これはただの出会いの物語
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追うと決めてから手早く保温魔法のかかった魔石と携帯食料を持てるだけ買い込み森に向かった。
森に入った瞬間から視界に入るのは紫色の謎の樹木と吹雪と足を重くするだけの深い雪。
試しに保温魔法の範囲外に少量の水を放ったら放った傍から凍った。
噂が本当すぎてマジ怖い。
が、ますますもってこんな場所に足を踏み入れる理由がわからない。
昨日話を聞いてる時もここについては一言も触れなかった。
若い女性というのも気になった。
あ、いやエッチな意味では無くね。
「ったく、何でこんな世界有数な厄介な場所に来るかなぁ」
一人ごちながら進んで行った。
俺は自分で言うのも何だが復讐を誓ってからの修行によって身体能力だけなら世界屈指である(と師匠が言っていた)。
体力も1週間までなら全力で戦い続ける事ができる程度はあるので吹雪だろうが熱波だろうが魔物だろうに易々と殺されてやる気は無い。
幸い魔獣には遭遇せず保温の魔石のお陰もあり風が強い事と足場が悪い事を除けば順調に進む事ができた。
体感で5時間程(時計はあったが森に入った時から止まっているようだった)進んだ頃に大きい魔力を感じた。
「んー?妙だなジョイスの魔力じゃ無い」
ジョイスでは無いにしてもあきらかに人間の魔力なのでその方向へ進む事にした。
幸いその大きな魔力の主は休んでいるのか止まっているようで直に追いつけそうだった。
正直いくら魔力が大きかろうとこの森で単独行動など即命を落としても不思議じゃない場所である。
どうにも不審には思ったが命を落とされても後味が悪いので足早に進み30分程で追いつく事ができた。
そこには魔力による結界を張った少女がいた。
「っ誰ですの!」
少女はすぐにこちらに気づき横に置いてあったロッドを構えた。
「いや怪しい者じゃない。ただの冒険者だ」
と、うっかり怪しい奴の吐く定型文のセリフを返してしまったがなぜか少女はあっさりと警戒を解いてコロコロと可愛らしい笑顔になった。
「あら、同業の方なのね。こんな辺鄙は場所でお会いできて嬉しいのですわ!」
何か喜ばれた。
よくよく見ると可愛らしい顔立ちの…言い方は悪いが冒険者らしくない金髪ツインテール少女だった。
「では自己紹介しましょう。わたくしはアリスティ…いえ、アリスですわ。あなたのお名前も教えていただけますかしら?」
「俺はハルだ…が、あんた一人なのか?他の魔力は近くに感じないんだが…」
「ええ、一人ですわ。冒険者たるものこの程度の依頼は一人で解決するものでしょう?」
本名を隠したそうな事、言葉遣い、冒険者らしからぬ優雅さからして間違いなく貴族である。
有り余る金と暇を持てました貴族が暇つぶしとスリるを求めて冒険者になるのはよくある事だ。
ただその場合は例外無く腕利き冒険者を雇い警護されている。
少なくとも余興で本当に命をかける貴族は見た事も聞いた事も無かった。
何より…。
「依頼?冒険者向けの依頼でこの森に足を踏み入れる依頼なんて無いぜ?仮にあっても正気ならそんな依頼は受けない」
そう言うと彼女はえ?っと少し驚いたような顔をして聞き返してきた。
「そう…なんですの?でもジョイスは依頼だと言ってましたのよ」
そこでジョイスと繋がったかぁ。
聞き込みにあった女性ってのはやはりこの娘だったのだろう。
だが何故一人にした?
そもそも本人は何処に行った?
「ジョイスなら昨日酒場で話したから知っている・・・が、彼は何処に?」
「ジョイスなら街に帰りましたわ。これは私一人で成し遂げにければならない依頼ですもの。」
意味がわからない。
いくら魔力量は大きくてもこのお嬢さんが歴戦の冒険者には全く見えなかった。
確かに人は見かけによらなかったりはする。
だが俺は筋肉のつき方や動作で大体の実力を把握できる。
このお嬢さんは間違いなく実戦経験じたい無い。
にも関わらずここに一人にした理由。
一人で果たさなければならない依頼。
どうにもキナくさくなってきた。
「ハルさんもわたくしと同じ依頼なのかしら?でも依頼は無いとおっしゃってましたし、うーんチンプンカンプンですわ」
「チンプンカンプンなのは俺も同じだけどまず君の依頼内容教えてもらっていいかな?」
「依頼内容は秘密ですわ!と言いたい所ですが秘密にしろとは言われませんでしたからお教えいたしますわ」
なぜかフフンと得意げになって続けた。
「ここから北に多分数日くらいの森の中心部に黒い水晶があるらしいんですの。それを破壊しなさいという依頼でしたわ」
黒い水晶?
…待て、待て待て待て、あの御伽噺で封印に使われたのって確か巨大な水晶だったような。
封印した後真っ黒になったとかいう話があった気がする。
それを壊す?
平気なのか?封印解けたりしない?
遠い昔に封印したんだからその魔獣はもう死んでるよなアハハー。
なわけ無い。
本当だとするならこの森の気候は封印から漏れ出す魔力によるもの。
実際来るまでは所詮御伽噺だろとバカにしてたが森に入った瞬間から吹雪と低温に見舞われた以上あの話が嘘とはもう思えない。
壊したら最悪世界滅亡ルートだろう。
復讐を果たす前にそれは本当に勘弁してほしい。
何よりこのお嬢さんはそこに辿り着けないだろう。
なら何故ジョイスはこの娘を一人にした?
いや、今はそんな事より街へ引き返すべきだろう。
「誰が依頼したか知らないがその水晶を破壊するのは駄目だ。君はこの森の御伽噺を聞いた事無いのかい?」
「君では無くアリスですわ。後、御伽噺って何ですの?」
有名なのに知らないんかい。
仕方ないので俺の知ってる限りの知識を伝えた。
「ウフフ、ハルさんて世間知らずですのね。世界を滅ぼす魔獣なんて本当に存在するわけ無いのですわ。魔族ならわかりますが」
えー魔族はわかるのに魔獣はナシなの?基準がわからん。
「兎も角どの道そこにはたどり着けない。ここはまだ危険はあまり無いが奥に進めば進むほど強力な魔獣が徘徊している。あまりに危険だからこそ冒険者ギルドでもここの依頼は存在しないんだ」
「意味がわかりませんわ!そんな危険な筈ありません。ジョイスはこの比較的簡単な依頼を達成すれば正式に冒険者になれると言いましたもの!・・・あっ」
冒険者ですら無かったのかよ。
確かに冒険者試験は存在するが大体は畑を荒らす小型魔獣退治程度だぞ。
死の森最深部攻略とか難易度高すぎて誰も冒険者になれんだろう。
「あんた・・・アリスちゃんとジョイスの関係は?」
「ジョイスはわたくしの保護者…のようなものですわ。優しくて強くてわたくしに嘘をついた事もありませんわ!」
保護者のようなものか・・・。
信頼しているようだがほぼ間違いなくジョイスはアリスの死を願っている。
自分の手で殺さないの情が移ったのか他に理由があるかは知らん。
だがやはり俺の追い求める「奴」に通じる竜の使途の魔術師という事か。
「今会ったばかりの俺を信じるのが難しいのはわかる。」
フゥッと一息おいて
「だがアリスちゃん程の魔力の持ち主なら分かっているんだろう?この先にある物がどれだけ邪悪な魔力を垂れ流しているかを」
「さっきそんな魔獣がいる筈無いと言ったが薄々感じているだろう」
彼女は目を見開いた後に下を向き小さい声で言った、
「ジョイスが…ジョイスがわたくしに嘘をつく筈無いんですの。小さい頃がらずっとわたくしに優しく魔術や勉強を教えてくれたんですの。っ」
泣かせてしまった。
そしてその姿が妹の泣いている姿と重なってしまった。
全く似てないのにね。
あーあくっそ
分かっている。
冷静に判断するなら街に戻るべきだ。
だがジョイスが何を考えてこれを仕組んだか知るなら封印水晶を目指すべきだろう。
なぜならジョイスは街に戻っていないから。
ここに着くまでにアリス以外の魔力も気配も感じなかった。
ジョイスは練度そのものはアリスより遥かに高いが魔力はアリスと同程度だったのは昨日接触した時に知っている。
アリスと同じ魔力量ならば街からここまでの道で俺が見落とすなどあり得ない。
この森は最北端。
南の街以外この森は海に囲まれている。
そしてこの森の外海は森と同じく年中荒れてて船など絶対に近づけない。
とするとジョイスは間違いなく封印石に先に向かっている。
ジョイスの言ったこの世に無い拠点の話。
ジョイスは昨日の話以外にも「奴」に関係しているかもしれない。
であればジョイスを追うしか選択肢など無いのだ。
俺はそのために生きているのだから…。
数秒の思考と葛藤の後、俺はアリスに言った。
「わかったわかった。じゃあ俺と一緒に確かめに行こう。」
ハッと顔を上げたアリスは涙を拭きながら言った。
「一緒に行ってくれるんですの?」
「ああ、俺もジョイスに確かめたい事がある。」
アリスは少しだけ嬉しそうな顔をした。
「だが最初に言っておくがジョイスの答え次第で俺はジョイスと戦う事になるかもしれん。その時は自分の判断で俺につくかジョイスにつくか見学か決める事」
「わたくしはジョイスを信じています!…ですがわかりましたわ。その時が来たらわたくしはわたくしの意思で決めますわ」
「OKだ。じゃあ行こうかアリスちゃん」
「はいですの。でもわたくしの事はアリスと呼び捨てにして下さいな。わたくしこう見えてもう13ですのよ?」
やっぱり子供じゃないか…。
とは思ったものの指摘すると面倒くさくなりそうなのでやめておいた。
「はいはい、それじゃ俺の事もハルでいい」
「わかりましたわハルさん!」
分かってないようだがまぁいい。
こうして俺達の死の森攻略がはじまった。