人間界最強の大監獄スワンプリズン
スワンプリズンを目指す、道すがらレイの小言は絶え間なくゼンタの耳を独占する。
「おい、本当に分別の沼にいくのか? いくらS級と言ってもリスクが高すぎる。仲間なら私がいるじゃねえかよー」
「パーティーは4人で組む事ができる。お前は精霊だろ? 精霊使いがいる以上、精霊も使い魔なんかと同じ扱いだろ」
「は?!! お前人間が使役できる程の下等な精霊と私を同列に見てんのか?! 殴りちらかすぞ!」
レイは拳を握るとそれにハーと息を吹きかけた。
「剣士やアーチャーだって言ってしまえば剣使いや弓使いだ。あいつらが使う武器だって強い物から弱い物をまであるだろ? 魔物使いの使い魔の強さだって均一じゃない」
「私を魔物に置き換えるなら間違いなくA級以上だ、仮に精霊を魔物だとしてしまえば、私の存在のせいでこの時代唯一のS級モンスターになるぞ」
「はいはい、そりゃ随分偉大な事で」
「殺すぞてめー!」
魔術の精霊の非力な連打がポカポカと脳天に打ち続けられるが、力を込めていないにしてもまるで雨に打たれている程度の拳の感触しか感じられない。
「死なないけどな」
肩に首を埋め大きな、ため息を吐く。とうとうレイの小言をゼンタはすかして聞き流す事にしたが、パーティーとは何よりチームワークが必要不可欠。ここで遺恨を残して仲間を作るのは得策ではないと再度説得に取り掛かる。
「仲間にするアルセーヌの職業は盗賊。シーフの立ち回りや技やスキルは俺たちが持ってないものばかりだ。役割としても仲間にして損はないだろ?」
この言葉はレイにも有効なようで反論する術を持ち合わせていないようだ。
「そして! 農民として働いてきた俺の蓄えでは! 近々文無しになる!! 奴の富で懐の心配を解消したい!!」
不純な動機なのは百も承知であるが、この理由が冗談かと言えば案外そうでもなく、財布に余裕もなければ、路銀を稼ぐ方法も思いつかない。爪に火を灯すような旅路を心掛けても稼ぎが無ければすぐさま貯金は底をつくだろう。大怪盗とも呼ばれる彼女の資金力は実際当てにしていた。
五日五晩、夜通し歩き続けた甲斐もあり、エリアを丸々一つ横断したところでやっと目的地である。分別の沼に辿り着いた。
山の上から見える、その監獄の景色は、中でどんなおぞましい事が行われているのか、まるで想像させないほどの絶景であった。
泥沼と呼ぶにはあまりにも大きく、茶色い湖のような水面の中心に白く大きなドーム型の建物が浮かぶように建ちつくしている。そこから長い煙突が高々とそびえ立ち、その監獄はまるで沼で休む巨大な白鳥かのように堂々と鎮座していた。
すすで汚れた枯葉のような沼の色が監獄の白さをより一層際立たせる。
この中に入れられた囚人は死刑か、終身刑。その上脱獄不可能な大監獄。決して抜け出す事のできない、まさに囚人達にとって沼のような監獄。
「あーあ、とうとう着いちまったよ」
「ここまで来たらもう引き返せないぞ、さあ作戦を考えよう」
山頂から沼に囲われた純白の監獄を見下ろし、近くの岩に腰掛けた。枝を手に取り地面に何かを書こうとするもゼンタの頭の中には以前酒場で話した事以上の策はなかった。
「で、レイさん。この際、奇策、凡策選り好みはしないので何か妙案はあるかい?」
メモをとるつもりで手にした枝は行き場を無くし、とうとう地面に綺麗な巻き糞を描く道具となっていた。
「ちなみに言っとくが私は中に入れんぞ」
澄ました顔でハッキリそう言ったレイの目線はゼンタが描いた巻き糞に向けられていた。
「何言ってんだよ! お前がいなくてどうする! 俺に何しろって言うんだよ!」
「お前の作戦はどう転んでも隠密からはみ出せば失敗に終わる。となればかえって私は邪魔だ。人間の中でも大悪党のみがいる大監獄だぞ? 全員とは言わずともそんな施設の看守共が死線の1つも超えてないと思うか? お前が上手く侵入したところで私が騒ぎを起こすだけだと思わねえのか?」
「確かに……やっぱりお前性格と反比例して賢いな」
「私のルーツはフェイだぞ? 魔術に詳しいという時点で博識な事は察せ。本来フェイは騎士に助言を与えサポートすることすらある精霊だ。脳筋な者などいねえよ」
「じゃあよ、その博学多才なフェイの大精霊様よ。俺1人でも何とかアルセーヌを脱獄させる手段の助言をくれよ」
「中の構造が分かんねえ内はないな」
ここまで歩いてきたにもかかわらず、振り出しに戻った事にゼンタは大きく落胆した。




