1 内政チート研究会にようこそ! ①
合同部活説明会から土日をまたいだ月曜日の昼休み。
ぼくは後ろの席の伊藤君と同じ中学校出身の中村伸介と、高校から一緒になった伊藤君と一緒に弁当を食べながら話をしていた。話題は週末なにしてた? から始まり、卵焼きうまい、三人ともやってるゲームの話、ハムサンドうまい、最近見た面白い動画の話と移り変わり、なかむーが購買パンの最後のひとつ、焼きそばパンを飲み込んだ午後一時ジャスト。残り十分を切ってからこの昼休み最後の話題として部活の話になった。
「……ごっそさんでした。あー旨かった。それでさ、たく。お前、部活どーすんの? なんか入るの?」
ぼくのことをたくと呼ぶこの男が中村伸介。通称なかむー。座っていたらぼくと視線が同じくらいだけど、立つと身長差が目立つ(つまりこいつは足が長い)シュッとした長身のイケメン野郎である。
「ん? そういうなかむーはどうなの? なんか入るの?」
「入るわけないじゃん、俺は帰宅部よ。部活する暇あったら家かゲーセンでゲームやるわ」
のど元まで上がってきた「おまえ、自分から話振ってきといてお前は部活しないのかよ」という言葉を僕はお茶と一緒に飲み込んだ。
こいつ、勉強はできる。顔もいい。身長も高い。割と運動も得意。人付き合いはあんまりよくないけど、できないわけじゃない。そして女子大生で、しかも巨乳の彼女がいる(らしい)。という圧倒的勝ち組野郎だ。爆発しろ。
ただこいつはやばい。何がやばいってゲームの腕がやばい。しかもちょっと普通に上手いレベルじゃなく、ホントにちょっとやばいレベルでやばい。どのくらいやばいかというとそのゲームの腕だけで中学で自分の地位を確立し、西のゲーセンで誰かが格ゲーで泣かされたと聞けばそこに行ってやったやつをボコボコにし、東のオンラインFPSで誰かがチート野郎にやられたと聞けばチート野郎相手に無双するといった具合にやばい奴であった。
だから中学時代、ぼくらの仲間うちであいつは将来【プロゲーマー】になるに違いないと確信していたのだが、本人はそんなことは知るものかとばかりに、卒業文集に将来の夢を【地方公務員】と書いていた。卒業式後、それを読んだぼくが理由を聞いたら、地方公務員は転勤があっても範囲がしれているし、収入は安定しているし、時間もある程度取りやすいらしいし、なによりゲームはあくまで遊びとしてやりたいから、だそう。
ゲーマーの鑑である。
そんなゲーマーの鑑のような男が高校の部活なんてやるわけがなかった。ていうか巨乳の女子大生ってマジかよ。爆発しろ。
ともかくぼくとなかむーはなんとなく馬が合う。見た目たぬきなぼくがシュッとした長身でイケメンのなかむーの隣に並んで立つと、自分のずんぐりむっくりさがほとほと嫌になるが、それでも会話のテンポが合うからだろうか? ぼくも割とゲームが好きだからだろうか? 何が理由かはよくわからないが、何故だかわからないけれど馬が合うのだ。だから中学二年の時にクラスメートになってからずっとつるんでいる。
まさか高校に入ってまでおんなじクラスだとは思わなかったけれど、一緒にいて楽しいし、やっぱり縁があるんだろうと喜んでいる。
そんなわりとごちゃごちゃした内心とは別にぼくは「だろうな」とそっけなく答えて、その場にいたもう一人の友人、伊藤君にも「どうするの?」と聞いた。
僕? と小首をかしげるようにする彼が伊藤隼人君。
相内。そして伊藤。運命にみちびかれたように出席番号一番二番となった割と人見知り同士の僕たち二人は、おずおずとどちらからもなく自己紹介し、そのままお互いに初めて話しかけたクラスメートとなりそのまま仲良くなった。そんな彼は初見で詰め襟の学生服を着ていたにもかかわらずぼくが、え?女の子と思うほど中性的な顔立ちかつ華奢な体つきで、口の悪い奴は男の娘とかもやしっていうかもしれない。でも物静かないい人で、それほどコミュ力に自信がないぼくとも、気難しいところがあるなかむーともすぐに仲良くなった。そんなぼくらはクラスでは基本三人セットで行動していており、入学してから一週間それなりに仲良くなったつもりだったのだけれど。
そんな彼から返ってきた言葉は意外なものだった。
「僕はね、部活はしないつもりなんだけど代わりに外でボクシングジムに通おうかなって思ってて」
シュッシュ。そういってあからさまにさまになっていないシャドーボクシングをする伊藤君。
「おいおい、大丈夫?」
「おいおい、大丈夫か?」
そんな彼にぼくとなかむーは異口同音に同じことを言った後、まじまじとあらためて伊藤君を見た。パッと見の特徴が華奢という彼の口からまさかまさかのボクシングジム通いという言葉。
伊藤君がボクシング? こんなに細いのに?
すごいギャップである。本人も自覚があるのか、「だよね」と恥ずかしそうに笑ってから伊藤君はけどねと続けてこういった。
「二人が心配してくれてるように、ぼくはガリガリだからちょっと体力つけたいなって思って」
ちょっとはにかみながら笑う伊藤君は男のぼくから見てもかわいい感じであった。その笑顔を見て、伊藤君に悪くないんじゃない? とニヤリと笑いながらいうなかむー。さらにそれに応えるように素人まるだしとぼくにもわかるパンチの真似を続ける伊藤君。
そんなほんわかとした空気の中、目は口程に物を言うといわんばかりに横目で俺を見てくるなかむーの視線に乗った「それでお前はどうすんの?」という言葉がぼくに刺さった。分かってるよ。ちゃんと答えるさ。
「ぼくは文化人類学研究会とかいうのに話を聞きに行ってくるよ」
ぼくがそういった後の二人の反応はまさに対照的だった。ん? 何それ? というきょとんとした顔のなかむーと、え? ホントにホントにあの部活に行くの? という驚きに満ちた伊藤君。
あの……と伊藤君が口を開きかけた瞬間、予鈴のチャイムが鳴りその先の言葉はさえぎられた。そのままバタバタとクラスみんなが午後最初の授業である数学Ⅰの授業の準備をはじめ、ぼくらもそれに倣ったために伊藤君が言おうとしていた言葉は効けずじまいに終わった。あとから思えば授業の準備とかどうでもいいからちゃんと聞いときゃよかった。
そうしたらせめて心の準備だけはできたんだろうから。
○●○●○●○●○●○●○●○●
というわけで放課後。
白い木造建築の中をぼくは歩いていた。
その名を県立桜ヶ丘高校旧校舎という。
明治時代に建てられた木造二階建てのこの建物は、現在も桜ヶ丘高校文科系第二部活棟、そして倉庫として現役の建物であり、同時に市の広報紙にたびたび登場し、県指定の文化財にも指定されている歴史ある建築物である。
うわ~、写真とか市の広報紙とかでみたことある~。そんな建物を実際に歩くと人間最初はびくびくするもので。
だってピカピカに磨かれつやつやな深い飴色の廊下はそれだけで歴史を感じさせてきて、ぼくが足を進めるたび小さくギシギシと小気味よく鳴るわけで。それがなんというかこの県立桜ヶ丘高校旧校舎という建物が積み重ねてきた歴史のそのものの音に聞こえて、そんな廊下を歩きながらぼくは、「こんなところを歩いてていいんだろうか?」という気持ちを隠せず、爪先立つような気持ちでそろりそろりと校舎一階の一番奥にある旧図書室へと向かっていた。
なぜか?
校内案内のパンフレットに文化人類学研究会の部室がこの建物の一階にあるって書いてあるからだ。しかも最奥である。ちょっと遠い。正直この時点でぼくはこの部活あんまり人いないだろうな、と大変失礼な予想をしていた。
だって文化人類学研究会なんて部活、いや文化人類学という言葉自体、この前体育館で先輩の新入生歓迎の一言を聞くまでそれまでの人生で欠片も聞いたことがなかったのだ。だからむしろ人気があると思う方がどうかしているのだが、この予想はこの後すぐに一度裏切られることとなる。なぜなら廊下を進むにつれて結構な人数の同級生らしき人たちとすれ違ったからだ。
あれ? もしかして人気? っていうかぼくみたいな【内政チート】って言葉を知っている人って案外多いのかな? それともぼくが少数派、知らなかっただけで文化人類学って割とメジャーなのかな? などと思いながら廊下を進むと、部活紹介で聞いたあのかわいくてキレイな先輩の声が聞こえてきた。但しその声には体育館の壇上で感じた凛としたやる気や覇気のようなものはまったく感じなかった。
あの時の声を鈴の鳴るような高く澄んだ音だとするなら、この時は何というか……。
「は~い、にゅ~ぶだけきぼ~の人はこの箱ににゅ~ぶ届を入れたらもう結構で~す。入れたら早くかえってくださ~い」
幽霊の話をするときの、わざとらしいおどろおどろしい声とでもいうのだろうか? 声だけではっきりわかる。
間違いない。やさぐれてる。
狭い廊下をばらばらとこちらへと向かってくる新入生のせいで先輩の姿はよく見えなかったけれど、声だけでわかることもある。
これは間違いなくやさぐれている。
どうやらなぜか知らないけれど入部はするけれど、部活には出てこない人、つまり幽霊部員希望者が大量に入部届を出しては戻ってきているようで、ぼくはそんな同級生が次々とこちらに向かって歩いてくる中を遡上する魚のようにするりとかわしながら進んだ。
そうしてぼくが部室の前までたどり着いた時には先輩はぐったりと部室の前で箱の置かれた机に両手をついた状態でうつむいていて立っていた。
その姿は地面にこそ手をついていなかったけれど、ネットスラングである【Orz】を思わせた。がっくりってやつだ。
そんな彼女に「あの……」と声をかけるぼく。
そうするとゆっくりと顔をあげ、うらめしそうに上目遣いでぼくを見る先輩。長いまつげ、大きな目がぼくを見た。
せっかくの美少女の上目づかいという思春期男子の大好物。だけど目が座ったジト目はちょっと……、美少女でもジト目って怖いんだよ。いや、美少女だから余計に怖いというか。っていうか顔立ちがきれいすぎてジト目本当に怖い!
思わず軽く後ずさる。そんなぼくに先輩は心底面倒そうにこういった。
「……はぁ、にゅ~うぶだけきぼ~のひとはにゅ~うぶとどけをはやくこのはこにいれてかえりなさ~い。……ど~せ君もGHQ狙いのなんちゃって新入部員なんだろう?」
「じ、じーえいちきゅー? っていうのはよくわかんないですけど、ぼくは一応、入部というか先輩が説明会で言っていた内政チートの話について一度お話を聞いてみようと思っ……」
て、という言葉を言い切ることはできなかった。言い切る前に突然両手をガシリとつかまれたからだ。思わず手の方を見ようとしたその時、目線の先には満面の笑みを浮かべた美少女のドアップが!
「君! 本当かい! 本当に我が文化人類学研究会に入部してくれるのかい? さぁ、どうぞ! 中へどうぞ! 今日初めての本当の入部希望者だ! いやぁ、楽しくなってきたなぁ!」
思わず頬がひきつり、ついでに腰もひけた。
やばいと思った。
そのままぼくは先輩の手から逃れて回れ右し、即座に戦略的撤退しようとしたが、ぼくの手を握ったまま爛々と目を光らせた先輩の力はとても小柄な女子高生の力とは思えないものだった。
ていうか痛い!
力で振りほどくのは無理と判断し、イヤイヤしながらこう言葉を絞り出す。
「いえ、とりあえず説明だけ聞きたいなぁと思いましてぇ……」
当然、先輩は空気なんて読まない。
「うんうん! 説明だね。わかったわかった! 今からしっかり説明するからとにかくまずは入ってくれたまえ!」
とぼくの意図とは逆にその一言によって先輩のテンションは一気に振り切ってしまったらしく、そのまま引きずるようにして部室へとぼくを引き込んでいった。
やっぱり変な人だ! 助けて! と心の中で大声で叫びながら、ぼくはこの先の高校生活の中で結構な時間を過ごすこととなる部室へと初めて足を踏み入れたことなった。
まぁ、これは今だから整理して話せることではある。実際この時のぼくといえば、初めて握った(握られたともいう)女子の手のやわらかな感触と、うらはらな力強さと、進行方向からただよってくるなんだかとってもいい香りでテンパってしまっていてそれどころではなかったんだけど。
よければ感想など頂けると嬉しいです。
特に専門に勉強された方のご指摘、お待ちしております。