計画失敗につき絶体絶命
ゼンタの死刑執行の日。
窓もない薄暗い一室で、椅子に拘束されたゼンタを水魔法が濡らす。頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れになったその顔に正気はないように見える。ゼンタからポタポタと水が滴り、床に小さな水たまりができる。
シール獄長がベンゼン・レインの罪状をつらつらと読み上げていく。
シールが「……よって死刑を執行する」と言い、押し黙ると、ゼンタを囲う魔法担当の看守三名が同時に雷魔法を唱えた。
落雷が落ちたような音と、けたたましい光が部屋中をチカチカと照らす。その光の中心には椅子から身動きが取れずバタバタと暴れるゼンタがいた。体に浴びた水魔法も手伝って全身くまなく感電する。
シールが手を上げると看守達は雷魔法を止めた。
もはや誰だったのかわからないほど黒焦げになったゼンタに近寄ると、シール獄長はゼンタの手を握った。
「これでお前の罪は清算された。産まれ変わったら、次こそは真っ当な人間になってくれ」
そう悲しそうに吐露すると獄長は部屋から出て行った。残りの看守達がゼンタを担ぎ、死体処理場まで運ぶ。
誰かもわからない黒い塊からニヤリと白い歯が見えた。
◇
ロイドは緊張した面持ちでゼンタの布団の上に座った。
周りをキョロキョロと見渡す姿は、普段一点だけを黙って見つめる彼とは随分と違って見える。
そう、ロイドは今からこの布団の下の穴を潜り、5階におりなければならない。
その為には同じ牢の囚人達に気づかれる訳にはいかない。この落ち着きの無さはタイミングを今か今かと待っているからに他ならない。
この脱獄を成功させるには何としてもバジル達の目を盗み抜け出すのが必須条件。一見難しいように思えるが薄暗い地下の檻、干渉し合う程の中でもなければ、普段居眠りをする奴らも少なくはない。必ずその隙はあるはずだとロイドは前向きに考えていた。
この階から降りるのがまず自分に与えられた最初のミッション。
ゼンタが言った作戦のーーーーー
「いいか?下に降りたらまずこれを羽織え」
そう言うとゼンタは赤い布をロイドに渡した。
「なんだこれ」
「これはお前の布団の裏を破いて血で染めたお手製のローブだ。遠目であればここの魔法担当の看守だと思われるはず」
「こんな適当な作りで本当に誤魔化せるか?」
「あくまで遠くにいる看守にだけだ。その囚人服じゃ遠くから見られただけでも脱獄者が出たと大騒ぎされて詰む。5階の独房は鉄格子じゃなく鉄扉だから囚人の警戒はそこまでしなくていいが、見回りの看守に遠くから見られる可能性は高いだろ」
「まあ、ないよりは断然マシか」
ロイドはそう言って服を捲るとその布を腹の中にしまった。
「それでアルセーヌのいる独房まで行ってくれ。右の壁に沿って歩いていけば見張りの看守がいる部屋があるはずだ」
「見張りの看守?! お前それじゃこのロープが意味なくなるじゃねえか! そんなのどうするってんだよ!」
「落ち着け。たしかにここは力ずくで看守をのして強行突破するつもりだったが、ロイド……お前のスキルが使えるじゃねえか」
ゼンタは笑ったがロイドはその提案に些か不満を感じたーーーーー
作戦の計画を頭の中で繰り返し復習しているとバジルと部屋の囚人達がそろってロイドの前に現れた。
バジルはロイドの前にしゃがみ込むと意地悪な口調で問いかけた。
「おい、どうしたよ。そこは新人の寝床だぜ?」
その言葉にドキリとしたがそれは顔に出さず、なるべくいつも通りの声色で返答する。
「あいつは死刑になったんだ。この寝床は俺がもらうぜ」
するとバジルはニヤリと笑い、後ろの囚人達もニヤニヤとした顔でロイドを見下ろしていた。
「いいや、違うね。1匹狼のお前が随分、新人と仲良くしていたのが、どうも引っかかってたんだ」
ロイドはジワリと背中に汗をかくとゴクリと生唾を飲んだ。
「俺をボコボコにした事。俺は1日足りとも忘れちゃいないぜ?」
そう言うとバジルは鉄格子の方に走り出し廊下目掛けて叫んだ。
「脱獄者だぁーーーー!!」
その声が廊下に響いた瞬間、4階全ての囚人達が鉄柵の隙間からロイド達の檻の方を見ようと必死に鉄格子にへばりつく。
ロイドはやめろと叫びながらバジルを羽交い絞めにしようとするがバジルは全く鉄格子から離れようとはしない。
「お前だけ抜け駆けしようなんてずるいよな?! これでお前は終身刑! ここからいなくなると思うと清正するぜ!」
バジルは首を後ろに回し、したり顔でロイドに嫌味を言うと尚も叫んだ。
それに続くように同部屋の囚人達も大声をあげる。
「看守こっちだーー!!」
叫ぶバジル達を1人で抑え込むのは不可能である。そもそも、もう手遅れだとロイドは慌ててゼンタの寝床の上に座り込んだ。
その大騒ぎを聞きつけ、ドリーを先頭に3人の看守がロイド達の雑居房目掛けて走ってくる。
「脱獄者だと?! 一体どうやって!」
とドリーが言うも、檻の前に立つとすぐに慌てた様子が消えた。
「おい、どこに脱獄者がいる。ベンゼン・レインは死刑になったんだぞ。お前達全員ここに揃っているではないか」
はあはあと息を上げながらドリーは檻の中の囚人を見渡した。
「お前達、遊びでこんな事をやってどうなるかわかってるんだろうな?」
ギロリとバジルを睨むも、それに臆する事なくバジルが口を開いた。
「ドリー看守長。安心して下さいよ。脱獄する前に俺たちがそれを未然に塞いだんです」
ふざけたように敬語を使うバジルはご覧下さいとばかりに布団に座るロイドの方に手を向けた。
「ロイドが座る布団の下に人1人が入れる穴が掘られていました。掘っていたのはそこに座るロイドと死刑になったベンゼン・レインです」
「なに?それは本当か?」
「ええ、勿論。死刑の近かった2人です。手を組み死刑執行までにここから出るつもりだったのでしょう」
それを聞きドリーは檻の鍵を開けると中に入った。
「おい、そこをどけ。ロイド」
「こ、断る」
「どかないのならこのまま拷問部屋に送るぞ」
「こ、断る」
ロイドはダラダラと冷や汗を垂らしながら、この危機を脱する方法を考えるも、この状況では既に万策尽きていると諦めにも似た表情で必死に食い下がる。
こんな事ならあんな奴の口車に乗せられるんじゃなかったとゼンタを恨んだ。
「どけ!」
ドリーがそう叫ぶと土の塊がロイド目掛けて飛んでいき、それを受けたロイドは吹き飛ばされ壁に腰を打ちつけた。
ドリーはゼンタの寝床の前で膝をつくと布団の端を持った。
「よせーー!」
ロイドは痛む腰のことなど、お構いなしに立ち上がり飛びかかろうとするも、ドリーの後ろにいた看守2人に捕まれ身動きが取れなくなった。
「この下に穴があるんだな?」
ドリーは横目でバジルを睨み聞いた。
「ええ、それはもう、ネズミじゃ到底開けれない大きなものが」
それを聞き、ドリーは勢いよく布団を引っ剥がした。
ロイドは終わったと目を閉じ、これからの余生は拷問を受け続けるのかと無惨な自分の未来を想像した。
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