとうイカれてしまったんじゃねえのか?」

「魔力もスキルもねえんだ。こうやって憂さ晴らししてるのさ」

「これ以上、村に迷惑をかけないでくれ」


 ゼンタは村人達の命を救いたいだけであるのに、村人達が誰一人、自分の話を信じないこの状況に涙を溜めた。


「こんな出来損ないが生まれただけでも村が笑い者にされているのに! この村の恥さらしが!」


 その言葉を聞き、諦めたように後ろを振り返るとゼンタはまた走った。


 村人の罵詈雑言ばりぞうごんを背中に受けながら、流れているのが汗なのか涙なのかも分からず、がむしゃらに自分の家を目指す。


「くそっ! くそっ!」


 ゼンタは地響きが感じれるほどの位置まで戻ると、またあの怪物がこちら目掛けて歩いているのを確認する。

 そのまま一心不乱に自宅まで走り、幼き頃、王国からもらった訓練用の剣を手に取ると、息を整える間もなく怪物がいる山を目指した。


「魔力もスキルもない俺が何かできるわけないけど! 子供達は別だ! 俺が何とかしないと!」


 全力疾走で村との往復を終えたゼンタの足は熱をおび、喉から血が出るのではないかと言うほど息も乱れていた。

 戦わなくていい。

 化け物の進行方向を変えれば、ひとまず村の子供達の命は救われる。あの化け物の通り道を変え、なんとか違う方角に誘導しなくては。

 まず、奴を挑発し俺を追ってさえくれれば、後は村と違う方向に走り、奴の進路を変える。

 十分進行方向が変われば、後は隠れて国の騎士団が奴を討伐してくれるはず………


 などとあまりにも稚拙ちせつな作戦を考えつつ、みるみる化け物に走り寄っていく。


 そもそも自分をターゲットにするやもわからない上に、追われて逃げきれる可能性も低いだろう。


 しかしそれをゼンタは分かっていないわけではなかった。

 近くで見る化け物の、その大きさと不気味さに戦慄せんりつすると遅れて脂汗がじっとりとにじり出る。


「よし…」


 身震いはしていたが、その震えを止めるでもなく、注意を引こうと大声を出す為、息を深く吸う。


 村で大声を出した事に加え、走り続けた事で千切れそうな喉の事などお構いなしに腹から声を発生しようとした。


 その時だった……

 化け物も大きく息を吸ったかと思えば、口の中から何やら大量の液を吐いた。


 ひどく臭く、恐ろしくまがまがしいその液が自分を含め、当たり一面にびしゃびしゃとふりかかる。


 体を刺すようなとんでもない激痛が瞬時に体を駆け抜ける。

 まるで鉄を溶かす程の熱湯を、全身にかけられたかのような痛み。


 回りを見ると液がかかった、草木は跡形もなく消え、地面すらも溶けていた。


 自分の体が腐り落ちていく。


「うわあああああああああああああああ」


 痛みを感じたのもつか、悶え苦しむ時間も許されず、気がつけばゼンタの体は草木と同じように、もはや原型をとどめてはいなかった。


 走馬灯そうまとうのようにあの日の事を思い出す。

 子供の頃、村に国の騎士団がやって来たあの日。





 馬に乗った王国の騎士が数名、村の子供達を調査しに来た。

 これは数年に一度行われる事で、そう珍しい事ではない。

 優秀な少年少女が産まれれば、その子供を野放しにしない為、国の騎士達が各地を周り唾をつけておくのだ。

 より優秀な子供がいる村や街にはそれ相応の対価も支払われる。スキル持ちは何者にも変えれない才能。適正のある職に着けさせれば国の発展に大きく貢献してもらえる。


 ゼンタは勇者になる事が物心ついた時からの夢であり、騎士団や国の管理の下で剣術や武術を学べればと常々思っていた。


「エリック騎士長、ちょっといいですか?」


「どうした」


 村の親父が騎士団長である、エリックに歩み寄る。

 エリックは長い金髪をかき揚げ親父に返事をした。

 このすました態度と人を見下した様な態度を取るには理由がある。


 本来こんな人格を、持つ人間が団長になれる訳がない。

 しかし、彼には騎士団の中でも群を抜く実力があったのだ。

 過去に300人規模の盗賊団を1人で討伐したとか、A級モンスターを死闘の末、ほうむったとか、聞けば信じられない話を数多く持っている実力者。

 つまり、統率力とうそつりょくや信頼などは度外視された、己の強さのみで騎士団長の座に着いた鬼才なのである。


「おい、ゼンタ! こっちに来い!」


 騎士団を見に近くに来ていたゼンタは親父に呼ばれ、おずおずとその輪に入った。


「この子は、前の調査の時は魔力量検査をしていなかったもんですから、紹介していませんでしたが、先日それを終えた、うちの村の子なんです」


「それがどうした?」


 エリックは不機嫌そうに質問すると親父はハエのように胸の前で手を擦り合わせ口の端を持ち上げた。


「それがですね、この子の魔力量はなんと0。一切魔力を持っていないのです」


「ほう……そんな人間がこの世にいるのか」


 さっきの表情とは打って変わって感心した眼差しを長い前髪の隙間から覗かせる。


「魔力量の低さに伴ったスキルの強さはこの世の常。まだスキルを発動させた事はありませんが、もし、この子がスキル持ちならエリック様にも引けを取らない戦士になると考えております」


「それは面白い」


 エリックはゼンタをジッと見つめた。それは強者つわものと相対した時の目つきとも、弱者を労わる優しい眼差しとも取れる美しい瞳だった。


「小僧、強くなりたいとは思うか?」


「はい! 世界を救う勇者様になりたいです!」


 緊張していたはずだったゼンタは目を輝かせ考える事もせず答えた。


「勇者か! ははは! 子供とは無邪気な生き物だ」


「勇者様になって悪い奴らや人を襲う魔物! 魔王だって倒してみせます!」


「そうなれば勇者試験を受けねばならないぞ。私の知り合いも何人かその道を進んだが試験から戻った者はいない」


「勇者試験に合格して僕が2人目の勇者になってみせます!」


 エリックの冷めた表情が緩みゼンタの頭を撫でる。

 ゼンタの頭から手を離すと隣にいた王国兵に支持を出した。


「馬二頭、金貨10枚! そしてこの村が要求する資材を置いていけ! この子供は国で預かる!」


 その場にいた村人全員が大きな歓声を上げた。子供1人に金貨10枚と言う破格の値。それが小さな村に送られるのだから村人達の熱気が上がるのも仕方のない事だろう。


 ゼンタも、また自分が勇者になる為に強くなれると、嬉々(きき)としてその申し出に喜んだ。

 が、そこから4年、王国で訓練を受け続けるも、一向にスキルを発動しないゼンタに痺れを切らし、国王はゼンタを見限り、村に送還した。更にはゼンタを国に預けた際の報奨金ほうしょうきん返還へんかんを求められ、そこからゼンタは、この年まで村人から迫害され続けたのだった。


 最後に見る思い出にしては上等だ。


 後にも先にも、自分が最も輝いていた瞬間は間違いなくあの時だろう。

 村の子供達を救えなかった事は心残りであるが、仕方ない。

 辺りの音が消え出し、ゼンタは死を受け入れた。



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