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脱獄する為にまずは協力者を


 ある夜、何者かの「おい」という声で目が覚めた。

 夜中に起こされ、夢うつつの状態であったが、自分の顔を覗き込む男と目が合いゼンタは飛び起きた。


「うわっ! なんだ! 脅しても何もあげれるもんはないぞ!」


 ゼンタが声を上げると、その男はゼンタの口を手のひらで塞いだ。その手は大きくゼンタの顔半分は全て隠れた。


「自分からはまだ名乗ってなかったな……俺はロイドだ」


「ああ……名前はバジルから聞いてるよ……こんな夜中になんだよ」


 するとロイドは舐め回すようにジロジロとゼンタの顔を眺め口を開く。そのロイドの言葉を聞きゼンタは口から心臓が飛び出そうになった。


「お前……誰だ?」


「だ、誰って………自己紹介したろ? 俺はベンゼン・レイン」


「俺は昔ベンゼン・レインに会った事がある。昔とは言え、到底お前のような見てくれじゃなかった」


 この状況は流石に計算外であった。まさか同じ牢にベンゼン・レインを知った顔の人間がいるとは予想だにしなかった。


「何故、ベンゼン・レインの名を語ってまで、この大監獄に入った。お前の立ち振る舞いから見ても濡れ衣を着せられたようには見えねえ」


 こいつが口の硬い男だったとしても脱獄の為に入ったなんて馬鹿な話を説明する気にはなれなかった。

 魔力測定をパスする為にそれなりの魔法を監獄内の職員達に見せつける必要や、出頭した事で罪が軽くならない為に門前で暴れたなんて言っても素直に信じやしないだろう。


 バジルや他の囚人達の寝息がしっかり聞き取れるほどの沈黙。この問いの正しい答えを出す事ができず、ゼンタは黙り込んだしまった。


 しかし、ロイドはその答えを急かす事はなく、ゼンタの答えを待っていた。こうなれば話を逸らす以外にこの沈黙を取り繕う方法をゼンタは思いつかなかった。


「ロイド……あんたはみんなの輪にあまり溶け込めてないように見えるが……随分ここの奴から一目置かれているように見えるぜ? 何か理由があるのか?」


「まあ一度喧嘩をふっかけて来たバジルを絞めた事はあるが、単純に俺が古株だからだろ」


「古株っていうとここに来てどれくらいになる」


「あ? かれこれ2年くらいだな」


「2年? 大して長くないように思うが」


「5階の独房に入れられてる奴を除けば2年も雑居房に入れらてる奴はいねえよ。どいつも2年以内には死刑が執行されるんだからな。だが俺の場合、色々と犯した罪の辻褄が合わない部分が多すぎて延期を繰り返してるんだ……まあそれも今月いっぱい。来月には俺も死刑になる」


 これは値千金だった。ゼンタにとって必要なのは情報と協力者。ロイドと言う男がいればその2つをクリアできるかもしれない。


「死刑はどこでどう言った手順で行われるか知ってるか?」


「妙な事を聞くな……何か企んでやがるな?」


 脱獄するのに仲間は必要不可欠。信頼に足る人間かの判断をする時間はない。じきに死刑が決まっているなら、それがそのまま担保になるはずだとゼンタは全てを打ち明ける事にした。


「ここから脱獄する」


「あ?!!」


 ここにきてからと言うもの、ここまで大きなロイドの声を聞いたのは初めてだった。しかし言った事を加味するとそれも仕方がない。


「しっ! 声がでかい!」


「お前……ここがどこかわかってんのか?」


「ああ、人類最大の大監獄……だろ? だからこそお前に言ったんだ。協力者がほしい」


「お前もし、その企てがバレでもしたら、俺は死刑から終身刑に格上げだぜ……ごめんだね」


「ロイド、お前も一度は考えたはずだ。どうせ死刑を待つだけならここから抜け出す事を」


 どこか歯切れの悪い表情を浮かべるがゼンタの推理を否定する様子はない。


「策もある。外に協力者もいる」


 腕を組みしきりに何かを考える素振りを見せたがロイドは腕をほどき、考えをうやむやにするような大きなため息を吐いた。


「今聞いた事は黙っててやるから1人で勝手にやってくれ。お前がどれだけの人間か知らねえが、魔法も使えないこの場で分別の沼(スワンプリズン)から抜け出すなんて、まるで夢のような話だ」


「そうでもない。作戦通りに行けば必ずここから抜け出せる」


 小声ではあるが信じてくれと言わんばかりに必死に食い下がり、ロイドの説得をやめようとはしない。


「100歩譲って、仮に抜け出せたとしてもお尋ね者だ。それに分別の沼(スワンプリズン)から脱獄者が出た場合、聖騎士……もしくはS級冒険者がすぐさま飛んで来る。そんなの相手にどこまで逃げられる」


「その手も打ってある」


「しつこい野郎だ。口でいくら言ってもお前が何者かもわかんねえってのに、何を見てお前の言葉を鵜呑みにしろって言うんだよ」


「わかった……俺がどれだけの人間か……信用に足る人間か…お前にだけ見せる」


 そう言うとゼンタはそのまま自分の頭を床に叩きつけた。寝てる他の囚人が目を覚ますほどでもない鈍い音が響く。


「お前何をしてる! 死ぬ気か!」


 喉を絞ったかすれた声は大声とは呼べないが、それでも十分驚きの声だと言うのがわかる。


「ああ……でも死なねえんけどな」


 そういうと再び頭を地面に叩きつける。何度も何度も腰を伸ばしては勢いよく腰を曲げ、頭を地面と往復させる。


 見かねたロイドは思わず、ゼンタの額に手を伸ばそうとするも丁度ゼンタの頭が床から戻ってくる事はなかった。


「お、おい冗談だろ? 俺に殺しの罪でも被せる気か?」


 床は血で滲み、ピクリとも動かないゼンタを見たロイドは間違いなく、今横にいた囚人が死んだのだと確信し、体を硬らせた時だった。


「俺は元から魔法は使えない」


 地面に倒れ込む死体から声がした事にロイドはゼンタが死んだ時以上の驚きを覚えた。


「自己紹介が遅れたな。俺はゼンタ。死なない体を持っている」


 そう言いながら顔を上げたゼンタは白い歯を見せロイドを見つめた。



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