メテオの異名を持つS級冒険者ケイティ・サンチェス
「おい! こりゃ一体どうなってんだ?!」
山に入り数歩進んだところで一緒にいたはずのゼンタ達の姿が見えなくなった事にロイドは慌てふためき声を上げた。
「落ち着け。消えたり、透明化した訳じゃない。俺の仲間の魔法で、この山一体の生物が見えなくなる魔法をかけてもらってあるんだ」
そういうとゼンタは、シールの腹を殴った。殴られたシールは「グフ」と言う声を最後に気を失った。
「大事な人質に何してんだお前!」
その音と声でゼンタが何をしたか察したロイドは、次から次に起こる奇怪な出来事に、パニックでも起こしたかの様に声をあげる。姿は見えないが、あまりにもうるさいロイドがどこにいるのか、手にとるようにわかる。
そのロイドの口をアルセーヌが手で塞ぐと「静かに」と言って山の入口の方にジッと目をやった。
「察しがよくて助かる。これは追っ手を撒くための魔法だ。恐らくだが、俺達を見失わない為に単独で誰かが、ここにすぐ来るはず……先に進んで、知らず知らずの内に後をつけられてたんじゃ、次の目的地には行けない。ここに留まり入口からそれを確認する」
「透明なんだから早い内に先に進めばいいじゃねえか」
「それは相手も一緒だろ。そうなると人数の多い俺達を見つける方が簡単だ、透明になっている事がバレれば、逆にこの魔法を利用される」
「尾行なら大人数では来ないし、こんなにすぐうちらのとこまで来れるような人間、あそこに1人しかいないでしょ」
アルセーヌがそう言った時、スワンプリズンの前にいた、米粒ほど小さい人の群れから、とんでもないスピードでケイティがこちらに向かって走って来た。
ゼンタが見てきた、どんな獣や、どんな鳥よりも何十倍も早いケイティの走りにゼンタは腰を抜かしそうになった。まさに隕石と言う異名に恥じぬ走りだ。
山に入る直前、地面を思いっきり蹴ったかと思うと大きく飛び上がりケイティも姿を消した。
姿が消えと、ほぼ同時に近くの木が揺れ、葉がヒラヒラと舞い落ちた。
山の中は静寂に包まれた。
ゼンタ一行は口を閉じ、次の物音を待つ。
ここで引き返してくれるなら姿を確認できる上、何の心配もせず先に進む事ができる。
しかし、探索を続ける様であれば色々とややこしい策に手を回さないといけない。
数秒経過するも、未だ山の中は静寂に包まれ、恐らく木の上にいるであろうケイティに動きはない。
「いつもと山の中が違いすぎる……」
こぼれたようなケイティと思わしき声が頭上から聞こえた。
精霊であるレイのこの魔法は、人間のみならず生けとし生ける者、全てに効果があり、範囲にいる生物を個人や種族により選択して透明化する事はできない。
よって山の動物達も姿を消してしまっている為、群れでの動きはもちろん、いつも通りの動きができないのであろう。その違いをケイティは見逃さなかった。いや、聞き逃さなかった。
嗅覚や聴覚が卓越しており、元から視力が弱い山の動物達なら対して変わらないと思ってはいたが、ゼンタの予想は外れた。
単独で来たケイティには自身や周りの生物が透明になっている事を認識するすべはない。
自分達を見失ったとわかれば、すぐ引き返すと踏んでいたゼンタにとって、山の異常を察知されたのは思わぬ誤算だった。
しかし、それでも息を沈め、ケイティが立ち去るのを待っていると、ゼンタの足元から「んん」という、うめき声にも近いシールの声が静寂を切った。
ゼンタは足を上げると、恐らくシールがいるであろう地面目掛けて振り下ろした。
足の裏は地面に着く前に何かを踏み潰し、それからシールの寝言にも近いうめき声が聞こえる事はなかった。
バサりと木が揺れると地面に何かが着地したのがわかった。
「そこにいるな?」
ケイティが明後日の方向を向いて問いかける。
まずい。ここまで何一つ問題なく進んだ脱獄計画が最後の最後でこうもピンチに陥るとは。
しかし、ケイティはシールを殺す事を良しとはしていなかった。ここに置いて行くつもりだったが人質はまだ自分達の渦中にいる。
ゼンタ達の有利は変わらない。
「私は頭が良い方ではない事を自覚している……姿が見えないなら仕方ない……これしか思いつかない……監獄長殿がお前達の生命線であるなら必死に守れ……」
姿は見えないはずなのに山の、ある1箇所からとんでもない闘気を感じる。木々はゆらゆらと揺れ、地面からは砂埃が舞う。
これで考えられる事は1つ、ケイティは見境なく辺り一面を攻撃するつもりなのだろう。どうしても捕えなくてはいけない相手が見えないのだからその攻撃手段に出るのは仕方ない。監獄長の位置は先ほどの声で大凡把握したのか、それとも本当に監獄長もろとも攻撃を仕掛けるのかはわからない。
だがこちらにピリピリと伝わる彼女の闘気からは、ここで逃したところで問題はないと言う心の余裕は一切感じられなかった。
やめろとゼンタが声をあげようとした時だった。
「うちはこっちだよ! メテオ!」
ゼンタとケイティは西の方に顔を向け、少し離れたところからした声の場所を見つめた。
「うちを捕まえたいんでしょ? みんなは逃してくれるなら大人しく捕まってあげる!」
その声と同時に、草木がガザガサと揺れた。
その瞬間、ケイティは揺れる草木の位置に飛び、空に手を伸ばすと、何かを掴んだ。透明の何者かの腕を掴むとそれを地面に押さえつける。
「うちは大丈夫! 盗賊の技で逃げれるから! 先に行って!」
ゼンタは考えるも、戦闘ならいざ知らず、お互いの姿が見えない状況での逃亡と言う事であれば、どう考えてもアルセーヌに分があると確信し、その場から立ち去る選択をとった。
これから交渉ではなく、逃走に集中しないといけない。そうなると気を失ってるシールは、もうただの荷物でしかないと、その場に置き去りにしアルセーヌに集合場所の確認を取る。
「目指す場所はさっき行った場所だ! 必ず来いよ! お前の力が必要だ!」
「わかってる! すぐに行くから!」
それを聞き、「いくぞ!」とロイドに呼びかけると山の奥に走り出した。
ケイティがこちらを追いかけてくる気配は感じられない。
すると後ろからアルセーヌの大きな声が山の中にこだました。
「ゼンタありがとう! 楽しかった!」
その言葉に何か違和感を感じたが、S級冒険者で盗賊のアルセーヌが逃げきれない可能性を考えると心配に値しないと、なりふり構わず走った。
山を抜けると少し落ち着こうと息を整えた。
前を見ると、花の蜜を吸う蝶が見えたので、レイの魔法の範囲を抜けたのかとロイドの方に目を向ける。
しかし、そこにロイドの姿はなく、代わりにアルセーヌが立っていた。
アルセーヌは斜め下を見て、歯切れの悪い顔をしている。
「あれ……お前、もうメテオから逃げ切ったのか?……というかロイドは? まさかあいつ山の中ではぐれたんじゃ!」
ゼンタが慌ててそういうと、怯えたようにアルセーヌは口を開いた。
「メテオに取り押さえられたのはうちじゃないよ……」
「は?」
「黙っててごめん。でもああなったら助けるのは不可能だよ……自分が犠牲になるって決めたロイドの気持ちを組んであげたくて」
ゼンタの頭は真っ白になった。
ロイドと共に作った、手のひらの豆を眺め、膝から崩れ落ちた。




