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人質。それは勇者を志す者が決してしない事



 看守が荷車に乗った布を取ると黒焦げのゼンタが仰向けに横たわっていた。


「もう1人は午後からの死刑だ。こいつは先に燃やしておこう」


 1人の看守がそう言うと3人がかりでゼンタを焼却炉の中に投げ入れた。


「よし、脱獄者が出たとかで下が騒いでいるらしい。俺たちも急ごう」


 と言って、看守3人は落ち着く間もなく来た道を戻り出入り口へと消えて行った。


 看守が退出してから5分ほど経った時、もの静かな一室に異変が起こる。誰もいないその部屋の焼却炉の戸が1人でに空いたのだ。


「ゲホゲホ、見つけやすいように、こんなでかい針金を巻いて煙突から投げ入れてくれるなんて、レイがこんなに気がきく奴だとはな」


 本来なら生きているはずもないほどに黒く焦げた人間が焼却炉からのそりと出てきたかと思うとパンパンと身体中の炭を払いはじめた。

 体の汚れを床に落としていく内に、それがゼンタだとわかる程度まで炭を払う事ができたようだ。


 手には大きな針金を握りしめており、その輪になった針金には指輪とナイフが通してある。

 その指輪を右手の人差し指につけるとゼンタは辺りを警戒しながらこそこそと廊下に出た。


 ゼンタはこの脱獄計画の要とも言える人物を探さなくてはいけなかった。その為には人知れず監獄内を動き回れる状況を作らなくてはいけず、当初の予定通り死刑になったと言うわけだ。


 ゼンタが燃やされた焼却炉がある部屋は分別の沼(スワンプリズン)の最上階。

 そこから1つずつ下に降りて行き、お目当ての部屋を探して行く事にした。探してるその途中、看守達の更衣室があったので誰のかもわからない服を拝借し、また1階ずつ部屋を見て回る。


 するとようやく、ある部屋の前でゼンタは立ち止まった。


「やっと見つけたぜ」


 ゼンタはシールがいる監獄長の部屋の前にいた。扉についた小さい窓から顔半分だけを出すようにして中の様子を覗く。


 中には机に座るシール以外の姿は見えず、またそれ以外の気配も感じなかった。


 それがわかるとゼンタは扉を勢いよく開け、シールがこちらを向くよりも早く後ろに回り込み、ナイフを首元につきつけた。


「悪いが人質になってもらう。言う通りにするなら殺しはしない」


 まさか自分がこのような、いかした台詞を言う時が来るとはと緊迫した状況ながら悦に浸るも、シールにその心境を悟られまいと涼しい顔を作る。


「ベンゼン・レイン……貴様はさっき死刑を執行したはずじゃ」


「あんなんじゃ俺は死なねえ……時間がないんだ……さっさといくぞ」


 監獄長シールを後ろから抱き込み、ナイフを首元につけたまま2人は部屋を出た。


「お前……こんな事をしてどうなるかわかっているのか?罪に罪を重ねおって」


「たしかに、だが罪を背負うのはこれが初めてだ」


 冷たい声色でそう答え、自ら前に歩こうとしないシールを後ろからズイズイと押すようにして歩かせる。


 脱獄計画における自分の役目達成したゼンタはロイドと待ち合わせしている1階へと向かっていた。




 布団をめくるとバジル達は目を丸くした。


 バジルだけではない、ロイドもその光景を見て口をポカンと開けていた。


 1ヶ月かけて掘った穴がそこになかったのだ。


 自分がゼンタと毎日毎日掘っていた穴が綺麗にないその床を見て、自分が掘っていた時間が夢だったのかと混乱したものの、手のひらにできた無数のマメを見てそれは有り得ないと我に帰る。


 埋めるにしても掘った土やセメントはゼンタが全て丸呑みしていたし、外と完全に遮断されているこの檻の中に土などを持ち込む事は不可能。そもそもロイド自身が穴を埋めた事に心当たりがないのだから、この不思議な現象に動揺していた。


「おい、貴様達。俺をからかっているのか?」


 ドリーは歯を噛み締めバジル達を睨んだ。その眼光は人を睨み殺し兼ねないほどの鋭さだ。


「いや! ちょっと待ってくれ! たしかにこいつらは毎日毎日掘っていたんだ!」


 バジルは慌てて弁明しようとするも、その掘っていた穴がなくなっていては酌量の余地などない。


「こいつら全員拷問部屋に連れていけ! 焼きを入れてやる!」


 ドリーが叫ぶと看守がバジル達の腕を背中に回し連行しようとする。部様に狼狽するバジル達を他の牢の囚人達が笑う。


「ロイドの奴はどうしましょう」


「放っておけ こいつは関係ないだろ」


 ドリーはロイドを睨んだが、濡れ衣を着せられただけのロイドを拷問部屋へ連れて行く事は勿論せず、バジル達だけを連れて五階へと降りて行った。



 ロイドはホッとするよりも先に一体何がどうなっているのか牢の中をウロウロと右往左往する。

 あれが夢でないなら、これが夢なのか?


 訳が分からなかった。本当に自分達が掘った穴はないのか、めくられた布団ににじりより、その床をよく見た。

 手でなぞり穴があった場所を確かめると、その箇所にだけ、ある違和感を感じる。


 その部分の床には一才埃がかぶっておらず、なぞると少しだけ湿ったような肌触りをしているのだ。


 ロイドはその床を爪で引っ掻くと、その引っ掻いた部分の床は簡単にえぐれた。


「ま、まさか」


 ロイドはがむしゃらにその床をスプーンで擦るとアイスをぐよりも簡単に、みるみる床に穴が空いていく。


 5センチほどその床を掘ると、スプーンが空振りし突然手応えが消えた。

 手応えが消えたと同時に、そこには自分達が掘っていた穴が再び完成していたのだ。


「何が、どうなっているんだ」


 何かを疑いたくもなる状況ではあるが考える時間も勿体ない。

 まさに今、牢の中には自分1人、看守もバジル達につきっきり、こんな千載一遇の大チャンス、二度と巡り会うことはないと、ロイドはゼンタから貰った手製のローブを羽織り穴の中へ潜るようにして下の階を目指した。



 5階の天井の板一枚を足の下に挟んで、耳をすました。

 人が下にいないかを音と気配を頼りに探った。


 どうやらその心配はなさそうだとわかると5階の天井の板を思いっきり蹴破った。


 ゆっくりと5階の床に降り立つと、ゼンタに言われた通り右の壁をつたい歩く。

 すると前情報まえじょうほう通り曲がり角の先に看守が見張りをしている独房を発見する。


 椅子に座って何をするでもなくボーとしている看守を、壁から顔だけを出し観察すると、よしと覚悟を決めスキルを発動させた。


「今日もアルセーヌの拷問は俺が担当する」


 姿はないがドリーの声だけが見張りの看守に聞こえる。

 独房前の看守は立ち上がりキョロキョロと辺りを見渡す。


「すまないが、持ち場を変わってくれ」


「えっと! ドリー看守長! それはかませませんが! どこに」


「ああ、今日は返り血が多くなる拷問を考えてな。服を看守室に脱ぎ捨ててきたんだ。いくら男とはいえ、部下に情けない下着姿を見られるのは俺のプライドが許さないのでな」


「な、なるほど! わかりました! それでは自分は目を閉じておりますので! その間に独房の中に!」


 見張りをしていた看守は敬礼をしうつむくとまぶたをぎゅっと閉じた。



 ロイドのスキル。セイブ: 聞いた音を喉に記憶させ、出したい声や音を再生できるスキル。保存しておける音域や種類などに制限はないが記憶しておけるのは20種類まで。それ以上は保存できない為、まめに消去しておく必要がある。


 ロイドは鍵を受け取ると、堂々と独房に入って行った。


「よし、行っていいぞ」


 ドリーの声が独房から響くと、見張りの看守は「ハッ」とだけ言い残し、そそくさとその場から立ち去った。


 独房の中には体中を鎖で拘束され、目も口も塞がれた女が魔道具らしき透明の箱の中に入れられていた。その女の晴天の空のように美しい淡い青髪に一刻を争う事態という事も忘れロイドはいとま見惚れしまった。





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