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人類の頂きとか言う超人は実在した人物です


 レイとする勝負がどのような惨事になるかを想像していると、一つある事を思い出し、レイに問いかけた。


「お前と初めて会った時の口ぶりから勇者様と勝負した事もあるんだろ?」


「まあな……勝てはしなかったが」


 苦汁を飲まされたような声色で答えると、レイは顔をしかめ親指を噛んだ。


「でも、いいよなー。勇者様にあった事があるんだろ? 勇者様のこと色々教えてくれよ。60年前って言ってたっけか? 精霊でも60年も経てば記憶とか忘れていくもんなのか?」


「ん? 何を言っている勇者ならお前と出会う3日ほど前にもあってるぞ」


「は?!」


 レイの方に顔を向ける。その速さたるや先程の剣筋に引けを取らないほどの速度である。


「ていうか勇者様が勇者になったのって300年も前の話だよな? てっきり死んでいると思っていたんだが」


「なぜだ? 勇者の話は今もされているだろ」


「それは噂話とか、伝承としてでっち上げてるもんだと……あと聞く話があまりにも凄い物ばかりだから………勇者様って人間だよな? あれ? 魔人や精霊の類なのか?」


「正真正銘の人間だぞ。ただ奴は規格外なのは間違いない。何せ『頂き』だからな」


「頂き?」


「お前は戦闘のみならず、知識までまるでないんだな」


 どういう原理かわからないがレイが空中を指でなぞるとそこに文字が可視化された。非常識なほど物知らずで俗世ぞくせうといゼンタでも人間文字は滞りなく読み書きできたので空中に書かれたのがボディと言う事は容易に理解できた。


「勇者の名はボディ。頂きと呼ばれる3人の内の1人だ。奴の肉体は人間界の最高傑作。スキルとは別に最強のフィジカルを持っている。」


「スキルとは別に……ん? ちょっと待て……お前3人って言ったか? ……まさか勇者様ほどの実力を持つ人間が後2人いるって訳じゃないよな?」


「ああ、お前が言うところの強さなら後の2人は勇者はおろか、お前にも引けを取るだろうな」


「は? そんな奴らが何で頂きなんて呼ばれるんだよ」


「お前みたいなうんこ野郎はこれだから困る。頂きに立つ人間は力が強くないといけないのか? お前が自分より優れていると思う人間を思い浮かべてみろ。そう言った強さ以外の奴もいるだろ」


「たしかに……」


 その言葉に素直に納得すると、間髪いれずにゼンタは聞く。


「後の2人はどんな偉業を成し遂げたんだよ。


 そういうとボディと書かれた文字の横にまた文字を書き始めた。


「1人はブレイン。こいつの頭脳、知識は100年後の全人類が束になっても到底追いつけない、まさに天才という言葉に相応しい存在。お前も普段使うような、今この世にある発明はほとんどと言っていいほどブレインの発明品だ。例えば魔力量を図る測定器や異言語を瞬時に翻訳する装置などな。それだけでなく永遠の謎と呼ばれていた世界の神秘10個の内の6つを解明している」


「ブレイン……名前だけはよく聞く……知名度だけで言えば誰よりもある偉人だ。たしかにそれを聞けば頂きと呼ぶに相応しいが……だが魔力測定器なんて随分前の発明品だが翻訳装置は最近のものだろ? ボディは最強の肉体を持つが故に生きているのはわかるが、ブレインまで長寿と言うんじゃ辻褄が合わない」


「ブレインは死んでるよ」


「待て待て、矛盾が生じてるぞ。さっき言った発明品の開発した月日があまりに離れている」


「ブレインの肉体は死んでいるがあいつは自分の頭脳を発明と魔術を見事に使い、残した。そのおかげで今も奴の開発や謎の解明が終わる事はないんだ」


「そんな……そんな事ができる人間が」


「あくまで頂きとは、人間界の中だけでの頂きだが、他の種族に劣るお前達人間が異種族から見直され、蔑みを受けないのはこいつら3人のおかげと言っても過言ではない」


 勇者……ブレイン……確かに2人とも人間であれば全ての者が必ず聞いた事がある名前であり、尊敬や憧れの目を向けている。彼らについて語られる話は少なからず、どれも尾ひれがついたものだとばかり思っていたが、聞くにそんな事はないように思える。


「後1人は?」


「最後の1人はラブだ」


「ラブ? ラブってあのラブ?」


「多分そのラブだ」


「いやいや、あれはおとぎ話の話で実在する人間じゃないだろ。というか女神様の名前だろ?」


「だからそれが頂きの1人のラブだ」


「嘘だろ……てことはあのおとぎ話は全部本当だっていうのか?」


「ああ、そうだ、まあラブの消息だけは不明だがな。特殊な体質でもないから、500年も経っていれば間違いなく死んでいるが」


「ちょっと待てよ……じゃあ戦争を武力を一切使わず、たった1人で無血で止め、両国が笑顔で納得する解決方法を見つけたとかいう夢物語も本当にあったというのか?」


「しつこいな、事実だと言ってるだろ。誰にも反対されず奴隷という概念をこの世から無くし貴族すらも笑顔にしたのも、世界消滅の予言の根本的な解決はできなかったが、世界中から予言の恐怖心を無くし、みなが幸福な生活をおくれるようにしたのも……あれもこれも全て事実だ!」


「そんな事……どうやって実現するんだよ」


 ゼンタはこれまで物語だと思っていたあまりに荒唐無稽な綺麗事が、まぎれもなく歴史の中で起こった事だと知り愕然とする。どこかの誰かが大風呂敷を広げ語った嘘偽りだと納得するには十分すぎるほどの話ばかりだからだ。


「どうやったか詳しい事は知らないが、兎に角ラブが頑張った……それだけはまぎれもないらしいな」


 頂き……聞いたところ間違いなくこの3人は人類の中でも最も優れた3人と言って過言はない。


 今、自分が目指している者がその一角だと分かると、先程コボルトを倒した事が小さいという言葉すら大きく感じるほどちんけでちっぽけな事だと奥歯を噛んだ。


「そんな偉大な人間の、後に続こうとしてる愚かさがわかったか? うんこ」


「確かに自信は少し失せたが…………そ、それより、つい最近勇者様にあったってのは本当かよ。何でまた」


「あいつは私が人間の生命力を食ってないか、たまに抜き打ちで確認しに来るんだよ! ムカつくぜ! いつ来るかわからないから油断して食う事もできない!」


「なるほど、だからお前みたいな性格の奴が腹減らしてまで我慢してたわけか」


「もういっそのこと食って勇者と戦ってやろうとも思ったがな。そんな事を考えてる時にお前と出会えたのは正に運命的と言えよう。食っても全くダメージのない人間の生命力で腹を満たしところで奴に文句を言われる筋合いはねえからな」


 そういうと大口を開け高らかに笑った。


「やっぱりお前が戦った中でも勇者様が1番強かったか?」


「んー、そうだな確かに勇者が1番強かったと言っていいだろう。だが、引けを取らないほどの奴らならいたぞ」


 それを聞き内心驚いてはいたが、このいけ好かない精霊に意地悪をしたくなり、ゼンタは悪意を含んだ笑みでレイに問いかける。


「てことは、負けたんだ」


「んあ?!」


 しまったとばかりにゼンタの方を向き、怒りが入り混じった表情で赤面する。顔つきがしどろもどろしたかと思ったがすぐさまいつも通りの端正な顔立ちに戻り、観念したように口を開いた。


「チッ、まあいい勇者以外に……2人負けた事がある」


 何人と戦ってきたがわからないが、生きてきた年月やレイの性格を考えると相当な人数と戦ってきたに違いない。それを踏まえて黒星が3つだけという事なら、それは恥じる事ではなく、賞賛にあたいするほどの偉業だ。


「1人はテディーポップとかいう竜族と人間の混血だったな。こいつは罪人でな、無邪気故に物の善悪の区別がつかん奴だった。それが転じてあまりに罪を犯し、世界中から狙われる大犯罪者になった悪党だ。長い黒髪が気味悪くてな……今思い返すと勇者と戦った時とそれほど大きな差はないほどボコボッ……苦戦した記憶がある」


 これまたその名前にも聞き覚えがあった。頂きのようないい意味で知ったわけではないが、幼少の頃、悪さをすると決まって両親がその名を出していた。


「テディーポップが来るぞなんてガキの頃によく言われたもんだ。子供を脅す為の人物がお前が負かすほどの奴だったとはな。なんでそんな危険人物と精霊であるお前が戦う事になるんだよ」


「勇者の奴に頼まれたんだよ! あのボケ! 思い出したら腹立ってきたぞ! ちょっと腕貸せゼンタ!」


 はいはいとゼンタは袖を捲りながら地面に座ると、その腕をレイの方につき出した。


「それで後1人は?」


「食事中ら、それはまら今度な……れきれば思い出ひたくもないが」


 レイはゼンタの腕に噛みつきながら眉間に皺を寄せ答えた。目を閉じていても機嫌が悪いのが伺える。


「食い終わったら、そろそろ目指すぞ。分別の沼(スワンプリズン)に」


 レイからの返事はもうない。

 これ以上言うと食事中に話しかけるなとまた口うるさく言われそうなのでゼンタはレイが食事してる様子を黙って見守る事にした。



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