これはただの魔術師と少女の物語
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そこからは驚く程何も無かった。
むしろ不気味な程静かだった。
いつのまにか止むことの無い筈の吹雪が止んでおり雪も少なくなり…何の音も無くなり―――そこに辿り着いた。
そこは広い空間だった。
真ん中に縦長に10メートルはあろうかという巨大な黒水晶が浮いていた。
そしてその下に彼は立っていた。
「ジョイス!無事でしたのね!」
そうアリスが嬉しそうに叫び駆けだそうとしたが俺が手を掴んで止めた。
「痛っ、ハルさん?何するんですの!?」
アリスは怒りをにじませた表情で俺の見たが俺はジョイスをじっと睨み続けた。
そうしているとジョイスが口を開いた。
「姫様…、なぜ私との約束を守ってくれなかったのです?」
姫様・・・か。
貴族だろうとは思っていたがお姫様だったとはね。
「約束を守らないでここまで来た事は謝りますわ。でもわたくしはジョイスが心配だったのです。」
「それにほら、冒険者のハルさんのお陰で無事ですわ!」
とアリスは笑顔で言った。
が、ジョイスは悲しげな表情を浮かべながら首を振った。
「違いますぞ姫様。私はあなたにあそこで野垂れ死んで欲しかったのです。」
やはりそうだったか・・・。
「――――――ジョイ・・・ス?」
アリスは何を言われたのか分からないというように茫然とした。
「姫様の…セイントール王家の血筋かつ類稀なる巨大な魔力がこの地に吸収される事でこの封印は解けるのですよ」
「私はそのためだけに!そのためだけにセイントールを滅ぼし、あなたをここに導いた!」
こいつ・・・。
「セイントールを・・・滅ぼした・・・?」
「何言ってるんですの?お父様もお母様も国の皆は魔族に殺されたって・・・。」
「ええ、その通りです。私が魔界との門を開け皆殺しにしたのです。」
「あの方に頂いたこの聖遺物で。」
そう言いながら禍々しい形の短剣を見せつけた。
「――――――」
アリスは最早言葉すら出てこなかった。
綺麗な両の瞳に涙が溢れていた。
その姿を見て俺はかつての自分と重なった。
ああ・・・こいつはここで殺さなくてはならない。
だが、まだ聞かなければいけない事があった。
「あの方ってのはあんたが先日話してくれた竜の使途の赤い聖者で合ってるか?」
ジョイスははじめてこちらに気づいたように目を向け言った。
「ああ、酒場で話しかけてきた冒険者か・・・。君も竜の使途に入りたくなったかね?」
ふざけた事を抜かすものだな・・・。
「ハッ、冗談。俺はあいつの居場所が知りたいだけだ。というかあんた赤の聖者の声すら聞いた事が無いとか言ってなかったか?」
「部外者に馬鹿正直にすべて話す筈もあるまい。私にはあの方から命じられた崇高な使命があるのだからな。」
「しかしそうか・・・姫様を連れてこの難攻不落の森を抜けて来る程の実力者なら是非仲間にと思ったが本当に残念だ。」
芝居がかって言い放つ奴に心底いらいらしたが聞くべきことは他にもある。
感情を無にし、常に冷静であれ・・・ですよね師匠。
「そもそもこの封印を何故解く必要がある?」
「そんな事は知らん。だがこの封印を解く事こそが竜の使途の未来のためだとあの方はおっしゃられた。」
「理由も知らない使い走りなのに随分と赤の聖者に心酔してるじゃないか?あのクソ野郎に尊敬できる所があったのか?」
ジョイスの顔色が変わった。
「あの方を侮辱するな!あの方と邂逅した者ならいかに自分が小さく、あの方が偉大であるかに気づく。」
「それでそそのかされてセイントール滅亡に加担したってのか?」
「そそのかされたのではない。セイントールの滅亡も姫様の死もこの世界とあの方にとって必要な事なのだ。」
「私は王や王妃を尊敬していたし、その国の宮廷魔術師として誇りももっていた。」
「だがあの方と邂逅した瞬間悟ったのだ。」
「あの方こそ世界の中心であり世界を救う方だとな。」
意味がわからん、
洗脳された・・・って感じでは無いが強烈なカリスマでもあるのか?
「意味がわからないという顔だな。」
「あの方と話さなければ理解もできまい。」
「だがあの方と話せるのは選ばれた者のみ。あの方を侮辱した貴様はここで殺す。」
「無論・・・姫様にも贄になっていただきます。」
アリスは未だ膝をつき泣いていた。
奴の言った言葉も耳に入ってはいないだろう。
と奴がぶつぶつと口を動かしはじめた。
高速詠唱――――――。
真後ろの空気が揺らいだ。
俺がその場を飛びのいた瞬間、空間から巨大を氷柱が現れ地面に突き刺さった。
「ほう、よく避けた」
奴は笑みを浮かべてまた口を動かし始めた。
上、右後ろ、前の空気が揺らぐ。
と同時に各方向から氷柱が出現した。
だが、こんな物は俺にはかすりもしない。
「・・・貴様何者だ?ただの冒険者ではあるまい。」
「いや、ただの冒険者だよ。」
「ただ赤い聖者とかいうクソ野郎をぶっ殺す事に人生ほ賭けているだけの強すぎるただの冒険者さ」
「あの方を殺す・・・?バカめ、あの方を殺せる者などこの世におらんわ。」
「どんなに強かろうと関係無い。俺が殺すと言ったら必ず殺す。それだけだ。」
「所でそろそろ手持ちの最高の魔術を使って戦った方がいいぞ。いい加減反撃しようかと思い始めたし。」
「余裕という訳か・・・。いいだろう今までの遊びとはわけの違う魔術の深淵を見せてやろう」
そう言い放ちまた詠唱をはじめた。
この詠唱は・・・、地獄の業火か。
使用されてる所は見た事は無いが確か禁術指定の大魔術で半径50メートル程度を黒い炎で焼き尽くす大軍魔術の筈だ。
このままだと俺はともかくアリスも巻き込まれるな。
しょうがないから斬るか。
アリスの傍に立ち刀を正眼に構える。
「姫様と共に逝け・・・地獄の業火!」
俺の目の前の大気が揺らいだ。
来る!
黒き炎が空間に出現する瞬間、その空間を斬った。
「――――――なっ!」
ジョイスは信じられない物でも見たように愕然とした表情を浮かべた。
「貴様!何をした。確かに黒炎は出現した筈だ!」
「ああ、確かに出現したな。出現した瞬間次元ごと斬って封じただけだ。」
「・・・は・・・?」
「理解できなくて良いし理解してもらおうとも思わん。」
「さて、そろそろ俺の反撃の番だ。」
俺は動いた。
ジョイスの目を留まらぬ速さでジョイスの目の前に移動し額を人差し指で小突いた
「?」
ジョイスが不思議そうな顔をした瞬間。
ドッ。
「カッッハッ」
目、耳、鼻、口から血を吹き出し膝をついた。
気を収束させ一点に流し込む事によって内部から破壊する師匠に習った技の中では初歩の技。
だが知らない者にとっては触れられただけで破壊される凶悪な技である。
だが手を抜いたのでこれでは死なない、死なせない。
こいつは楽には殺さない。
「ジョイス・・・?」
やっと我に返ったアリスがそんなジョイスを見た。
「ハル、やめてジョイスを殺さないで。何か理由があったの、きっと理由が!」
そう言い走って俺の前に立ちはだかった。
「アリス、理由は聞いてたろ。」
「こいつは君たちより赤い聖者と呼ばれる人間を選び、そいつの命令で君の国と君まで殺そうとしたんだ。」
「ジョイスはわたくしが小さい頃からお世話してくれましたの!優しい人ですの!そんな非道い事する筈無いんですの!」
一生懸命だった。
きっと心底信頼していたのだろう。
そして何もかも失った彼女が最後に縋った温もりだったに違いない。
彼女がジョイスを許すというなら直接的な仇では無い俺がこれ以上やる意味は無いのかもしれない。
だがこいつはアリスごと殺そうと禁術まで使った。
生かしておいてはいけないと俺の本能が告げていた。
「アリス、こいつもう君の知っている優しい男では無いし生かしておけば必ず君や俺、他の誰かを不幸にする者だ」
「でも・・・でも!」
「姫様・・・やはりあなたはお優しいですな。」
刹那、ジョイスは彼女にナイフを突き刺そうとして・・・が俺がその刃を握って止めた。
「き・・・さまっ!どこまでも邪魔を・・・。」
「ジョイス・・・どうして・・・。」
「あの方の役に立てるなら私は何でもする・・・。」
アリスは悲しそうな顔をした後、頭をふるふると振り
「ごめんなさいハルさん、そして助けていただいてありがとうございました。今治療いたしますわ。」
そう言い治癒の祈りを使った。
白魔法も詠唱無しなのか・・・凄いなこの娘。
そして治療が終わりアリスは倒れているジョイスに向かって言った。
「ジョイス、わたくしはあなたの事をもう一人の父様と思い慕っていました。」
「でもあなたは違ったのですね・・・。そしてあなたが父様や母様、そして国の皆を殺したというのならばわたくしはあなたを許すわけにはいきません。」
彼女は涙を浮かべながら続けた。
「セイントール最後の王族として・・・あなたを裁きます!」
「これから先あの方の力になれないのは口惜しい限りだがこれも定められた結末なのかもしれん・・・。」
「最後に・・・ハルとか言ったか。君はは強いな。魔法を使ってたようには見えなかったがまさかたったの一撃で私が負けるとはな」
「だがあの方には勝てん。あの方のそれは次元が違う・・・。あの方に挑むならその覚悟をもって挑む事だな・・・。」
俺はまだ何もみせてやってないが・・・と言おうと思ったがやめた。
代わりに
「奴は何処にいる?」
と聞いたが奴は何口を開きそうに無かった。
「姫様、先に逝ってお待ちしております。」
ジョイスは観念したように笑ったように見えた。
「ハルさん、よろしいですか?」
アリスが魔法を使おうとしてるのが分かった。
覚悟を決めジョイスを殺そうとしているのが。
だが彼女は手を汚すには幼すぎる。
俺は彼女の肩に手を置き
「ああ、だが君がやる事は無い、俺が――――――」
言いかけた時、彼女はそっと俺の手を握り
「いいえ、これがわたくしの務め。最後の王族としての務めです。」
「何よりハルさんだって仇が他の誰かに討たれてしまっては許せないでしょう?」
俺は何も言えなかった。
彼女は俺が思うよりずっとしっかりしていて大人だった。
悲しい筈だ、苦しい筈だ。
本当の肉親を殺され、守るべき民も殺され、肉親のように慕ってた魔術師がそれを実行した犯人で自分の手で殺さなければならない。
彼女はまさしく王族だった。
「さようならジョイス。地獄で永遠に苦しみなさい。」
「粛清の十字架」
白魔法の数少ない攻撃魔法の名だった。
十字の光がジョイスの体を塵にかえて行く・・・。
だが消え去る直前ジヨイスが言った。
「姫様ありがとうございます。これで目的は・・・・」
な・・・・に?
嫌な予感がした。
嫌な気配がした。
アリスが黒水晶を凝視していた。
黒水晶にヒビが入った。
「封印は王族の血と魔力で解けるんじゃなかったのかよ!」
「まさかジョイスは・・・わたくしと同じ血を引いていた・・・?」
それなら最後に言いかけたセリフも納得だが真相は恐らくもうわからない。
だが一つだけ確かな事があった。
世界を滅ぼしかけた物の封印が解けたという事だ。
漏れ出した魔力だけでここを死の森に変えた張本人だけあってヒビが入った水晶から莫大な魔力が噴出してきた。
これはまずい、世界を滅ぼしかけたというのは誇張じゃないのがそれだけで分かった。
アリスの手をとって逃げようと思った・・・が、すでに遅かった。
そしてそれが出現した・・・。