これはただの秘薬の物語
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あれから数日が経った。
どこまで進んでも見えるのは吹雪と紫色の不気味な樹木だけだった。
この森での初戦以降、今日までの間に6度魔獣の襲撃を受けた。
アリスも最初の内は意気揚々と魔術を使っていたがやはり子供は子供。
ただでさえ深い雪で足を取られ体力を削られる上に微量とはいえ常に防寒魔術を使い続けているせいで時間が経つにつれて疲労が濃くなっていった。
3度めの襲撃ではかろうじて動けていたが4度目からは碌に動けなくなっていた。
口数も減り今ではほとんど声を出さなくなっていた。
よくないな—————。
俺の判断ミスだった。
言い訳をさせてもらえるなら元々一人で復讐の旅をしていたせいでパーティを組むのは初めてだった。
しかもいくら上級魔法まで使える天才の類だとしてもアリスはまだ子供なのだ。
強力な魔術で人の役に立っているというのが嬉しかったようで浮かれて飛ばしすぎたのだ。
正直に言えば俺にアリスのフォローは要らなかった。
「奴」という化け物を倒すために非常識な修行を積んできた俺にとってこの森程度は温かった。
最初こそ噂通りかとも思ったがここにいる魔獣は強いには強いが想定よりは遥かに弱かったのだ。
だから最初からアリスには自分の身を守らなきゃいけない状況なるまで魔術を使うなと言い含めておくべきだったのだ。
あまりに嬉しそうに生き生きと魔術を使っていたのてついつい甘くなってしまった。
お兄ちゃんは妹に甘いのだ。
妹では無いが…。
それはそれとして、ここまで疲労が濃い以上ここから先に連れて行くのは躊躇われた。
そのためこの結界で俺が封印石のところから戻って来るまで休んでいる事を提案した。
感じる禍々しい魔力からしてもう封印石は近い。
封印から垂れ流されている魔力が強大すぎてジョイスがいるかどうかは分からないがそれも含め俺が確かめて戻ってくれば良いだけだと思った。
しかしアリスはその提案を拒否した。
「確かにわたくしはもうハルさんにとって足で纏いでしか無いのでしょう…。ですがここまで来て自分の目で確かめられないのは嫌ですの。」
「自分の知らない所で何かが始まって…そして自分の知らない所で全てが終わっている…。そんなのはもう嫌なんですの。」
「…?」
俺には分からないがこの子にも背負ってる何かがあるという事か。
聞いてみたい気もしたがその悲しそうな表情を見て踏み込むのをやめた。
「わたくしを置いて行くのは構いません。でもわたくしはわたくしで進みますの。」
「ここまで連れてきていただいて本当にありがとうございましたハルさん。」
そう言って深々と、そして優雅に頭を下げた。
いやいやいや。
「待て待て。置いていけるわけ無いだろ。俺そんなに薄情に見える?」
ちょっぴりショックだった。
「でも、わたくし足で纏いでしょう?でしたらここでお別れして別々に行くしか…(チラッ)」
うわー計算ずくか。
13でこれとか将来が恐ろしいなぁ。
「わかりましたわかりましたよ。連れて行けばいいんでしょうよ。」
「やっぱりハルさんは優しくて好きですの!」
パァァァと輝く笑顔でそう言った。
が、しかしアリスが疲労しているのは間違いない。
仕方ない、ものすごく高くつくがとっておきのパチもんエリクシルを飲ませるか…。
一応説明するとエリクシルとは飲ませれば伝説上では死者すら蘇らせる魔術学と薬草学の辿り着くべき頂ともいえる霊薬の名前である。
ただし実在は確認されておらず現状最高の回復薬とされるのが手持ちのパチもんエリクシルである。
パチもんとはいえ切断さえされていなければ千切れかけだとしても立ち所にくっつくレベルのチートアイテムである。
ただし素材と作る魔術師の代償がでかすぎてほいほいと作れる物では無く、現在世界に3本しか無い筈である。
俺が持っている理由は俺の師匠から剣術の皆伝祝いに貰ったからである。
残り2本がどこにあるかは知らないが多分1本で小さい国くらいなら買える価値のある代物だという事だ。
まぁ実際に使われた例が少なすぎて本当に効くかは知らないが…。
元々この薬に頼る気はなかったし、幼い女の子を守るために使われるなら師匠も文句は言うまい。
「アリス、これを飲め。」
とパチもんエリクシルの小瓶を手渡した。
「何ですのこれ?」
「体力と魔力が立ちどころに回復する貴重な薬だから味わって飲めよ?」
「そんな貴重な薬いただけません。お代も払えるアテがありませんし。」
「…ハッ、まさかわたくしの体を狙って?」
「お前の中の俺ってそんな悪人なの?」
俺はションボリした。
「ふふっ、冗談ですわ。でも本当によろしいんですの?そんな便利なお薬は聞いた事がありませんから貴重というのは本当なのでしょう?」
「ああ、構わない。それを飲まなきゃならない状況になるならその時点で俺は目的を果たせない。」
「その薬は俺にとって甘えにしかならないからな」
「ハルさん…。ありがとうございます。頂きますわ。」
そう言うとコクリと小瓶の中の薬を飲みほした。
「…フギャーーーーーーーーーーー苦いですわ、辛いですわ、いえ痛いですわーーーーーー!!!」
あれー?
まさかただの不味い水とかいうオチじゃないだろうな。
師匠ならそんなお茶目やりかねない気がした。
「…………」
「アリス?大丈夫か?」
「ち」
「ち?」
「力が漲ってきましたわーーーーーーーー!」
良かった本物だった。
「凄いですわ、絶好調の時より絶好調な感じですわ。魔力も1.5倍くらい強くなった気がしますわ!」
言われてみると初日に会った時より魔力が増大してる。
魔獣と戦って経験を積んだから上がった線もあったが実際にアリスが戦った戦闘回数でこんなに上がるわけが無い。
パチもんにそんな効果まであったとは…。
まぁ俺には意味の無い効果だが…な。
「ありがとうございますハルさん。これでまたお役に立てますわ!」
「いや、回復してもここから先は戦うの禁止な。」
「何でですの?」
「またバテるだろうが…。次は本当に見捨てるぞ」
「あはは、了解ですわ。」
「でもハルさん一人で大丈夫ですの?」
「ああ、多分よく見てなかったろうけど俺は強いから一人でも大丈夫なんだよ。」
「わたくし、はじめから足で纏いでしたのね…。」
「いや落ち込まなくていい。アリスははじめてとは思えないくらい強かったぞ。実際俺も楽が出来た。」
「でもバテられると困るからここからは俺一人でいいってだけだ。」
「…わかりましたの。」
ちょっとションボリしてるが仕方ないだろう。
「それより、多分封印石は近い。そろそろ心の準備をしておく事だ。」
「真実に辿り着いた時にどうするかをね」
アリスは無言で視線を落とした。
俺はパンパンと手を叩いて言った。
「はい考えるの終わり。回復したならそろそろ出発するぞ。今日中には着きたいからな。」
アリスは顔を上げ言った。
「はいですの!」
そうしてまた歩きはじめた。